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episode20(ⅱ)

 武器商店を後にして暫く歩いた。


 いつの間にか雪から変わった雨に、借りた一つの傘を差す帰路にて。

 小さな屋根に師弟が身を寄せる。身長差があるからか特段、狭く感じることはなかった。


 駅まで少しある。生気のない路地に二人の雑談が微かに響く。


「処刑人たちの性格が総じて野蛮なことは存じていましたが、流石にあそこまでとなると軍も動きそうですね」

「そうだな。直接リーダーに掛け合うのも手だけど、僕らがする必要はないし」


 低い気温と合わない雨音。水溜りを跨いで歩みを進める。

 事務所ではリグが留守番をしている筈だ。来たばかりの彼に任せたのはどうも罪悪感があり、シュリは早く帰ろうと思っていた。



 ――背後。


 人影と殺気。



「っ伏せて!!」


 唐突に響く少年の声。

 差していた傘が手元から離れ、飛ばされる。

 シュリは瞬く間にピストルを取り出し、躊躇いなくトリガーを絞った。

 二人の真後ろにいたのは四つの白い仮面。


 ()()()外して撃った数発の弾丸は、彼等の間近を通り過ぎる。掠ったとしても反応はない。

 ヒュウを守るように前に立ち、威嚇で引き金を引いた。

 乾いた音が鳴る。

 重さのない薬莢が落ちる。

 身構える前方の集団。


 師の制止で銃は泣き止んだ。構えたまま距離を取る。黒のローブを纏った集団は各々の武器を手にし、こちらを見ていた。


「っは、処刑人さまの底辺か。荒れているのも納得だな」


 地を這う低い声音、半笑いのヒュウが呟く。対して一人が気色の悪い声で言った。


「用があんのはオメェじゃねぇよ、そっちそっち。ガキをよこせ」


 (ひしゃ)げた顔をする不気味な仮面たちが笑う。恰好や武器から見て処刑人であることは間違いなさそうだ。

 先刻耳にしたばかりの噂話が(よぎ)る。

 子供の誘拐や暴力沙汰などの悪い風聞が、この者たちによって引き起こされていたと分かって腑に落ちた。


 素顔を見せない彼等が徐々に歩み寄ってくる。比例して師弟も下がろうとした、が。


 増えた気配、殺意の(きっさき)


 再び背後からの敵の予感に振り返り、シュリが銃口を向ける。重い金属音が威嚇した。

 囲まれた、という表現が適当だろう。一方通行の閉鎖空間、前も後ろも処刑人だ。


(確認できて六人か、分が悪い)


 ヒュウは睨みに近い三白眼で辺りに目配せする。

 シュリならば簡単に始末できるが、処刑人を殺すことは罰せられる対象になる。ここは殺し合いをせず、なるべく穏便にといきたいところだ。


「簡単な話だぞ? 命を惜しむんならさっさとソイツを渡せ」


 長身の一人が言う。

 あちらは青年が抵抗するなら殺害するつもりなのだろう。


 じりじりと間合いが詰められる。

 相手の持つ刃たちが舌舐めずりをする。

 霖雨は両者の行く末を傍観するばかりだ。


 ヒュウは今、弟子を差し出して逃げるほど自分の命に興味はなかった。

 幾らでも歯向かう算段はできるが、何分(なにぶん)シュリが本調子でない。手元を狂わせて彼等の息の根を止めてしまう懸念がある。だが長考はできない。


 一瞬の閃き。

 ヒュウは思い立った勢いのままに答えた。


「分かった、この子をやろう」


 師が告げたのは無情だと、シュリは思っただろう。

 失望に近い眼差しでヒュウを見上げる。先生、と掠れた声が呼ぶも彼がこちらを見てくれることはなかった。


 あまりにもあっさりとした返答に処刑人らは面食らったが、気を取り直して少年に近づいた。抵抗しかける子に青年が名を呼んで従わせる。そしてシュリの持つピストルを取り上げ、彼を更に困惑させた。

 細い手首を乱暴に掴まれ、闇の方へと連行される。

 少年は振り返って何かを言おうとしたが、ヒュウの冷たい瞳を目にして声すらも発せなかった。やがて彼は背を向け、弟子とは逆の方向へと行ってしまう。


 動揺を隠せない子供の手を引きながら、周囲の男が笑った。


「随分と薄情な親だなァ」

「可哀想なこった、代わりにオレらが可愛がってやるよ」


 少年への同情、師への嘲笑。

 普段の彼なら怒鳴ってもおかしくない言葉だというのに反応すらしない――否、できなかった。ヒュウに見捨てられたという事実が、ひたすら衝撃だったのだ。


 思考が追いつかない状態で、男たちの足が止まる。目前にあるのは壊れかけた馬車だった。


 乗れ、という指示に反抗する気になれず、シュリは大人しく即した。狭くて居心地が悪い。

 敷き詰められるように全員が乗り込む。

 馬が歩き出すと、一人がシュリの両腕を背に回して拘束した。かなりきつく縛られ、思わず彼は表情を歪ませる。


 不快な会話が続く。

 馬車から外は見えない。何処を進んでいるのか、何処に向かっているのかは分からないが、ただ暗くなっていることは分かった。同時に、師との距離が離れていく事も。


 三十分ほど経つと揺れが落ち着いた。

 続々と降りる彼等に引かれてシュリも歩き出す。知らない場所だった。

 館というには粗末な建物が建っている。脇には厩があり、乗ってきた馬もそこに帰っていった。


 それの一角。少々広めの部屋に子は連れてこられた。

 室内に灯りはない。ベッドがいくつかあるくらいだ。


「ここで待ってろ。ちゃーんと後で遊んでやるからな」


 下衆な台詞を言い残し、彼等はドアに鍵をかけて去っていった。

 シュリは大きく鼻で溜息を吐く。動かせない両手が痺れてきていた。


(どう、すれば。逃げられたとしても、あの人の元へ帰って良いのだろうか)


 師の姿が霞む。息が苦しくて仕方なかった。


(彼が自分を守るために弟子(わたし)を売ったとは思えない。けれど他にどんな理由が)


 何故、という単語ばかりが脳内を往来する。不可解な澱が心を濁らせた。


 あれは演技だったのだろうか。演技だったと信じたい。

 彼が利己心で誰かを見捨てるなどという事はしないと妄信していた。その根拠はない。だが事実から目を背けたかった。


(ピストルを取ったのは多分、私が処刑人を殺さないようにするため。でもそんな事を言っている場合じゃなかった筈だ。先生のためなら罪だって犯せるのに)


 重みのないホルダーに意識がいく。不幸にも対人外用麻酔もなかった。


 戦う前提でいるが、万が一本当に自分がヒュウに捨てられたのであれば、この「シュリムレイド」という存在が生きている理由はない。彼のために存在していると言っても過言ではないのだ。

 それ程までに、少年は青年を敬愛していた。

 信仰とも、病とも言える依存心である。


(もし仮説が正しかったとしたら、きっと私は)

「誰かいるの?」


 虚を突く声に顔を上げる。人はいない。

 しかし部屋を仕切るパーテーションの向こう側に、僅かな生気を感じた。


 警戒心を構え、彼は立ち上がって近づく。薄い壁に沿って並んで座っていたのは。


「あぁ、やっぱりか」


 シュリと年差のない少年少女、計四人が肩を寄せていた。

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