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episode28(ⅰ)

 年を越えて数週間。

 王国は再び日常へと動き出す。お祭り騒ぎは通り過ぎ、すっかり普段通りの生活に戻った。


 多くの人々が仕事始めをする中、街の一角にある老舗のカフェにて。

 穏やかな音楽、明るい話し声が響く店内。


「あんたが僕を呼び出すなんて寿命が縮むんだけど? リーダー」

「君には寿命の概念がないだろう、ロッド」


 異質な雰囲気を取り巻く二人、ヒュウとグレウが待ち合わせをしていた。


 ・・・


「先生の私情での外出ですか、いつもの事ですよ」


 事務所では弟子が留守番を任されていた。後々やって来たリグに師の行方を尋ねられ、シュリは茶の準備をしながら答える。


 元より氷輪の救急箱は、発症者が出現しなければ仕事がないも同然。冬の時期は特別そうだ。

 時折、依頼などで人やそれ以外の者が来客するが数は少ない。


 リグは外套についた雪を払い落とし、ソファに腰掛ける。差し出された紅茶の匂いが立った。

 師に用があるのかと尋ねると、金髪の彼は小さく首を振る。


「いや。あなた達はいつも一緒にいる気がしていたから意外だなと」


 ポットから芳醇な湯気が漂う。

 シュリは苦笑して言った。


「私たちは家族ではありませんからね」


 意味深長に聞こえた彼の台詞は、音を立てて軍人の心に落ちる。引っ掛かりを覚えたのではない。何となく寂しく感じたのだ。


 大人びた顔をするシュリへ、深く考えずに彼は言う。


「……レイツァは肉親に会いたいと思ったことはないのか?」


 リグの中では少年は拾い子であり、自らの意志で此処にいることになっている。経緯は知らない。この事が虚偽であることも、師弟から嘘を吐かれていることも。


 彼の問いを耳にしたシュリは数度、大きく瞬きをしてみせ、すぐに表情を崩した。

 お気に入りのティーカップに指を掛け、目を閉じて答える。


 一度たりともない。

 これから先、思うこともないと。


 優しげな口元は微笑みを浮かべるだけで、不必要に開かれることはなかった。


 これ以上訊いてはいけないと、リグは感じて目を伏せる。


 シュリは重い雰囲気にしてしまったことを申し訳なく感じて言った。


「リグさんこそ、ご両親の元へ帰らないのですか。きっと恋しく思っていらっしゃいますよ」


 これがまさか墓穴を掘ることになるとは考えていなかった。


 青年は眉間に皺を寄せ、苦しげな顔をして首を振る。


「おれみたいな息子の帰りなど、あの人は待ってなんかいない」


 ・・・


 一方、古くも整った外装が綺麗なカフェでは。


「息子との接し方が分からない、ねぇ。なんでそんなこと僕に訊くんだい」


 とりあえず頼んだダージリンを口にし、半笑いのヒュウが向かいに尋ねた。

 呆れの滲む言葉に構わず、グレウは真剣な目付きで言う。


「君にも息子のような者がいるだろう。仲が良いから参考にと考えてな」

「弟子と息子はかなり違うんじゃない?」


 処刑人の統率者は珈琲(コーヒー)を一口含む。無骨な手だが所作は丁寧だった。


 どうやらグレウが救命士を茶に誘った目的は相談することらしい。


 内容は自分の子供について。

 話を聞くに、リグはここ数年はまともに連絡にも応えず、あからさまに父親を避けているそうだ。

 確かに年越えの際、彼は帰省したことがないと言っていた。


 ヒュウは八重歯を覗かせたまま思案する。


 彼が知る限り、否、予測できる限りエンカー親子の仲はあまり良好ではないのだろう。

 氷輪の救急箱を担当する嫡男は、父親の存在を仄めかしただけで複雑そうな顔をする。極力その話題に触れたくないと言っているのに近かった。


 反対に、グレウの方は抵抗がない。

 むしろ今のように誰かに言える程度には平気なようだ。


(問題はリグにあると考えてたけど、気づけないリーダーにも非があるっぽいな)


 紅い眼光を伏せる。心中で密かに面倒だなと呟いた。


リグ(あの子)なら元気に勤めてるよ。通常状態の人外に会っても取り乱さなかったし、シュリも助けられてる」


 ヒュウは作り笑顔で担当者について語った。


 彼の仕事ぶりは事実。役立っていることも嘘ではない。ただ何も知らず真面目に怪物の元で働いている姿が、青年の目は滑稽に映っていた。

 青年が人外であることを知っているグレウに向けた皮肉のつもりだったが、父は柔らかく口角を持ち上げた。


 たった一言、そうかと相槌を打つ。


 心底安堵したかのような、誇らしげな面様(おもよう)だった。

 しかし表情はすっと消える。


「処刑人にならなかったのだから当然の行いだ。これからも好きに使ってくれ」


 冷徹にも感じる言葉を吐き、温かな珈琲を口にする。ヒュウの貼り付けた笑みが僅かに軋んだ。

 指先が柄をなぞる。

 気を取り直して彼は呟いた。


「コッチの場合、僕がこういう性格でシュリがああいう性格だからねぇ」


 想像できるのは、弟子の不満げな顔や怒っている顔ばかり。

 そういえばちゃんと笑わせてあげたことがないかもしれない、とヒュウは喉の奥で独りごちた。


 師弟間の仲が良いという自覚はない。普通だと思っていた。

 改めて言葉にされると(くすぐ)ったいものだと、彼は髪の毛先をいじり始める。


「相性というものか……昔の彼奴(あいつ)は母親に似ていたが、徐々に俺に似てきたな」


 グレウが低く言う。その言葉に青年は反応した。


「母さんとも険悪なのかい?」

「険悪も何も今はいない。リグが四つの時に離縁した」

「わおフクザツ」


 おちゃらけた言い方のヒュウはちらりと相手の右手を見遣った。白いカップを握るそれの薬指には、未だ銀の輪が嵌められている。

 その事を指摘するとグレウは視線を逸らした。言いたくないのか、途端に歯切れの悪い口調になる。


 さり気なく隠そうとする彼を見て、青年は楽しくなり追い打ちを掛けた。


 結局、根負けした彼が渋々言う。


「俺は別れたくなかったからな。政略結婚だったとはいえ愛情がなかった訳ではない」


 柄になく偉丈夫は微かに赤面していた。

 戦場で太刀を振り回す彼には想像がつかない返答だった。


 素直に白状する様があまりにも可笑しかったため、ヒュウは吹き出す寸前である。


「イマドキ奥さんから愛想尽かされるって相当だぞ?」

「何、婚約前から分かっていた。処刑人に嫁入りするなど貴族の恥だからな」

「えー正当化してるの」


 彼自身の諦めはついているようだ。指輪は名残惜しくて外せないでいると言う。


 青年は暫く顔を上げられず、笑いを押し殺すので必死だった。

 最凶の天敵だと認識していた相手の一面が、未練がましい男だったのだ。面白いのも当然だろう。


 困ったグレウに笑うなと言われ、やっとヒュウは落ち着いた。


 茶を舌の上で転がす。

 この一連の流れを振り返った青年は疑問を口にした。


「他人を愛せるのに距離を置かれるのは尚更ナゾだね。身に覚えはないのかい」


 いっそグレウの愛情表現が下手だとか、教育が厳しいだとかなら良かった。

 迷ったのち、グレウは顔の傷跡に手を当てて言う。


「きっかけなのか分からないが……これは四年前の事故でな。息子を庇った時にできたものだ」

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