episode38(ⅰ)
訓練場に響くのは、囃し立てる声と銃声、鈍い音。汗と鉄に似た匂いが充満している。
ギャラリーの一角。
ある若い男が、熱狂的とも言える喧騒に負けじと声を張った。言葉を向けた先にいたのは此処の統率者であるグレウだ。
次の仕事の時間だと告げに来たというのに、長はわざとらしく振り返って、再び視線を戻してしまう。意図の分からない行動を気味悪がりつつ、男は上司の傍へと歩み寄った。
眼下、そこに広がる光景に、彼は息をするのを忘れてしまう。
「恐ろしいものだろう。こんな怪物たちが子供だとは」
グレウは笑いもせずにそう言って、複雑そうな眼差しを向け続けた。
殺しの職人が大勢いる空間、中央。視線を釘付けにするのは少年少女の影。一方は小柄な身を駆使し、もう一方は巨大な戦斧を振り回していた。
(いくら模擬戦用の武器同士でも、お互いまともに当たれば無傷じゃ済まない。手加減はしてくれなさそうだけど)
シュリが距離を取るも瞬く間に詰められる。カツェルは間髪入れずに木製のそれで風を切った。
鋭い風圧を感じながら上体を後方へ反らし躱す。相手の斬撃をやり過ごすと負けじと銃を鳴かした。が、弾丸が彼女の体を穿つことはない。直前で避けられてしまう。
再び斧が襲ってくる。少女が持つには、両手で持っているにしても些か重すぎる凶器だが、その重量をものともせず、むしろ利用して攻める手を休めなかった。
リーチが長いこともあって、鋒が届かない範囲まで下がり切ることができない。横からの攻撃ならば屈む、上からの攻撃ならば脇へ移動するほか術がない状況だ。
(剣にしてもらえば良かっただろうか。いや、それでは甘えだ)
カツェルは大胆な動きが多く、その分隙も多い。僅かな間を狙ってトリガーを引くも、武器自体を盾のように使って防がれてしまう。
そして、何より彼の調子を狂わせているのが。
「楽しーねシュリくん! でも逃げ回ってばかりじゃない?」
カツェルは始めからずっと笑っていた。文字通り楽しげで、ダンスを踊っているかのように口角を吊り上げている。
少年にとって彼女の言動は、ただ余裕があるという意味ではないと感じていた。
(押され気味ではあるけど四発は当たっている。うち二発は急所……だった筈なんだけど)
彼女の俊敏性は衰えない。微かに表情は崩したがそれだけで、次の動作まで響くことはなかった。
殺傷能力の低い模擬弾とはいえ、放つ器具は幾度もカスタマイズされた愛銃である。過去に何戦もの修羅場を潜り抜けた相棒とも言える武器。だのに彼女には通用しない。
笑顔で痛みを吹き飛ばし、笑顔で殺気を振り翳す。
まるで玩具で遊んでもらっている子供だ。
刃がシュリの足元を掬おうと牙を向く。足首を狙った斬撃に、彼は飛び上がって回避。同時に眉間を目掛けて撃った。
しかし、やはり見切られてしまう。人間を超越した動体視力だ。
(本気で殺すつもりでやらなければ勝てない。どうすれば)
接近しては斧の攻撃範囲に入ってしまうため、なるべく間合いを開けていたが失策らしい。向こうはこちらの体力を根こそぎ奪う算段なのだろう。
ならば、懐に入ってしまえ。
少年は後退していた足に力を込め、カツェルに向かって蹴り出した。反対に、彼女はぎょっとして引き下がる。
戦斧の持ち手は長い。お陰で離れた敵にも刃先が届きやすいが、逆ならどうだろうか。少女自身が対応しきれないほど間合いを詰めたら、きっと大きな刃は振るえない。
シュリが肉薄する。カツェルは咄嗟に柄を握る手を緩め、短く持とうとした。だがそれでは間に合わない。
その細い喉へ銃口を突きつける。距離は十センチメートルもない。確実に当たる。
だのに、彼女の笑みは絶えない。
発砲する寸前、相手は片足を振り上げた。迷わず彼の側腹部に横蹴りを見舞すると、小さな体はいとも簡単に吹き飛んだ。
上がる歓声とどよめき。鈍痛は頭まで響いてきた。
「危なかったぁっ あなたスゴいね、びゅんって目の前に来たんだもん!」
茶の長髪を揺らして歩み寄ってくる。軽く蹲ったシュリは睨めつけることしかできなかった。
当たった場所が悪かったらしい、痛みが引かない。脂汗と冷や汗が伝っていく。
立てと自らを叱責し、少年は歯を食いしばって足に力を込めた。殴打された脇腹を庇いつつ、模擬弾を補充していく。
「貴方もなかなかの手練れだよ。グレウは見る目があるね」
「えへへ、でしょ! おじ様はスゴい人だから!」
親しい名を耳にしたからか、カツェルは心底嬉しそうに笑ってみせた。武器を振り回しながら、スキップをし出しそうな足取りで近づいてくる。
狂気的な行動だが、彼には明らかなチャンスだった。彼女からの敵意が切れたのだ。
刹那、シュリの影が消える。
相手の影を追って、少女は即座に腰を落としたが乾いた音が先に鳴り渡った。
腹部に噛みつこうとする軸のぶれた弾丸を見切り、カツェルは斧を立てて防ぐ。小さくも強い衝撃の後、彼女の集中が散らばった。
気配が背後からする。
そう感じ取った時には再びの銃声。
少年は彼女の首を狙っていた。




