episode49(ⅱ)
「誰を婆さん扱いしてるつもりだい、あたしゃアンタと七十しか違わないだろう」
現れたのは、少年とさほど変わらない背丈の梟だった。
茶褐色と白の羽毛に身を包み、眼鏡越しの黄みがかった瞳がこちらを一望する。足以外の下半身は人型をしているのか、古びた服を着ていた。
頭上には耳に似た羽角があり、彼女は木兎に近い種族らしい。
灰色の鋭い嘴から発せられるのは、少し枯れた女性の声。口と違って上下に開閉するだけだのに、人語が聞き取れるのは摩訶不思議な感覚だった。
過去に見てきた人外よりも、遥かに人外の姿をしている彼女に、シュリは得体のしれない恐怖に近いものを感じている。とはいえ相手からの明確な敵意や殺意はなく、警戒の糸は間もなく解けた。
そんな彼を尻目に、ヒュウは平生の軽薄そうな笑顔を浮かべる。先日の発言――「そいつ、僕のこと嫌いだし、僕もそいつのこと嫌いなんだよね」――が嘘のように親しげに話し出した。
「久しぶり、元気そうで良かった。ちょっと訊きたいことがあるんだけど」
「アンタに話すものなんてないわい。どのツラ下げて戻ってきたんだ」
小柄な体躯から醸し出されるのは、猛禽類の持つ捕食者側の気配。しかし語気の割に威圧感はなかった。
話し方的に老婆を想起させられたが、長髪の青年は敬いの文字すら感じさせない口調で躱す。飄々とした態度は嫌いな相手でも微動だにしなかった。
何としてでも本題に入ろうとするも、マグダレンは譲らぬ心づもりで口を割ろうとしない。ひたすら話すことはないという一点張りだ。
埒が明かない。ヒュウの集中力が切れかけた時、代わりに声を上げたのは弟子だった。
突然の訪問になってしまったことの謝罪から始め、彼は至極丁寧に状況を説明する。調査のために此処へ来たのだと言い、貴女へ協力を乞いたいのだと。
外見に似合わぬ大人な口振りに、マグダレンは少しばかり目を見開いた。眼光は少年の頭の先から爪先まで巡らされ、やがて瑠璃の双眸と合わせられる。
シュリの申し出を聞き入れたのか、彼女は一つ大きく鼻を鳴らす。彼に向かって、随分とませた子どもだと毒づきつつ、名乗るように言った。子が変わらず誠実な態度で答えると、弟子という単語に反応を示す。
次にヒュウへ目を遣り、どういうことかと問うた。対して青年は半笑いを浮かべたまま答える。どうもこうも言った通りさ、と。
梟の人外は表情を険しくさせ、低く唸った。
「セーゼ様の言っていた通りみたいだね。まったく命知らずな」
その台詞はどちらに向けられていたのかは分からない。人喰いの化け物を師匠とする少年へのものなのか、はたまた、人外たちを淘汰する人間を手元に置く青年へのものなのか。
きっと後者だろうとヒュウは思った。
一旦、落ち着いたらしい梟は器用に羽根の先を使って、ぐいっと眼鏡を押し上げる。
彼女は捻くれた様子で用件を尋ねてきた。話をしてくれることを嬉しく思ったシュリは、僅かに面の色を明るくする。が、すぐに表情を引き締めた。
「月魄様から、近頃森から若い人外が出ていってしまっているとお聞きしました。その原因を探っているのですが何か心当たりはございませんか」
追ってヒュウも、些細な違和感でも構わないと言う。
問われたマグダレンは、溜息を吐いたのちに首を振った。知っているのなら既に解決している問題だと答える。どうやら彼女もシンセ森に迫る危機を察知して動いていたようだが、結果は出ていないみたいだ。
しかしそこで彼女は、ただ、と付け足す。羽毛に覆われた顔を外へ向けて言った。
「違和感というより私情なんだけどね。最近、あの姉弟を見かけないんだ」
姉弟、という思いもよらない単語に二人は首を傾げる。聞き返すと梟は、本題とは関係のない話だがと前置きをして話し始めた。
最近と言っても人外の中で流れる時間の速さは異なる。実際は二十年近く前のことで、頻繁にこの森へ出入りしていた幼い姉弟がいたそうだ。
弟は人ではなく鹿の角を持つ怪物、姉は勝ち気な普通の少女だった。通常なら立ち入る人間を処罰するセーゼも、遊び場とする二人のことは黙認していたらしい。
そんな彼らを最後に見たのが十三年前。まだ子どもとされる年齢だったのは確かだが、理由も不明なまま時だけが過ぎていった。
「似た気配は時々感じるんだけど、見に行くと人間なんていなくてね。ここに出入りできる部外者はそれくらいだよ」
そう締めくくり、彼女は息を吐く。
シンセ森の人外流出と姉弟の失踪。
繋がっているようには到底思えないが、生真面目にシュリは手帳にメモを書いていた。一方、ヒュウは相手に怪訝そうな眼差しを向ける。その唇は、恐らく衝動的に動いていた。
「へぇ、あんたも人間が入って遊んでたの、黙って見てたんだ?」
聞き慣れない師の低音。声だけで、シュリは彼の機嫌が悪くなったのを感じ取った。
咄嗟に顔を上げる頃には、静かな怒りが滲んだ言葉が吐き出される。
「俺がいた時は役人だろうと子どもだろうと食い殺してきたくせに」
薄い氷の割れる音がした。




