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episode16(ⅲ)

 次にハーレンが収容されることになった経緯(いきさつ)を話し始めた。


「なんとなく分かっているとは思うけれど、原因は君が乱入してきた男を殺したからだよ」

「なんで? 私は守っただけで何も悪いことなんてしていないっ」

「うん、知っている。でも、あれは流石にやり過ぎだった」


 あの嬲り殺しは、長年「死」というものを忌み嫌っていた王家からすれば卒倒するに値する。子どもの王子の所業となると尚更だ。

 この由々しき事態を、国王は世間に露呈させまいと尽力した。世に知れ渡って国民が不安に潰れてしまうことなど目に見えるものである。ゆえに息子を隔離したのだ。

 理由はそれだけでない。

 王がハーレンを野蛮な獣だと言った。もう、人間ではないとも。

 この台詞が示す意味は考える間もなかった。


 初見の成人男性、それも狂って暴力に走るほどの者を惨殺し、なお笑みを浮かべていた少年は化け物と呼ばれるのに相応しい。

 十一歳に不釣り合いな脚力、瞬発力、急所の見分け。

 そして殺しの躊躇いの無さ。

 抜きん出たその力は、むしろ今までよく注目されなかったと感心してしまう。本人も自覚がなく、剣技が得意だったという程度だった。


 改めて息子が異質であることを認めた王は、その才能を弱体化させるため、同時にこちらに歯向かわないようにするため、ハーレンを監禁することにしたのだ。 


 どんな怪物でも、弱らせることができるなら飼いならせる。


 いつかに教えられた父親の言葉を思い出す。少年はカエハの話の途中にもかかわらず、その場にへたり込んでしまった。


 あぁ、私はもう二度とあの場所に帰れないんだ。


 痛感した。

 遅効性の毒が這いつくばってくるように、足元から死者の手が伸びてくるように、置かれた状況が分かってくる。地上に出たとしても、何処へ行ったとしても、眼下は地獄であると思い知る。

 この先、変わらずこうしていたら、何かしらの罪を被せられて死刑になるとカエハは言う。淡々とした口調の裏に、苦しさが織り込まれていた。


 絶望に突き落とされ、そこから動くことすら許されない。

 助けなどない。

 着々と近づく死を、此処で待つことしかできない。


「そ、んなっ、わたし、は……っ」


 私は、ただ、守りたかっただけなのに。


 純粋な正義感が暴走したが故の結果。

 ハーレンの中で何かが砕ける音がした。


 *


 地下牢に在中する軍人はいなかった。

 三日に一度、水と黒麵麭(パン)を持ってくるくらいで監視という監視はない。


 食べ盛りである年頃の少年に、三日分の食事をパン一つで済ませろというのは無理な話だ。彼はすぐに衰弱してしまった。

 瀕死のところをカエハに見つけられ、以来彼は毎晩パンを持ってくる。勿論、これは双子だけの秘密であった。


 監禁されて半年が経った頃。

 ハーレンは奴隷として城と牢を行き来する事になった。仕事は主にカエハの命ず雑用である。

 当時の彼は、唯一心の拠り所となっていたカエハの雑用となる事を安心できるものと思っていた。だが、それは過度な期待であった。


 子どもと言えど一国の王子。彼の周りには多くの軍人やメイドがいる。下手に親しくしてしまえば不敬として制裁を食らわされるに違いない。

 今の彼は王子ではなく、弱った化け物なのだから。


 さらに彼の悲劇に拍車を掛けたのは、カエハの存在だった。


 前述の通り、片割れが居ようと周りに敵しかいない状況。カエハもまた馴れ馴れしくすることができなかった。代わりに兄を虐める側に立たされてしまったのである。

 従者らがハーレンを嘲笑う。その流れでカエハも見下さなくてはいけなかった。

 変に庇えば矛先がこちらに向く。嘘でも兄弟を罵倒せねばならなかったのだ。


 血を分けた、大切な人を奴隷と呼ぶ。軽くふらつく彼に低い声を投げた。


「遅いよハーレン、悪い奴隷には罰を下さないとね」


 深い蒼の虹彩に生気はない。痩せこけた彼の姿に胸が痛む。


「その顔、本当に気に入らない。どうして私と同じ顔をしているんだろうな」


 腰元を飾る西洋剣を鞘から取り出す。薄明りを反射する刃を掲げ、目下の片割れを睨んだ。


 本当は、したくないのに。

 本音は澱となって腹に落ちた。そんな事を考えていたら顔に出てしまう。だから想いも消さなくてはいけない。


 これは人の心のない怪物。人外に人情など必要ない。


 そう言い聞かせて。


「お前は必要ないんだよ、失敗王子」


 一思いに刃を振り下ろす。剣先はハーレンの頭を目掛けて牙を剥いた。


「王子、お止めください」


 恐怖心が芽を出すのと、召使いの制止の声が丁度重なる。右腕は、その声を待っていたと言わんばかりに動きを静止させた。剣は寸でのところで牙を仕舞う。

 平然を装ってカエハは納刀した。変わらぬ口調で召使いに理由を尋ねる。彼は気味の悪い笑みで答えた。


「ここで殺してしまったら貴方様まで化け物とされてしまいます。それだけはお控えいただきたいと」


 妥当な返答である。王子は鼻で笑って相槌を打った。


 第三者から見れば違和感のない会話。完璧な演技だった。演者の心中は目も当てられぬほどに荒れていたが。


 互いが互いに精神を削る日々が一年と続いた。徐々に二人の間柄も険悪になっていく。

 分かっていても素直になれない年齢だ。不本意に相手を傷つけることも増えていった。


 王子直属の下僕になってから、もうすぐ一年が経つ。

 ハーレンもつい先日、十二歳になった。とは言え彼の境遇は何も変わっていない。


「そういえば聞いた? 失敗王子の処刑の日が決まったそうなのよ」

「あら、やっと?」

「次の献上祭らしいよ。生贄って(てい)で首を斬るんだって」


 牢に戻ろうと城内を歩いていた。恐らくメイドたちだろう。仕事の合間にこうして噂話をすることは昔から変わらない。

 ハーレンはぴたりと歩みを止めた。足が床に縫い付けられたかのように動かない。


「あの怪物ったら、門番が一週間エサをやりに行くの忘れていても生きていたらしいの。こわぁい」

「えーそうなの? 気持ち悪い」

「ほんと、なんで生きてるのかしらね」


 先の尖った一言一句は、まるで錆びた無数の針だ。

 手加減を知らないそれらが胸を刺したが、足りないらしく奥へ奥へと入り込んでくる。じっとりと冷や汗が滲んできた。


「生きてる意味も価値もないのにね」


 ハーレンは外へ飛び出した。

 腹から逆流する痛みに耐えかねて、彼は中庭の隅で四つん這いになる。吐瀉物が喉を焼いた。

 大した食事もしていないからか、胃液には何も混じっていない。心臓が大袈裟に脈打つ。手足が震えて収まらない。


 両親を助けたら化け物呼ばわり。


 一年間、地下牢で監禁され、(ようや)く地上に出られると思ったら弟の奴隷。


 極めつけは半年後に処刑されると来た。


 まだ十二年しか生きていない少年にとって、あまりに惨い運命。

 彼は問わずにいられなかった。




「私は、何の為に生まれてきたんだ?」




 酸の匂いが漂う。泪が伝って止まらない。視界が回ってしまう気がした。


 ハーレンの問い。

 それに答えてくれる者が現れるとは、この時の彼には知る由もなかった。

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