episode28(ⅱ)
リグは黙々と愛銃のメンテナンスをするシュリを眺める。
躊躇いのない手つきは見ていて心地良い。白い指先が鋳鉄の色と相まって映えていた。
(おれは縁を切られたも同然なんだろうか)
向かいに座る少年は自分の父親と交流があると聞いた。彼から最近の様子を聞きたいが、なかなか心が首肯してくれない。
知ってどうするんだ。
正論を垂れ流すもう一人の自分が吐き捨てる。
彼は胸の奥で燻る火種を潰したく思っていた。だが唐突にパチッと弾けて痛み、いつまで経っても消せない。
不規則に鳴る作業音を聞きながら、青年は追憶した。
*
少年期のリグは文字通り落ちこぼれだった。
彼が貴族学校もとい、寄宿学校に通っていた頃。
閉鎖的空間での処刑人という家系への風当たりは強かった。
同級生から野蛮人や親の七光などと言われ、また、実力が伴っていないリグへの虐めも少なからず存在していた。
(でも心配はかけたくない)
幼い内に母は出て行ってしまい、育ての親は従者たち。彼らに心労は掛けまいと我慢し続けていた。
そのお陰か、反動により彼は勉学・剣術どちらにも打ち込み、首席で卒業する。十五歳の事だった。
その後は父の元で処刑人見習いをしつつ、同時に複数人の狩人を従えるようになる。
統率者の跡継ぎとして、彼は子供であろうと戦場へと赴いた。
十六歳になり、処することも板に付いてきた。同胞らに次期頭首を期待され、あとは大人になるのを待つだけ。
だと思っていたのに。
その日はグレウ含め手練の処刑人らが地方へと遠征を行っていた。
まだ寒いから冬眠から目覚めないだろうと踏み、王都から主戦力が離れる。まるでそれを見計らったかのように、暴徒化した人外が都市部に現れたのだ。
リグはすぐさま同胞を掻き集め、応戦を試みる。だが通常より数が少ない、加えて住宅地が目と鼻の先にあった。
このままでは多くの犠牲者を生む。
彼も武器を手にし、戦線へと飛び出した。
言わずもがな経験の浅い少年が、ぶっつけ本番で成功する筈がない。
結果、半数以上の処刑人を亡くし、リグ自身も足の骨を折った。
目の前で翳される死の鎌から逃れられる余力はない。
恐怖した四肢は竦んだ。が、体が引き裂かれることはなかった。
痛くないのに赤が飛散する。
違う。
自分の血でない。
思考回路が機能するまで時間がかかった。全身を覆う力強さ、嗅ぎ覚えのある懐かしい匂い。
「お、父さ、ん……?」
覆い被さるのは、いない筈の父の身体。
追って鈍痛が脈打ち、周囲から同胞らの雄叫びが耳朶を打った。
ようやく理解する。グレウがリグを咄嗟に抱え込み、攻撃を回避しようとしたのだ。
「お父さん、お父さんっ しっかりして」
人外の集中は他の戦士に移動したみたいだ、地響きは遠ざかった。
掛けた声に答える声はない。大きな体が被さっているせいで視野は限られている上、安否も分からない。
傷だらけの手足を無理に動かして何とか上体を起こす。
視界に飛び込む衝撃は、どす黒い赤だった。
「そ、んな、」
父の頭から顔にかけて、右半分が抉れてなくなっていた。
意識も右目もない。あるのは一部露出した頭蓋骨。
リグは首を絞められたように、息ができなくなったのだった。




