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episode36(ⅰ)

 月魄様の元を後にしてすぐ、氷輪の救急箱には次の仕事が入った。


 雪解けが進む森を出て間もなく、騒ぎは三人の耳朶を打つ。建物が倒壊する音も同時に聞こえた。

 一行が状況の把握に向かおうとしたところ偶然、仲間である通報者が通り掛かったため、手短に説明してもらった。だが、内容の尋常なさに思わずヒュウが驚きの声をあげる。


「発症者が三体? それもこんな街中で?」

「見れば分かりますよぉ! もーアタシどうしたらいいのか!」


 通報者は怯えた目で言う。同類の身に起こった異常事態で自身の心配も内包しているのだろう。

 青年は冷静な眼差しで、リグへ軍に避難誘導を仰ぐように指示した。


「シュリは僕と一緒に人命救助を優先。活動中の僕の安全は君に委ねる」

「了解しました」


 年下組は歯切れよく返事をした。


 師弟はリグの背を送った後、即座に周囲へ目を配る。

 食欲発作が起こってから間もないというのに被害は甚大、処刑人の到着もまだらしい。逃げ惑う民間人も多く、二次被害を引き起こしかねない状況だ。

 建物の倒壊も時間の問題。まずは現場から人を逃がす必要があるだろう。


 二人もそれぞれに分かれ、混乱の渦中に溺れる人々へ駆け寄った。声を張り、立てぬ者には手を貸し、動ける者には先を急ぐように促す。

 続々と街から人がいなくなっていった。


 近くの住宅が軋む。柱が悲鳴を上げた。

 ヒュウが視線を上げると、二階に赤子を抱えた女性が取り残されているのが見えた。


(ここからじゃ間に合わない)


 そう思いながらも足は駆け出していた。走りながら思案するが、それを遮るかのように柱が限界を迎える。


 一階が潰れかけ、二階が大きく下へ沈む。

 このままでは崩壊して母子が無事で済まない。ヒュウは舌打ちをして()び上がった。


 隣家の軒下で使われていたであろう帆布の端を掴む。もう片方はまだ軒に固く結ばれたままだ。

 彼は自身の翼を広げ(くう)に浮かぶ。崩れかけた住宅まで帆布を引っ張り、窓際で震える女性へ叫んだ。


「飛び降りろッ!」


 彼女からして見れば、突如として目前に人外が現れたのだ。更に錯乱しそうになるも、腕の中の赤子が泣き喚く声にはっとする。

 女性は強く目を瞑って、窓から身を投げた。

 青年が合わせて上へ飛ぶ。タイミングを見計らって張力を調整し、無事、母子が布に飛び込んだ。


 ヒュウはゆっくりと降下し、帆布に蹲る二人に声を掛ける。しかし、女性は彼の姿を見るや否や慌てて去ってしまった。


(あれだけ走れるなら怪我はなさそうだ。僕もココから離れないと)


 このような反応は慣れているからか、彼は冷静に考えて翼をしまった。


 不意。

 遠かったはずの破壊音が間近に聞こえる。


 発症者がこちらを目掛けて手を伸ばしてきたのだ。

 一寸先にまで迫る死の鎌。対するヒュウは落ち着いた目付きで、相手の瞳を見つめる。血走った眼球に理性など微塵もなかった。


 生死を分けるその刹那、乾いた音が響き渡る。

 眼前に伸ばされた手が弾け飛んだ。ヒュウの頬にべったりと赫が飛散したが、彼は動じず、ただ哀しき同類の末路を見ている。

 発症者は手を失い、悲鳴をあげながら後退していった。


「先生! お怪我は!」

「助かったよシュリ、ありがと」


 近くで負傷者を診ていた助手が撃ったようだ。彼は寸前になってしまったことを謝ったが、青年はヘラリと笑ってみせ首を振る。


 安心したのも束の間、発症者がこちらへと睨みの矢を放っていた。(やじり)の先に立つシュリは、瑠璃の双眸を細めて返す。


「先ほどリグさんと合流しました。軍は既に各地で動いているようです、もうじき此処にも到着するかと」


 得られた情報をヒュウに伝えつつ、彼は敵を見据えたまま弾丸を補填する。


「処刑人の方が先に来ると考えられます、先生は急ぎ教会の方で治療を」

「りょーかい、ココは頼んだぞ」


 彼は長髪を揺らして走って行った。

 それを見送ることなく、少年は両手に握る鋳鉄の重さを確かめる。研ぎ澄ました感覚が戦場の空気に反応した。


 目標は三体。内一体は片手を負傷。

 残り二体は、身体の急激な変化に追いついていない影響で動きが鈍い。本格的に発作が起こるまで猶予がある。


(先にあれを始末しよう)


 幼い処刑人は迷いなく相手の懐へと入った。


 高さはおよそ二メートル、牛の人外。

 俊敏性に欠けるが一つ一つの攻撃に爆発的な力が込められている。その証拠に、掠ったシャツの肩が大きく切れたのだ。


 噛む、爪を使うなどの攻撃はないと踏み、彼は股下へ滑り込む。振り翳された蹄が(シュリ)を外し、地面へと直撃した。

 体を捻り、そこを狙ってトリガーを絞る。相手の腕に着弾、赫が飛沫をあげた。


 すぐさま立ち上がり背後から射撃する。皮膚の下は分厚いようで奥まで刺さらない。


 相手がこちらを向く。勢いそのままに、四つん這いになって突進してきた。頭の角が紛れもない殺意を持って襲う。

 しかし、シュリにとっては単調な攻撃だった。(すんで)のところで躱し、すれ違いざまに皮膚の薄い頸部へ発砲する。


 彼の見立ては当たり、発症者の首は千切れかけ短く断末魔をあげた。

 鈍い音を立てて巨体が倒れる。子は銃口を向けて暫く静止したが、死亡していることを確認すると踵を返した。


 駆除対象は残り二体だ。

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