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episode18(ⅱ)

 ヒュウが現場に駆けつける。

 朝が来るまでおよそ十分を切った。早起きな日の光が一筋、遠方の山から差してくる。


 人の匂いはほとんどしないが、戦闘の音が震動となって離れた場所でも伝わってきていた。シュリにしては手こずっているなと思いつつ、目的地に辿り着くと目を瞠った。

 助手が倒れている。

 代わりに怪物の相手をしているのは、自分たちを監視する立場である筈の青年だ。


 状況の把握が間に合わないが、ヒュウは足を止めずに少年の元へと走った。声を掛け、脈を測り、怪我の具合を確認する。シュリの応答はない。

 一方リグは、自前の西洋剣を使って圧倒していた。

 軽い身のこなし、的確な斬撃、無駄のない洗練された回避。流石は人外殺しの専門家の息子だ。人外の知識は充分にあるのだろう。


 敵が入れ替わったことが不快らしく、羊は歯を剥き出しにして口を開いた。


「ど、ウシて処刑人が軍人、ノ格好をしてイる? また騙ソ、うト言ウのカ!?」

「おれは処刑人じゃないし、お前の事情とかどうでもいいんだけど」


 一向に体力がなくならない金髪の青年に、化け物はやり投げの攻撃を仕掛ける。無作為に辺りの木々を薙ぎ倒していった。

 リグは落ち着いた様子で、淡々と倒木の上を駆ける。丸太という不安定な足場でも、その体幹が揺らぐことはなかった。


 自身が荒らしたせいで羊は可動範囲が限られてしまったらしい。横倒しになった木々を踏みつけ、俊敏に走り続ける青年を目で追うので必死だ。

 不意に詰められた間合い、後方。

 相手はまだ反応できていない。リグの眼光が鋭利なものになる。


 かつて、父親に教え込まされた人外の心臓の在り処がはっきりと見えた。リグはそこへ、真っ直ぐに刃を突き立てる。


 処刑人の道を諦めた自分が、まさか人外を殺してしまうだなんて誰が予想できただろうか。


 化け物の身体の右側に白銀の刃が刺さる。表面は柔らかく、剣先がいとも簡単に心臓へと達した。

 勢いを殺さず更に奥へ力を籠める。羊は体に侵入してくる冷えた異物と痛みに悲鳴をあげて暴れたが、青年が慌てる様子は一切ない。踵を食い込ませ、剣を強く固定した。


 やがて出血が致命的な量になった。

 怪物は目や口から血液を垂れ流し、苦しげに浅い呼吸を繰り返す。立っている事でさえ(まま)ならず、程なくして顔を地につけた。

 リグが刃を引き抜く。

 半透明な脂が、てらてらと朝日を反射した。軍器に付着した赫を一振りで払う。飛沫が曲線を描いた。


「ちょっと説明できるかい、リグ」


 息を整える青年にヒュウが歩み寄ってきた。彼は相変わらず笑みを浮かべており、見透かすような紅い虹彩も健在だ。

 納刀しながらリグは答える。


「戦闘音を聞いて、もしやと思い。ここに来た時、丁度レイツァが意識を飛ばしました」

「それで僕との約束を守ってくれたんだ、ありがとな」


 感謝を口にするヒュウに、リグは謙虚に首を振った。


「もうすぐ仲間が死体回収に来ると思います。おれが殺した事は内緒にして下さい」

「勿論だよ、じゃないと僕も困るし。にしても、最後までやっちゃうなんて流石だな。なんで処刑人にならなかったんだ?」


 ヒュウが死体に近づく。絶命した人外の痙攣する筋肉に触れ、少しばかり目を細めた。視線を頭へと向ける。

 彼の問いにリグは言葉を詰まらせた。暫し沈黙が流れ、やっと唇を開く。


「父上が、嗤われてしまうから」


 大人な雰囲気とはかけ離れた幼稚な理由だ。

 ヒュウは一瞬だけ真顔に戻ったが、すぐに口角を持ち上げる。なんだよそれ、といつもの調子で一言返し、この話題を終わらせた。


 ふと翠緑の瞳を上げ、リグが問うた。


「そういえばレイツァは」

「あーあいつなら大丈夫だ、と言いたいんだけど」


 長髪の青年が立ち上がり、固く目を閉ざした弟子に目を向ける。


「悪いとこには当たらなかったが、頭蓋骨が割れて出血している可能性がある。最悪死ぬかもな」


 笑い事でないのに彼は半笑いで言った。リグは(こく)だと思い、なぜ軽薄に言えるのかを素直に尋ねる。

 対してヒュウは、八重歯を覗かせて答えた。


「だって僕は命を救う専門家だよ。それに」


 不自然な部分で台詞を切る彼に、リグは小首を傾げる。青年は微笑みを貼り付けた状態で、脅迫にも似た低い声音で言った。


「あの子を救うまで僕はあの子を死なせない、絶対にね」

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