episode37
「君という子がそんな安い挑発に乗るなんて……せんせー悲しい!」
「大袈裟に仰らないでくださいませんか」
三体の同時発症の件から、シュリたちは一旦事務所へと帰ってきていた。
弟子はボロボロになった服を着替えつつ、師からの文句を一つ一つ返している。自分でも対抗心の幼さはよく理解しているようで、彼は恥ずかしそうに背を向けた。
他方、暖炉の前にいたリグがティーポットを持って立ち上がる。
「レイツァに喧嘩を売った人でもいたんですか」
「それだったらどれほどマシか。処刑人の駐屯地に行くんだってさ」
ヒュウがカップを傾け、紅茶を注がせる。リグは頭上の耳をピクリと動かして反応した。
なぜ行くのかという問いを口にする同僚へ、シュリはループタイを締めながら答える。とある処刑人に手合わせを願われたと。
答えを聞いた彼は怪訝そうに目を細め「相手は相当の自信があるみたいだな」と言う。どうやらシュリには勝てないと踏んでいるらしい。彼から期待に満ちた眼差しを向けられ、少年は苦笑してみせた。
ふと、不満そうな顔をするヒュウが、申し出てきた者はどんな奴かと問う。弟子が女だと返すと、二人も同じことを言って聞き返した。
誤解が生まれる予感がして、シュリは咄嗟に他の情報も提示する。大きな斧を振り回すほどの狂人だと。
余計に不安だと呟く青年の傍ら、リグが獣耳を強く反らす。何か言いたげな唇に勘づいたのはヒュウだった。どうしたと声を掛けると、彼は迷ったがすぐに答える。
「父上は女性の処刑人を良く思ってない人でした。少なくとも、おれが子どもの時は」
動揺した視線が足元へ落ちた。
不審な予感が音もなく広がる。空気が重くなりかけたが、師の涼やかな声が静寂を割った。
「人間、考えなんて生きてたら変わるもんだよ。とりあえず、シュリは問題を起こさずに帰ってくること、いいね」
弟子は、心のうちにある引っ掛かりを無視しつつ返事をした。
・・・
いくら長との口約束だったとは言え、場違いに感じてシュリの頭では何度も帰ろうかという考えが過った。
目前にあるは、王都にある処刑人の第零駐屯地。
ぱっと見ただけでは周辺の商業施設と大差ない外見をしているが、同業者であるシュリには感覚的にわかる。この場所の異質さと、死と物騒が匂い立つ様が。
国の中心部ともあって人出は多く、平日の昼間でも賑わっている。ただ心做しか、此処だけは避けられているようにも思えた。
警備をする者に声をかけると間もなく、建物の中から少女が飛び出してくる。
「シュリくん待ってたよ! ほら来てっ」
彼の遠慮にも構わず、カツェルは問答無用で片手を掴み、ぐいぐいと奥へと入っていった。
すれ違う人はみな処刑人なのだろう。街中に出ていないからか、黒のローブなどは身につけていない。ただの一般人に見えるが、ほとんどが自身の武器を携えていた。
西洋剣や太刀、鎌、鈍器、他にもシュリと似たような拳銃など多種多様だった。武器の統制が厳しくなっている昨今だが、守護団体だけは特別に許可が下りている。政府直轄組織である軍とは異なって独立している彼らだ、戦う術は自由にされているらしい。
(本来、私もこれを持っていてはいけないんだけれど)
子は腰元のピストルを一瞥し、僅かな後ろめたさを感じる。しかし、師が与えてくれた戦う術を手放すつもりは更々なかった。
狩人たちに白い目で見られつつ、カツェルに手を引かれて辿り着いた場所は駐屯地の裏手。
そこは訓練場というよりも、闘技場という名の方が似合う場所だった。男どもが声をあげながら剣を交じり合わせている。
広場を囲むようにギャラリーがあり、稽古に取り組む彼らを見下ろすことができるらしい。時々野次が飛ぶが、喧騒に飽和している。
誰かに自分の戦いを意図的に観られるとは不快だ。まるで見世物だと、胸中でシュリは呟く。
「来てくれたのか、少年」
不意に掛けられた声に振り返る。
軽く見上げると、ギャラリーには一人の偉丈夫が俯瞰していた。
「グレウ。わざわざ観賞しに来たの」
「いや、長くはいられない。何、カツェルが今朝から浮足立っていたからな、少しの憂慮だ」
深緑の双眼は穏やかさが滲んでいる。戦場に立つ彼からは想像もつかない柔らかな表情に、シュリはほんの数秒呆けてしまった。
隣、当の少女は長の心配など微塵も感じ取ることなく満面の笑みで手を振っている。
挨拶を済ませると、彼女は子の手をもう一度引いて開けた場所へと誘った。熱気で体が押される気すらする。
訓練場の中央に連れてこられると、わらわらと男たちがカツェルへ近づいてきた。自分よりも長身の大人たちばかりだが、少女は臆せず、むしろ楽しげに言葉を交わしている。
「このガキか? ルカちゃんが言ってたスゴい子ってのは」
「随分ちんちくりんじゃないッスか」
冷笑が上がる。シュリは面を歪めることなく、薄く微笑んだ。内心は言わずもがな毒吐いていたが。
それが伝播したのか定かでないが、カツェルはムッとした顔をして言い返した。
「見た目で判断はダメだよ。観るなら文句は言わないでね!」
強面な輩を前に堂々とした口調で話す。一方、少年は意外そうな目線を向けていた。
忠告を終えると、彼女は年相応の可愛らしい笑顔になる。練習用である木製の戦斧を構え、バイオレットの瞳を細めた。
「それじゃあシュリくん。全力で楽しもっ」




