episode50(ⅱ)
眼鏡を押し上げ、彼女は淡々と続けた。
自分はこの外見で人から生まれた。どう見ても人でない生物の形を持って生まれたのだ。そのせいで両親は処刑人に殺され、命からがら逃げ切った自分も迫害を受けた。行く当てもなく此処へと辿り着いたと。
同じ場所を住処とする人外とは、対等な関係になれなかった。自分は言語を話せるが、若い彼等には意味のない音声記号でしかなかったのだ。それでも彼等との繋がりはまだ良い方だった。
人類へ恨みや嫌悪を抱くには充分な背景だろうと、彼女は言う。シュリは黙って首肯した。
琥珀色の虹彩を伏せ、梟は間を置く。
「そんなあたしのトコに、あのコウモリ野郎は来たんだよ。人間の匂いをさせてね」
何百年前のことなのかは覚えていないが、当時の若いヒュウが訪れた際の台詞はよく記憶にあると吐く。人を見ていないか、と問うてきたらしい。
食料としての人間を探しているのかと訊けば違うと答えられ、家族なのかと訊けば分からないと返された。最初から最後まで意味不明な問答をし、何も情報がないと知った彼は去っていったそうだ。
それから暫くして、再びヒュウがやって来る。今度は、戦争はいつ終わるのかと尋ねてきたのだ。
「一世紀も生きてないってのにスラスラ言語は話せるわ、ほぼ完璧に人に化けられるわ。本当に訳のわからんヤツだった」
珍妙な人外が森を行き来することが増え、やがて彼は住み着いていた。人里を降りては森に帰るを繰り返し、マグダレンは彼を迷惑に思っていたと言う。
そんなヒュウに、彼女は一度だけ理由を問うたことがある。何故わざわざ彼等のところへ行くのかと。
彼は不思議そうに答えた、人間が好きだからだと。
「十年近く、あたしんとこで勉強してたけど必要ないくらいだったね。色々あって出て行っちまったけど、せいぜいしたわ」
色々、という単語にシュリは引っ掛かりを覚える。昨日の師の捨て台詞――「俺がいた時は役人だろうと子どもだろうと食い殺してきたくせに」――を思い出したのだ。
子は恐る恐る、色々が指し示す意味に彼の言葉が関連しているのではと尋ねる。彼女は嫌そうな顔をして頷いた。
彼女はセーゼ同様、森に入ってきた人間を殺す立場にいた。嫌悪してきた生き物を始末できるのに加え、自身の空腹を満たすこともできる。一石二鳥だとしか思っていないと梟は話す。
その考え方を、ヒュウは強く否定していた。
人間が嫌いなマグダレンと、人間が好きなヒュウエンス。
真逆に位置する思想を持つ両者は、始めから相容れない存在だったのかもしれない。そう言って彼女は視線を上へ向けた。
師の知らない一面を垣間見た気がして、シュリは複雑そうに睫毛を伏せる。逡巡して彼は口を開いた。
「先生は、貴方がたを止めようとはしなかったのですか」
「最初はしてたよ。でもセーゼ様に勝てるわけないじゃんか。そのうち傍観するようになったね」
きっと、師は己の無力さに打ちひしがれたのだろう。
あの番人のことだ、言葉で説得しようにも理解してくれなかったことなど容易に想像ができる。言わずもがな力ずくで阻止するなど無謀だ。
少年は眉を顰め、微かに下唇を噛む。
あの青年に諦め癖があるのは、死の選別を繰り返してきたからだと思っていた。しかし理由がそれだけでないのかもしれない。
黙り込むシュリに、マグダレンは続けて口を開くことはなく、ひたすら時が流れるのを待った。
遠くで吹き荒れる風が鳴く。
枝が激しく撓っている気配がした。否、同時に何かが登ってきている。軽い足取り、慣れているのだろうか。
頭を擡げると間もなく、頭上から声が響いてきた。
「マギーさぁん! いますかぁ!」
幼気はあるも、よく通る少女の声。
子は怪訝そうに視線を上に向けたが、天井が視線を阻んでいるせいで姿は見えない。対して、梟の人外は同程度の声量で応えた。
彼女の在宅がわかると、声の主はドタドタと騒がしく降りてくる。かと思えば、天井の出入り口のドアが開かれた。
「んもー、不定期にいなくなるの困るっす! いくらオイラの鼻が利くとはいえ探すの大変なんすからね!」
逆さまになって顔を出すのは、赤みを帯びた褐色な毛に覆われた人外だった。
骨格は人のそれに似ているが、鼻を見る限り狐の類だろう。頭から立つ耳はリグが持つものよりも尖った二等辺三角形だ。先端は黒く、口の下から首に掛けて白い毛が伸びている。
マグダレンと同じ形態、遥かに獣の姿をした人外であった。




