episode21(ⅰ)
「あぁ、やっぱりか」
シュリと年差のない少年少女、計四人が肩を寄せていた。
声を掛けてきたのは一番手前に膝をつく少年だ。シュリと同じく両手を拘束されている。
他の子供は縛られていなかったが、身を縮めて怯えている様子だ。まるで床に恐怖という糸で縫い付けられているかのようである。
彼に話を聞くと、誘拐された生徒五人で間違いなさそうだ。しかし一人足りない。
嫌な予感を嗅ぎ取ったシュリが慎重に尋ねる。栗色の髪をした少年は、一度言葉を詰まらせたが答えてくれた。
「少し前に死んじゃった。あの人達に強く頭を蹴られて」
つぅ、と冷や汗が背を伝う。喉が絞められる感覚に襲われた。
その後、少年は震えながら全てを説明した。
此処にいる子供は皆、下校中に連れ去られた者たちで年齢にも僅かながらばらつきがある。処刑人とは一切関わりがない。共通点は子供、という事だけで性別にも頓着はないらしい。
縛られていない子は既に乱暴されており、抵抗すれば暴力も当たり前。食事などは最低限しか与えられていない。
一通り言い終えると、彼は薄く笑みを浮かべた。
「ぼくは一昨日来たばかりだから、これくらいしか分からないんだ。ごめんね」
力のない諦めの声音だった。
(心が、壊れている)
暗がりで瞬く彼の黄の瞳には光がなかった。殴られた跡だろうか、頬は赤黒く変色している。
彼の後方にいる子らも、そこら中に怪我を負っていた。元から着ていたであろう制服はボロボロで、覗く血痕が生々しい。
愛玩人形。
その言葉が異様に合ってしまっていた。
大人の性欲処理に子供の体が使われるなど言語道断である。シュリはきつく奥歯を噛みしめ、かつて己の身に襲ってきた手を思い出す。
彼がハーレンだった頃、似た凌辱を受けたことがある。あの気色の悪い手付きに怨恨が滾る。
(殺された子がいるのなら、私達も口封じされる可能性はある。彼等だけでも逃さなくては)
シュリの内側で眠っていた正義感が頭を擡げた。許さないと憎悪の炎が揺らめく。
彼は鋭くした眼光で言った。
「互いの名誉のために名は隠そう。私が絶対に助ける」
これ以上彼等が辱めを食らわされるのは、彼にとっても耐えられるものではない。自分のような経験をさせたくない、とシュリは強く思った。
とは言え、この牢獄から出るのは望み薄だ。道順を辿るが、入ってきた玄関までは廊下が入り組んでいる。
ここにある窓からの脱出も考えたが、木の板で開けられなくなっている上に二階だ。こじ開けたとしてシュリは降りることができるが、この子らには難しいと思われる。
(恐らくこの館は処刑人の第四駐屯地。となると近くは十番街の二丁目。最寄りの軍の駐在所でも距離がある)
都心にある氷輪の救急箱の事務所など以ての外だ。
幾つかの駅を通らなくてはいけないほど辺境な場所にいる。徒歩で向かうなど無謀、外部へ助けを求めようにも町が遠い。
(あの六人くらいだったら戦闘不能状態にできるけれど……使えそうな武器がない)
周囲に目を遣る。
視界が捉えるのは汚れた椅子、折り重なった大量の布、粉々に割れている瓶、ロープ。武器としての期待はできない。
がた。
不愉快な笑い声と共にドアが開く音がした。
声を耳にした少年らは、更に体を小さくして壁の方へと後退りする。シュリも膝を立て、いつでも動けるような体勢になった。
「こっちに居たのかよ。勝手に動くな」
仮面のない素顔が厭らしく歪む。中年そこらの男ばかりだ。
酒の匂いが漂う。酔いが回っているようで、時折吃逆をしていた。
