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episode31(ⅰ)

 オラベル邸の件から一週間が過ぎていった。


 あれ以降、ヒュウは連日のようにフレイアが営む花屋へ通い詰めている。が、臨時休業と書かれた看板が残されているだけで本人との接触は叶っていない。電話も朝昼晩と掛けても応答はなかった。

 加えて、事務所で保管されていた試験薬もなくなっていた。


(まさかリグが盗った訳ないだろうな。でもあの時、ココにいたのは彼しかいなかったはず)

 

 ただの偶然か、はたまた必然か。

 青年の中で不信感ばかりが募っている。


 ちなみに軍からの依頼は済ませた。

 アムゼンクルスは言いつけどおり、心の準備をして氷輪の救急箱を待っていた。屋敷に別れを告げ、シンセ森に移り住む。それからは定期的に様子を見に行く約束を取り付けた。


 一方、シュリはリグの具合を気に掛けている。

 体調不良だという置き手紙を最後に、青年は事務所へは来ていない。

 本部へ連絡を入れたいところだが、監視役との仲を変に捉えられては困る。癒着していると思われてしまえば、こちらに非が問われるかもしれない上、担当が変わってしまう可能性も出てきてしまうのだ。


(担当者は、変わってほしくないな)


 不安が胸を濁らすも少年にはどうすることもできずにいた。


 そんな燻っていたある日。

 久しくドアが叩かれる。

 朝の七時頃、丁度、軍人の青年が出勤してくる時間帯だ。


 シュリは迷わず駆け寄り、古びた扉を開けた。やって来たのは黒いローブを身に纏った青年。


「リグさんっ その恰好は一体」

「話は中でいいか。誰かに聞かれると困るんだ」


 普段とは違う重い口調。

 彼の顔は、フードを深く被っていたせいでよく見えない。言動の不自然さからシュリは慌てて彼を中に入れた。


 仕事机についていたヒュウは、軍人の姿を目にした瞬間一度は瞠目したものの、すぐに怪訝そうな眼差しに変わる。処刑人と同じ装いだったのだから仕方ないだろう。

 否、彼は感じ取ってしまっていた。


 リグは師弟に視線を遣った後、暗い声音で切り出す。


「無断欠勤してすいませんでした。これには理由があるんです、実は」


 彼は自身の頭を覆っていた黒に手を掛けた。恐る恐るそれをずらし、同時に胸元の留め具を外す。ローブが脱がれ彼の腕の中に収まる頃、そこに立っていたのは。


「――おれ、人外になっちゃったみたいなんです」


 金糸の頭髪から立つ、二つの大きな三角耳。

 腰辺りから揺れる、髪と同じ金色の尾。


 紛れもなく人ではない生き物がいた。


 あまりの驚きにシュリは開いた口が塞がらず、ヒュウは「は?」と言って大きく首を傾げる。対するリグは頭上の獣耳を思い切り伏せさせた。


 長髪の青年が理由を問うと、彼は更に耳を下げ答える。それが全く覚えていないと。


 仕事のために遠出していた師弟に代わって留守番をしていたあの日、途中の記憶が不思議なくらい綺麗に抜け落ちてしまっていた。具合が悪くなったのは事実だが、気がついたら駐在所で眠っていたと言う。

 三日は発熱が治まらず、しばらく倦怠感も続いた。今もあまり体調は優れていないらしい。


「かなりショックというか、どうしたらいいのか分からなくて」


 台詞の割に表情は固いままだったが、耳や尾は素直に感情を表していた。小刻みに震えては忙しなく動いている。


「お二人くらいしか話せる相手がいなくて。ごめんなさい、こんな迷惑。嫌だったら全然、通報して構わないですし」

「通報だなんて! そんな事をしたら処刑されてしまいますよ!?」


 後ろ向きな彼の言葉にシュリは咄嗟の判断で首を振った。しかし軍人は申し訳なさそうに面を陰らせるばかりだ。


 一通り成り行きを見終えたヒュウは、おもむろに頬杖をつく。小さく笑って彼は言った。通報しては勿体ないと。


「僕と同類(なかま)になったんだ。安心して、君は殺させないよ」

「え、それってどういう……」


 リグは切れ長の目を見開いて訊き返す。すると眼前の青年の姿が変貌し始めた。

 弟子は思わず呼び止めたが、師は一笑するだけでやめようとはしない。両耳の先端が尖り、背からは薄い皮膜が広げられる。あっという間に本来の様相を晒してみせた。


 深緑の双眸は困惑に染まっていく。ヒュウは構わず、牙の先を覗かせて言った。


「真っ先にココへ来てくれて嬉しいよ、改めて挨拶がしたいな。僕はヒュウエンス・ロッド、蝙蝠の人外だ」


 明かされる真実に青年は一歩引き下がる。見て取れるほどの動揺は波のように心へ押し寄せてしまって、戸惑いを隠せずにいた。


 勝手に素性を晒した師に対して、弟子は頭を抱えて大きな溜息を漏らす。もっと慎重になるべきだと言うも既に知られてしまっては遅い。ヒュウは悪びれもせずに、いつかバレる日が来るんだからと返した。


 リグは数分彼を凝視したあと、どこか腑に落ちた顔つきになった。


「だから資料には出自も年齢も未記入だったんですか。人じゃないことを見破れないなんて」

「先生は他の人外よりも精巧に模倣できます。私も明かされるまで分かりませんでした」


 弟子の台詞にヒュウは得意げな顔をしてみせる。


「そういう事で、これからも宜しくね。狼の軍人さん」

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