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episode24(ⅰ)

「試作の発作抑制剤が、誰かに盗まれたの」


 告げられる言葉にヒュウも笑みを消す。驚く素振りすら見せず、彼は片手を腰に当て目を細めた。

 青年の反応は想定内だったのか、フレイアは話を続ける。


 表向きの花屋は年末年始で休業になっていた。配達などで店を空けることもあったが、普段、薬の調合や研究に使う部屋は奥まった所にある。行き慣れた者でも気が付かない隠し部屋だとも言った。

 元より人外は縄張り意識が強い。侵入されたならば即座に分かる筈だが、今回は盗まれて丸一日は気付かなかったそうだ。


 フレイアは悔しがって下唇を噛む。


「私の管理が甘かったのは分かっているわ、十分に反省した。でも、でも折角(せっかく)あそこまでできていたのに」


 きつく表情を歪ませ、彼女は自身の腕に爪を立てる。相当怒りと焦燥に満ちているのだろう、隠していた人外の特徴が見えかけた。


 一方ヒュウは、打って変わって冷静な眼差しで彼女の仕草を見ている。かと思えば、おもむろに両の瞼を下ろし、暫くして再び目を開けた。

 吐く息を白くし、彼は口角を持ち上げる。


「ちょっと手、貸してくれるかい」


 場違いな青年の台詞に、フレイアはあからさまに困惑する。理由を尋ねても彼はニコニコと笑い、片手を出してみせるだけで口を開こうとしてくれない。

 彼女は渋々従って、左手を差し出し重ねる。


 すると力強く握られ、引かれた。

 間近に迫る両者の顔。ヒュウの唇が彼女の耳元に寄せられる。彼の吐息が掛かった。


「んな、何して……!?」

「し。軍の奴がこっち見てる。場所を変えよう」


 フレイアが視線を通りの方へと遣る。そこには行き交い、過ぎていく人々。そして紛れている濃紺の軍服が二つ。

 こちらを見てはいないが足を止めている。不審がって目を付けたのだろう。


 ヒュウの意図を汲み取った彼女は一つ頷き、そっと離れる。握られた手がスルリと腕に通され、距離は近いままだ。


 足早な移動の最中、彼は低くした声音で言った。


「君の言いたいことは分かった、僕らに薬と犯人を探してほしいんだろう。やってあげるけど高くつくからね」


 背後に軍人が追ってくる気配がする。フレイアは冷や汗を感じながら彼の言葉に首肯した。


 メインストリートに出ると雑踏に紛れる。

 ヒュウが放つ超音波によって、振り返らずとも軍人らの位置は把握できていた。ものの数分で撒けたらしい。


 店の並ぶ通りの隅、二人の足が止まった。

 緊張で脈を急かしていたフレイアも落ち着きを取り戻し、導いてくれた彼に感謝を述べる。ヒュウは飾らない一笑で返した。


 それから互いの情報を交換し、二匹の人外は別れた。

 まるで逢引を終えた恋人のようだった。


(フレイアの話からすると、まだ近くにいるな。帰ったらシュリに話を通して……)


 帰路を辿る青年は、襟の高い外套に顔を(うず)める。試験薬窃盗事件について思案を巡らせていた、が。


 不意、鈍い音が振動と共に響き渡る。爆発音とは違う異質な轟音。


「だっ、誰か! 馬が暴れてる!」


 遠方、野太い女性の悲鳴がヒュウの耳朶を打った。家にいた人々も何だなんだと表へ出てくる。年明け早々の騒ぎに興味が向き始めていた。

 彼は考える間もなく走っていく。


 現場の見当はついていた。

 町中に馬がいるということは馬車馬なのだろう。つまり大通り。この方角から考えるにメインストリートから一本外れた、住宅も並ぶ道の筈だ。


 馬による事故は死人が出てもおかしくないものである。一刻の猶予もない。

 好奇心の浮かぶ人間たちの脇を、颯爽と駆け抜け急行する。


 人集りは予想より少なかった。騒ぎの中心へと辿り着くと、そこには既に見慣れた姿が膝をついている。


「シュリっ 状況は!」


 上着も着ずに飛び出してきたのであろう弟子が、倒れた女の側に腰を下ろしていた。彼は師を視界に捉えると、一瞬ばかり瞳に安堵の色を滲ませる。


 女の容態を確かめるヒュウに、少年は口早に説明した。


 馬車馬一頭が暴走。男女三人の乗る車が転倒、周囲にいた人が複数巻き込まれた。

 軽傷者は処置済み、なるべく離れるように指示はしてある。残る重傷者はこの女だけ。車に取り残された三人は、怪我が無いと確認できているため待機してもらっている。


「了解。馬は?」

「リグさんが止めて下さりました」


 (おもて)を上げると、馬上で金髪の青年が手綱を掴んでいた。私服のままではあるが背筋を伸ばし、大きな頭を(しき)りに振る獣を従えている。


 ヒュウは流石だと呟いて外套を脱ぎ捨てた。


「あんたはその三人の救出を。終わり次第コッチ手伝って」


 弟子、否、助手に一瞥すらくれずに彼は自身の仕事に取り掛かった。シュリは歯切れのよい返事を残して行く。


 彼は真っ先に横転した巨大な箱に飛び乗った。横倒しになった時の勢いが凄まじかったのか、下敷きにされている車輪は大破している。木製のそれでは耐えられず、木屑が散乱していた。

 歪んだドアは先ほど()じ開けたため、すぐにでも助け出せる状態だ。


 乗客は再び現れた少年に、(すが)るような眼差しで見上げた。

 一人ずつ丁寧に、全体重を後方へと掛けて引き上げる。申し出通り目立った外傷もない。シュリは大人三人を建物のある道の傍らへ案内した。


 次の仕事へ移る。彼はひらりとヒュウのもとへ戻っていった。

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