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episode7(ⅱ)

「処刑人の(かた)と共闘するのは性に合いませんが、貴方となら出来そうです」

「それは良かった。では、狩りを始めよう」


 それを合図に、グレウとシュリは躊躇うことなく爛れた肉塊へと飛び込んだ。


 馬の突進と同時に男は刃を振るう。太い血管や肉は切断され、軌道を描くように血飛沫が上がった。

 しかし傷は浅く、表面を傷付けるので最大の攻撃だった。


 シュリは猫の人外(相手)と引けを取らないほどの素早さで背後を取る。倒壊した家屋を伝って巨体の上を跳び、(うなじ)目掛けてトリガーを絞った。

 だがタイミングが合わなかったのか、(すんで)の所で回避される。


 滞空時間が限界になり少年は落ちたが、落下地点に合わせてグレウが馬を走らせていた。男は幼い身体を受け止めると、流れるように地面へと降ろす。

 彼の行動に驚きつつも、シュリは心中で笑った。


(流石は処刑人を統べる(おさ)。周りがよく見えている)


 力強く地を蹴ると少年は勢いよく体を跳ねさせた。脈打つ太く紅い管を片手で掴み、それを縄の代わりにして人外の肩へと登る。

 剥き出しになっている肉の繊維に上手く踵を掛け、首を視界に捉えた。揺れる巨体にしがみつく。


 すると人外は甲高い鳴き声を発した。

 刃と同等の鋭さで鼓膜が破れてしまいそうである。何より、今シュリは至近距離でそれを耳にしていた。

 余りの高音に少年の耳から血が伝ってくる。

 耐えられずに耳を塞ぐ。

 振り落とされそうだ。


「喚くなッ黙れッ!」


 金属がぶつかる音と同時に耳障りな鳴き声が止む。


 思わず瞑っていた目を開くと、そこには人外の顎を削ぎ落とすグレウが舞っていた。飛散する血の雫は薔薇の花弁のようだ。

 人間一人分ほどの大きさの顎が地面に落ち、潰れる。悲鳴も上げられず痛みからか、相手は暴れることもできないようだった。


 今しかない。


 血塗れで滑る肉体に足を踏ん張り、シュリはほぼ零距離で首に銃口を突きつけた。

 一方グレウも再び宙に飛び上がる。下から首を狙い、鮮血に染まる刃を力の限り振るった。


 間もなく何発もの発砲音が空気を揺らし、切り落とす音が響く。

 

 ずる、と頭が重力で垂れ下がる。

 後に血管が引き千切られる音が鳴り、やがて頸は地面に落ちた。

 頭を失った身体は一気に脱力して横たわり、肩に乗っていたシュリは咄嗟に離脱する。


 元は住宅の並ぶ閑静な町だったが視界の限り鮮血だ。人外の血の吐き気を催す生臭さと、人間の酸のような血の臭いが入り混じる。

 白シャツに広がった赤は最早、自分の血なのかも分からない。シュリはどす黒く変色した袖で顔の汗を拭った。


 役目を終えた処刑人らは、地に染み込む赤には一切目を向けず列を成して王宮へと身を返す。その中、馬を引いたグレウがシュリの元へと歩み寄ってきた。


「肩を負傷している、今すぐ手当てを」

「止血は済んでおりますのでご心配なく。先ずは貴方を手当てしましょう」


 グレウは左手の甲から肘にかけて出血していた。彼は浅いから良いと言ってシュリの手当てを拒否したが、少年は首を振る。


「民間人を守る(かた)が怪我の治りを引き摺ってはいけません。早く処置し、早く治す事が一番です」


 茶のベストを脱ぐと彼は、まだ白く清潔なシャツの裾を小型のナイフで裂いた。それを慣れた手つきで男の手に巻き付けるときつく結ぶ。直後は血液が少し滲んだが間もなく止まった。

 まだ子供である筈の彼の行動にグレウは感嘆の声を漏らす。


「若いのに随分と手慣れているな、恩に着る。あの青年の教えか?」


 彼の問いかけにシュリは頷いた。グレウは意味深長に息を吐くと、ぽつりと呟く。


「人間を手助けする人外とは……奇妙な者もいる」


 重い金属音が不意を突く。


 男は少年から向けられた銃口に表情を硬くした。


「俺に向けるほど君は、あの人外を慕っているのだな」

「貴方には関係ない。先生に危害を加えるつもりなら誰だって殺す」

「ほう、それが本性か。想像以上の獣だな」


 普段の敬語は失せ、少年の指は引き金に触れる。その眼光は暴走した人外へ向けるものと同じものだった。


 張り詰めた空気の中、グレウは西洋剣に手を掛けることなく只立っている。背後に待つ馬の手綱を握っていることもあり、発砲されては無傷で済まないだろう。更には左腕に傷を負っている。

 彼は切れ長の瞳を細めた。


「現時点であの人外の青年を殺す理由はない。人間の命を救うのなら尚更だ」


 シュリは心中の疑念が拭いきれないようで変わらず銃口を掲げている。

 少年の師への敬愛は相当なものだと感じたグレウは、少しばかり逡巡したのちに膝を着いてみせた。


 処刑人の長である偉丈夫が、まだ年端もいかない少年に跪いている。


 男の行動を理解できずシュリは狼狽えた。反射的に、ピストルを垂れた(こうべ)に突き出したが撃つ気は全く起きなかった。


「君は一般国民とは違う。『王族の血を引く者』だろう」

「どうしてそれをッ」

「何年王族(かれら)に仕えていると思っている。血縁者を見抜く事など造作もない」


 グレウの表情は見えず、どのような心境でその言葉を口にしているのかが分からなかった。


 今まで隠し通してきた秘密を暴かれ、少年は動揺して一歩下がる。

 男は身を低くしたまま淡々と言葉を述べた。


「君の正体も、あの青年の正体も分かっているつもりだ。だが事情までは図りかねない、無礼を許せ。ハーレン殿下」


 銃が手元から落ちる。

 体の中心で心臓が煩く鳴く。

 脳裏に命令の声ががなり立てた。撃て、殺せ、知ってはいけない事を知った者は抹消しなくてはいけない、この男を消せ。


 しかし体は言う事を聞かない。小刻みに震えつつも硬直してしまっている。

 シュリは締まる喉から声を振り絞った。


「ちがうッ、私は、王子なんかじゃ……ッ!」


 ぷつんと硬直の糸が切れる。

 少年は自身の足元に転がったピストルを拾い、すぐさま引き金をグレウに向けて引いた。


 ばん、と乾いた音が荒涼とした戦場に響く。


 男は冷厳な眼差しでこちらを見ていた。対してシュリは呆然とそれを見つめ返す。銃を握っていた右手は、第三者によって空へと向けられていた。

 彼の右手首を掴むのは。


「人間に銃口を向けろとは教えてないぞ、シュリ」


 涼やかな声音、先端が尖った両耳、八重歯が豹変し覗く牙、そして血色の瞳。

 本来の姿――蝙蝠の人外の姿になったヒュウエンスが、片手で少年の銃撃を阻止していた。

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