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episode29(ⅲ)

「何を偉そうに、この外道が」


 その言葉が戦闘開始の合図だった。


 野郎どもがたった一人の、細身の青年に襲いかかる。しかし彼は動じずに微笑んでいた。

 ヒュウの両脇から大小二つの影が躍り出る。

 右手には軍刀を振り翳す青年、左手には愛銃を構える少年。リグとシュリは同時に迎え討った。


 瞬く間に轟く破壊音。

 グラスが割られ、台や椅子が薙がれる。


 女は悲鳴を上げて逃げ、一部の参加者はどさくさに紛れて金を集め出した。その中、ヒュウも素早く自身の仕事に走る。

 部屋の中央にて、異質な顔ぶれによる戦いの火蓋が切って落とされた。


「殺さない程度だったな。一番難しい」

「死んでしまったら仕方ありません。誤魔化しが面倒になるだけなので」


 背中合わせに立つ年下組は、緊迫する様子もなく冷静に観察している。シュリに至っては、やっと話せるようになって溜息すら吐いていた。


 人外(ペット)だと思っていた少年が突然、話し始めるのに加えて武器を使って攻撃してきた。

 男たちは動揺しつつも拳を振るう。

 とは言え多勢に無勢。新参者らなど数の暴力により勝ち目などないはず。


 だがそれは慢心だった。


 金髪の青年は隠し持っていた剣を使()()()に対抗する。二人だろうが三人だろうが、挟み撃ちにしようが不意を突こうが、なぜか彼は見切ってしまう。

 躱しきれない攻撃は鞘の中で眠ったままの剣で防いだ。単純作業をするような眼差しは気味悪さすら感じる。


 そして少年は、片目を覆っていた前髪を掻き上げた。露わになった瑠璃の瞳に映る、嫌悪と無慈悲の色。彼は人間相手でも容赦はしない。

 普段から暴走する化け物たちを殺しているのだ、少し腕が立つくらいの人など敵ではない。


 ピストルが鳴く。

 模擬弾が放たれ、次々に的へ噛みついた。


 通常の弾丸よりも遥かに殺傷能力が低い模擬弾であるが、急所に当たれば意識を飛ばせる。殺さない程度という注文には適った武器だ。


 小柄な身を上手く利用して回避する。寸分も狂うことのない射撃に、相手は為す術なく意識を手放した。


 半時間が過ぎた頃。

 戦場に立っていたのは二人だけだった。


 最後までしぶとく残っていたオーナーの眉間に、シュリが(とど)めを殴り込んだことで戦闘は終演を告げる。


「逃走者なし。先生が出口付近に麻酔粉をまいておいて下さったので楽でしたね」

「そうだな。おれ達は窓から出よう」


 眠りこける大人の山を乗り越えてシュリたちは賭け場から出る。室内の空気が淀んでいたこともあり、外の冷気は心地良いものだった。


 現場の裏。

 師との約束の場所に向かうと、そこには五つの人影が丸まっているのが確認できた。

 ヒュウは気の抜けた労いの言葉を口にした後、怯える彼等について話し始める。


「この子たちに話は通してある。重傷者はいなかったけど結構まずい状態なんだ」


 半笑いに見え隠れする深刻の文字。一旦事務所で治療するかという提案が出ると「あの」と控えめな声音な聞こえた。

 下に目を遣ると、師弟の様子を見ていた一匹が口を開けている。


「助けてくれて、ありがとうございます。ボクらを森に帰してくれませんか」


 茶髪の兎の人外が言う。彼の進言に周りの者たちも頷いた。三人は顔を見合わせたが、すぐに送るということで合意する。

 幸いにもシンセ森への近道があった。夜明け前までには人目を避けて帰せるだろう。


 首輪や足枷を外し、手を引いて歩き出す。道中は彼等のいた劣悪な環境について話を聞いた。


 それぞれの生活水準は異なっていたが、あまり経験したくないようなものばかりである。五匹のうち二匹は妊娠中で、体の性別も変化しかけている状態だった。

 飼い主に行為を強要されたらしい。片方が身震いをし、怒りの声色で言った。


「人間なんてセーゼ様なら殺してくれるのに」

「おい、そんなこと言うな」


 景品として賭け場を行き来したのは半年ほど。それより前は皆、森で生きていたそうだ。

 神と呼ばれる怪物の住まう森で、守られながら。


(やはり人外は月魄様に信頼を寄せている……でも何だろう、この違和感は)


 シュリは形容しがたい胸の引っ掛かりに手をやるも、今は不必要だと切り捨てた。


 住処の気配が目前に迫る。早起きな小鳥が飛び立った。


 先頭を行くヒュウが、ふと顔を上げ振り返る。みすぼらしい姿の同類たちに景品になった理由を尋ねた。

 すると彼等は困惑した視線を迷わせる。誰も話そうとはしなかったと言うより、話せないといった反応だった。

 一匹がつっかえながらも説明しようとしたが、発言の内容を何度も言い直した挙句、わからなくなってしまったという結果に落ち着く。


 薄くなった笑みで師は言った。


「つまり皆、記憶が曖昧もしくは覚えていないと」


 本人ら曰く、思い返せば確かなのは突然だったということらしい。

 いつも通り眠った筈なのに目覚めたらペットにされていた。そう言っても過言ではないほどに唐突。記憶のノートを読み直したら前触れなく真っ黒なページが現れたような。

 全員がほぼ同じこと言う以上、まるで集団催眠である。

 しかしこの五匹が森で行動を共にしていたかと問われると答えは否だ。リードに繋がれ、賭け場を行き来したのが初の対面であり、以前の面識はない。共通点は肉食ではないことくらいだった。


 思案に耽るシュリが俯いていると、足元の雰囲気が変わったことに気づく。シンセ森だ。


 鬱蒼と茂る木々、湿って重い空気、荒れた獣道。

 久しい我が家に、疲弊していた人外らはパッと笑顔を咲かせた。一番若い女は振り返りもせずに駆け出して行き、追って他の者も急ぎ足で向かった。

 最後の一匹が丁寧に頭を下げて、氷輪の救急箱から去っていく。


 目的を果たすことができて安心する他方、謎が多く残っているのが不快だ。

 少年が解せぬ顔を(もた)げる隣、ヒュウが低く言った。


「シュリ、リグ。しばらく単独行動は避けよう、今は何が起こるか分からない。もうじき冬も明けるし、」


 師の紅い虹彩が沈む。年下組は神妙な様子で聞いていた。


「春は蝶が似合う季節だからね」

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