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episode50(ⅲ)

episode50(ⅲ)

 マグダレンと同じ形態、遥かに獣の姿をした人外であった。


 狐の少女はシュリに気がつくと、素っ頓狂な声を上げて落下した。が、すぐに起き上がって耳を強く反らす。喉から唸りが聴こえた。


「なんで人間がいるんだっ マギーさんから離れろ!」

「うるさいねガネット。お客に失礼するんじゃないよ」


 梟が冷静に諭すと、言葉を飲み込んだ少女は首を傾げる。耳をピンと立て、次にシュリの方へ鼻を突き出した。驚いた彼は少し身構えるが、間もなく敵意がないことを察して体の強張りを解く。

 一通り少年の匂いを嗅いだ狐の子は、不満そうな面になって梟を見た。客とはいえ人間なことに違いはないと言う発言をしたが、年寄りくさい人外は何も答えずに挨拶をしろと言う。露骨に解せない表情を浮かべるが、大人しく少女――ガネットは従った。

 対してシュリも、姿勢を正して自己紹介をする。


 よく見れば、背格好は彼と同じ程度の幼獣だ。大きく円な瞳にはあどけなさが残り、まさに子狐という呼び方が似合う。


 子どもの人外。

 シュリはその単語が過った途端、疑問が走った。失礼を承知で彼は年齢を問う。


(とし)? 正確には分かんないけど三十くらい……って、おめぇガキなのに喋れるって思ったな!? バカにしやがって!」


 勘が良いのか彼女は早とちりをして怒鳴る。少年は慌てて宥め、あまりにも自然な話しぶりであるため驚いたのだと弁解した。

 彼の対応を聞いたガネットは口を噤む。満更でもなさそうにそっぽを向くが、尾は素直なようで小さく左右に揺れていた。


 他方、二人のやりとりを見ていた梟の人外は、掛けていた眼鏡のレンズを布で拭きながら言う。


「この子はあたしが預かってる子さ。昔体が弱かったせいで成長が遅くてね」

「でも昨日より七ミリ伸びたっすよ!」

「はいはい良かったね」


 少女の扱いには慣れているようで、彼女は冷静に躱しつつ適当にあしらった。


 恐らくマグダレンが言語を教えたのだろう。口が悪かったり、発言に棘があるのは彼女譲りなのかもしれない。


 親子というより師弟に近い関係。

 シュリは彼女らを通して、何処か自分たちを重ねていた。無意識に、師の面影が脳裏を掠める。咄嗟に首を振った。


 ふと、何を思ったのか梟が言い出す。


「丁度いい。ガネット、こいつに森の案内をしてやりな」


 唐突な提案に少年少女は面食らう。子狐は再び間の抜けた声を上げたが、乳母の返しに文句が言えなくなってしまった。シュリには一言、外の空気を吸った方が良いと助言する。


 陰鬱な気分になってしまっていたことが伝わっていたらしい。彼女の配慮に、少年は頭を下げた。


 梯子を登り、狐の少女のあとを追う。

 リズム良く枝の足場を降り、地上に立つといくらか胸がすっとした。決定的な(しこり)は居座ったままであるが。


 子狐は澄ました顔で振り返り、隣に来いと尾を一振りする。彼が追いつくと、彼女は感心した様子で口を開いた。


「あのミズナラを、オイラくらい速く降りれるヤツなんて初めてだ。何者なんだ、おめぇ」

「ただの人間ですよ。仕事の影響で怖いものが少ないだけです」

「ふーん。てか、その敬語やめて。なんか変」


 話題の転換には追いつけずシュリは苦笑する。

 同世代の友人ができた気がしたのだが、彼の精神年齢が上擦っているせいもあり、彼女の方が幼く見えた。

 いくら身体の成長が早かろうと、倍以上の月日を生きようと、子どもでいることに変わりはないみたいだ。


 暫く変わり映えのない木々の並んだ景色を進む。

 木漏れ日の差す獣道には、いくつか別の種類の動物の足跡が往来していた。


 案内と言っても見る場所などほとんどないが、ガネットは得意げに場所を紹介して回る。自分の寝床、動物や人外が集まる大樹、木の実が美味しいエリア、日当たりは良いが人の気配が近い泉。

 彼女にとっては街なのだろう、とシュリは小さく笑って見ていた。何処もかけがえのない故郷の一部。人里と違って長閑(のどか)な空気は、悩みなど空っぽにしてくれるらしい。


 不意に、向かいから小柄な人外が駆け寄ってきた。大きな尾を見る限り栗鼠(りす)だろう。

 彼は言葉が話せないようだが、身振り手振りで子狐と意思疎通を図る。焦った様子で来た道の先を指差していた。


 栗鼠とは顔見知りなのか、ガネットはすぐに理解して言う。


「えーまた降りられなくなったんすか? 仕方ないな……シュリム、悪いんだけど待っててくれない?」

「構わないけど。手伝おうか」

「いんや、アイツらオイラ並みに人間嫌いだから」


 彼女はそう言い残し、栗鼠の彼とともに四つん這いになって走っていった。二足歩行より速いらしい。


 行く当てがなくなってしまった少年は、少し迷って身を返す。沢を辿りたかったのだ。この先にも続くということに興味があったのと、微かに感じる気配の正体が気になっていたのだ。


 点々と緑の頭を出す雑草を避けながら、彼は水の流れを伝って行った。

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