「そういやァ昨日やり損ねたヤツがいたな? そうコイツ、怯えてやんの。まずはお前だ」
後ろにいた少年の、栗色の髪が引っ張られる。痛いと声を上げるが余計に彼等を刺激するだけだった。
彼が連れて行かれる。
シュリは両の手の爪を立てた。
知らない体が知ってしまうくらいならば、とうに味わっている自分が餌食になろう。誰かの悲鳴を聞くのは戦場だけでいい。
瑠璃の虹彩が憤怒と、僅かな恐怖に染まった。
待て、と氷に似た声音が落ちる。
なりふり構わず、シュリは六人を呼び止めた。彼等は上気した顔を振り返らせる。
中性的な、まだ幼さの残る声音が牙を剥いた。滅多に口にしない暴言が喉から迸る。虚勢を張って彼は笑ってみせた。
「下っ端の処刑人は随分と下品な遊びが好きみたいだなぁ。品性下劣極まりない低俗だ、息をしているだけで汚らしい」
かつて自分が言われた罵詈雑言を、覚えている限りに吐き出す。逡巡すらせずに彼は言い続けた。
今はこれが正しい。
この惨い言葉を人に突き立てるのが正義だと。過去に刺された刃を彼等に投げつけるのが正義だと。
心中から叫んで。
「子供に手を出すとか最低だな、そりゃ相手してくれる女もできない訳だ。はっ、笑える」
彼が文言の暴力を振るう度、処刑人らの額に血管が浮き出てきた。アルコールで赤らんでいた頬も怒りに紅潮する。
やがてシュリは、この王国で最も卑劣かつ禁忌の言葉を言い放つ。最大限の嘲笑と共に。
「分かってるか? あんたらは、欲塗れの人外と程度が同じだってッ!!」
「んだとクソガキ!!」
がんッと頭を横に蹴られる。追って腹を蹴り上げられ、胃液が逆流してきた。酸素が上手く吸えない。はくはく、と唇が開閉する。
えずく彼の顎、頬を硬いブーツで打ち、上体が横倒しになる。脇腹を執拗に足で殴られた。絶え間ない鈍痛に内臓が捻れる思いをする。気持ち悪さと血の味が口内に広がった。
次に頭を踏みつけられ、頭蓋骨が軋む。視野が暗転しかけたが、我をなんとか保つ。
言われた侮言の分だけ罵声を浴びせられた。怒り狂っているせいで何を言っているのか分からないほどだった。
他の五人も一緒になってシュリの体に力をぶつける。彼の鼻や口から血が止め処なく流れ出た。少年の幼気な嗚咽が響く。
「いい、今夜はお前が相手しろ。オレたちに歯向かったこと後悔させてやる」
前髪で持ち上げられ、薄い壁の向こう側に連行された。
硬いベッドへ突き飛ばされる。
華奢な体は無骨な腕で押さえつけられ、彼の服を剥いでいった。身を捩って反発するも意味がない。
ループタイが千切れる。
ベストも裂かれてしまった。
白シャツのボタンが弾ける。
露わになる上半身に続いて、腰のベルトにも手をかけられた。
久しい感覚だ。数年前に王宮の地下牢で与えられた屈辱が再生される。皮膚という皮膚が粟立った。
下品な笑いが渦巻く。少年の色白の肌に舌が這い、彼は呻きを漏らした。
「正直な体なこった。アンタも快楽に溺れちまえ」
「どうしたどうした、もっと啼けよ」
生温かく湿った舌と荒々しい息。
淫らな手付きにシュリは下唇を噛んだ。
強がりなど既に剥がれ落ちている。涙が顳顬を滑っていった。傷だらけの白い体が晒される。
その時。
澱んだ空気を打ち壊すような破壊音が鼓膜を劈く。
男たちの動きが止まった。
向けられた視線、先には光を遮る板を貼った窓がある筈だ。だのにそこから、月明かりが差している。
逆光が象る人影が言った。
「あーあ、これは現行犯だな」




