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episode36(ⅱ)

 発症から半時間が経つ頃、残す二体のうち片方の身体が著しく肥大化した。


 それの相手をする前にシュリは、理性を捨てきれず苦しむもう一方へと接近する。空腹と細胞一つ一つから感じる痛みに暴れる怪物を、背後から狙った。

 相手が気付く数秒前、彼は躊躇いなく銃を二度鳴かす。放たれた弾丸たちは頭に噛みついて即死させた。


(最後の一体は)


 振り返りながら弾を補充する。気配がない。違和を覚えてすぐ、彼は顔を空へと向けた。


 迫りくる巨大な影に殺気を感じ、反射的に横へと回避する。半瞬後、地面を叩き割る勢いで発症者が落下してきた。

 即座に構え直す。腰を落とし、砂埃が晴れるのを待った。


 見通しの悪い視界に現れたのは兎の人外。以前、氷輪の救急箱にやって来たあの少年とは違う焦げ茶の毛並みだ。

 とはいえ兎とも人間ともつかない醜悪な姿である。真っ赤な双眼は捕食者の色を湛えていた。


(何だろう、この威圧感。他の発症者とは違う)


 シュリは形容しがたい妙な気配に、グリップを今一度強く握る。対する化け物は荒々しい息遣いで腹を空かせていた。


 戦いの火蓋を切ったのは相手だった。

 爆発的な脚力で間合いを埋められる。俊敏に出された拳は少年の頭を目掛けていた。

 彼は退いて撃つ。しかし発症者はそれを避けてみせた。


(見切った!? そんなことっ)


 過去に弾丸を意図的に避けられたことは少ない。シュリが外すことはよくあることではあったが、相手が弾丸を「当たったら危ない」と判断することはなかった。


 イレギュラーに驚きつつも、今まで躱さずに食らっていたこと自体が生き物としておかしいのだと思い、平常心を保った。


 発症者の殴打が襲う。一度下がってやり過ごすと再び近づき、確実に生を穿つ点を探した。

 頭は小さくて接近したとしても到底狙撃はできないだろう。では懐に入り、首に銃弾を捩じ込ませる方法なら。

 シュリは後者に舵を切った。相手の拳が交互に出されるが、その僅かな数秒に間が空く。隙を突いて間合いを詰めた。


 皮膚の薄い箇所。無防備に晒された弱点。

 脈打つ管を断とうとトリガーに力を込める。


 だが、軌道がそれを貫くことはなかった。


(この距離でも反応できるなんてッ)


 命中はしたが逸れてしまった。彼は相手の股下から転げ出る。

 仕留め損ねたせいなのか、相手の怒りのスイッチが押されたらしい。兎の怪物は耳や尾をピンと立て、詰まっているような低い音で鳴く。凄まじい音圧に気圧されそうになった。


 血は流れている。このまま戦闘を続ければ、いずれ相手が勝手に失血死するだろう。

 そう推測した時。

 突き抜けるような高い声が鼓膜を揺らした。


「悪い子みーっけ!」


 後方からだ。振り返ろうとしたが人影は軽々とシュリの頭上を行く。


 視界が捉えたのは黒のローブ、処刑人だ。

 その様相は――茶髪の長髪、女の体つき、露出した肌、巨大な戦斧――まったく調和のないものだった。


 飛翔した影は、手に握る刃物を大きく振り被る。相手から見れば胴が無防備に晒されている状況だ、軽率な行動である。

 予感とは裏腹に、発症者が攻撃を繰り出す寸前、愛らしい声を持つ処刑人は一思いに斧を振り下ろした。


 刃は見事に脳頂をかち割り、頭は真っ二つに切断される。飛び散る中身が軌道を描いた。勢いが相当だったのか、頭だけでなく相手の胸まで切り裂き、斧は引き抜かれる。

 言わずもがな発症者は死亡。脱力した巨躯は死体となった。


「ふい〜、今日も倒せてエラい!」


 額の汗を拭うような仕草をしてみせ、シュリの方へと向く。その瞳はつぶらな葡萄色だった。

 慌てて彼は一歩下がると、処刑人はムッとした表情で言う。


「ダメだよ、子供がこんな所に居ちゃ! 死んじゃうんだよ!」


 子供という単語に少年は瞬きをする。

 確かにシュリは十三という年齢で外見も幼い。しかし発言をした彼女もまた、あどけない少女に見えた。十六といった辺りか、さして彼とも変わりない。


 子供扱いをされたからか、シュリは僅かに面を顰めさせ、自分も狩る側の人間であることを告げる。

 それでも彼女の態度は変わらず、片手に握っていた戦斧を地面に突き刺し、両の手を広げてみせた。

 少女は、あなたには黒のローブもなければ、白の仮面もないから処刑人ではないと言う。確かに法律で処刑人は一般人と見分けをつけるためにそのような格好をしなければならない。とは言え、それは守護団体に属する者だけである。


 シュリの説明を聞いてもなお、納得がいかないらしく少女は甲高い声をあげて「ダメ」を繰り返した。

 背恰好の割にとても幼稚な反応だ。苛立ちに近い気分で、シュリがその場を後にしようとした時。


「悪いな少年。彼女はまだ社会経験が乏しくてな」


 聞き覚えのある低音。

 振り返るとそこには、壁とも見間違うほどの長身の男が立っていた。

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