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episode29(ⅰ)

 薄明かりの空間に響く哄笑と残念がる声。

 蔓延する酒と煙草の匂いが、きつく鼻腔を刺す。


 人があちこちに固まっている狭い此処――通称・()()に、シュリは立っていた。


 左右には黒いスーツを身にまとった青年が二人。長髪の彼はテーブルについてトランプカードを、金髪の彼は細長い木の棒を手にしている。彼等が動く度に人々がどよめいた。


 傍ら、少年はつまらなさそうな眼差しで大人の賭博を眺めている。


 ・・・


 およそ二日前。

 氷輪の救急箱の元に、久しぶりの依頼が舞い込んできたのが事の発端だ。


「近所で人外の匂いがするんです」


 吹雪の中やって来たのは初老の女。彼女は深く皺が刻まれた顔で言った。

 曰く、誰も寄り付かない廃墟にて集団賭博が行われているらしい。その景品が金品の他、怪物たちを扱っている可能性があるそうだ。


 賭け事が違法か否かはともかく、人外が絡んでくると厄介であることに違いはない。軍に連絡したが一ヶ月経った今でも動いてはくれないため、此処に辿りついたと言った。


「どうしてあんな下手物をウチの近くでなんか。あぁ考えただけで気味が悪い」


 彼女は唇を歪ませる。心底人外が気に入らないのだろうと、シュリは凍てつく視線を送っていた。


 ひとまず依頼は受け取ることにし、女を帰らせた後に師弟は会議を開く。二人とも景品の彼等を救い出すことに合意した。

 しかし突然押しかけても逃げられるだけだ。策を講じようと、ヒュウは八重歯を覗かせて言う。


「潜入するってのが手っ取り早い、けどリスクを伴う。周りに敵しかいない訳だし」


 現場は孤立無援である。それも博打に走る輩の集まりだ、一瞬でも素性が晒されれば生きて帰ることができるかも分からない。

 数の暴力により、殺しの才能を持つ助手がいたとしても無傷では済まないだろう。


 となると、突破口は。


「業務外だけど協力してくれないかい、リグ」


 青年がにこやかに訊くと、蚊帳の外だった軍人は真顔のまま答えた。


「十一番街での賭博行為は違法です。どちらにせよ(こっち)の仕事なのでお供しますよ」


 彼の前向きな返事が心強く思う。戦力は問題なさそうだと、満足そうにヒュウは頷いた。


 次は潜入作戦の詳細である。

 ギャンブルに参加せず、密かに景品のみを盗むことは不可能に近い。参加するにせよ金は必要になる。常に赤字状態の私設組織には厳しい話だ。


 困った顔を見合わせる年下組に、師は屈託のない笑顔を浮かべる。口調に罪悪感は微塵もなかった。


「じゃあ作ればいいでしょ、景品」


 ・・・


(それで弟子を人外に扮させて賭けるだなんて、非道(ひど)い方だ)


 シュリは幼い美貌を顰める。(つぶら)な蒼眼は、傍にあった大きな鏡に映った自身の姿へ向けられた。


 作り物の人外特有の尖った耳。

 王子に酷似した顔を誤魔化すため、前髪で隠された片目。

 高価さを端的に表すために着せられた正装。

 自分でも誰だと思ってしまうほど変装は完璧だった。近づかれなければ人間だともばれまい。


 歓声が上がった。

 視線を前に戻すと、卓に座る師の背中が見える。野次馬たちがざわついてうるさかった。


「すげぇ、もう三日月(クレセント)かよ」

「イカサマでもしてんじゃねーの?」

「賞金額、過去最高だってさ」


 アルコールの臭味でさえ気分が悪くなるというのに、人やそれ以外の者が寄って(たか)って息苦しい。

 不快そうな表情をするシュリに、隣に立っていたリグが声を掛ける。だが少年は肩を竦めてみせるだけだった。


 今、弟子の目前でゲームの中心にいるのはヒュウである。


 彼は一銭も預けず、代わりに人外に化けた子供を対価としていた。

 負ければシュリは他人の手の元へ行ってしまうが、青年の手捌きは敗北の予感すら感じさせない。普段通りの笑顔を見せる程度には余裕そうだ。


 同じゲームの参加者が脂汗を浮かばせる。

 手持ちのトランプカードがあっという間に机上に整理されていった。

 賽の目に狂いはない。

 ディーラーの持つカードの数字に目が行く。


 並べられた五枚の紙切れの上、ヒュウはにっこりと口角を持ち上げて最後の一枚を示した。


「はい、エースの満月(フルムーン)。お金はいらないよ」


 ハーフアップにされた彼の黒髪が仄暗い明かりを受ける。

 妖しげな唇が開くと周囲の男は騒然とし、女は喝采の声をあげた。また師が勝ったのだ。


 シュリが覚えている限り、彼は全戦全勝で傷一つない。だからといって賞金を得ている訳でもなく、ただ試合を掻き乱すことに悦を感じていただけだった。

 単純にヒュウの運が良い訳ではない。言わずもがな曲事を働いている結果だ。


(ペテン師などたくさんいるのに、先生が一番上手く(ずる)をしている。なんだか複雑だ……)


 ゲームを終えた青年は離席すると、後ろにいた少年と男の元へと歩み寄った。リグが真面目に労いの言葉を掛ける。


「順調ですね。お見事でした」

「うーん、でももう少し盛り上げた方が良かったかな」


 黒の革手袋をはめ直して師は答える。どうやら後方の参加者の悲鳴が聞こえていないらしい。彼らはいくらの損失を被ったのだろうかと、シュリは気の毒に思った。


 人外を演じる間は話してはいけないと言い付けられている。吐き出したい不満は腹の底に押し込められ、弟子は口をへの字にするので精一杯の意思表示だった。

 それを知ってか知らないか、ヒュウは見て見ぬふりをしてばかりである。


 休憩をする一行の緊張感のない空気に、界隈の人らは笑いつつ怪訝そうな目線を送った。中には気に入らないといった前衛的な態度を取る者もいる。

 酒で高揚した中年の一人がヒュウに問うた。


「なぁアンタ、その人外(ペット)いくらだ? 一晩でいいから貸してくれよ」


 指差す方向にはシュリがいた。が、漆黒の背広が彼の前に出て隠してしまう。

 自信と嘲笑が(かも)し出されている声は返した。


「いいよ、僕らに勝てたらね」

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