【お試し版】悟り赤ちゃんによる貴族のお悩みグシャッと解決所 ~育児放棄も中身大人では仕方ないさー~
日間ジャンル五位なら連載頑張る。と、書いたら六位でした。
迷った挙句、書いてある分くらいは投稿してみることに。
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になります。よろしければお試しと、応援をお願いします。
むーん。変な夢を見た。頭をグイグイ押されて超痛い夢だった。何時以来かぶりに泣くかと。どういう要因で見たんだろう。
……うーむ。そこまで仕事でストレス食らってたか? ……仕事だからな。食らってるかもしれん。温泉と家だけを往復する毎日が送りてぇ。
ま、起きようか……おう? 何か、やたら動き難……あるぇ? 何この手。
変に肌が赤くて、爪の形とか……色々奇妙……えっと。これ、赤子の手では? しかも生まれて直ぐの。
……嘘でしょ。思い通りに動く。これ私の手……あれ? なんでこんなはっきり見えるんだ? この手が私の手ならば私が新生児という事になり視力はほぼ無く何も見えないと、MHKで……いや、虚偽情報だったの、ぬぉっ!?
「チエザ、ゲスチャン」
なんだ普通のおばさん……でか過ぎない?
む、私を持ち上げる気か。そんな軽い動作で……持ち上がるのね。……これは、やはり、マジで私赤子になったのか。
輪廻転生? 仏教は正しかった? いやいやいやいや。ゴーダマシッダルッタ王子はゼッテーーーー輪廻転生なんて考え欠片も……むぉお!?
ぐ……グリーン―――ヘア、だ。
グリーン・ヘアのお嬢さんがベッドに入ってる。欧米で特別痛い自意識を持った人が染めると聞く、緑色の髪のお嬢さんが! TVで見た限り虹色髪と同じくらい発言が痛々しい!
うわー。止めとこうよそーいうの。仕事で必須なら仕方ないけど、社会的普通を越えた自己顕示欲は結局人生の害に……む? でかいおばさん、ゆっくりだが私をグリーン・ヘアレディに渡そうとしてない?
あ。グリーンヘアに気を取られていたけど、グリレディの周りに何人も女性が。そして地味めの茶髪ニイちゃんが彼女の隣に。
……良く見たらグリレディの顔にははっきりと疲れが出ている。しかし、私を凄く熱い目で……親しみというか、大切そうというかな目で見てる。
―――つまり、これは―――。
そうか。あなたが私の母になった人か。
そうか……そうかぁ。うわぁ。グリーンヘアが母親。……うゎぁ。
美人、ではある。アジア系なのか何系なのか良く分からないお顔の。しかし……野菜髪。はー。親は選べんのに……。
―――違う。私は間違っている。
親ガチャなんぞ口に出すだけで愚か者の証明。上司ガチャR。と、感じた時には口へ出すより先に転職の計画を立てる程度は最低限の知能。
この頭の上に野菜乗っけてる娘がどんな脳みそ花火だろうと、考えるべきは自分がそれにどう対応するかのみである。
それに……ふむぅ。中々抱くのがお上手、なのだろう。何処も痛くない。
こちらを見る表情も好意に溢れている。うむ。少しは期待して良いのかもしれん。
では次に……私が今すべきは……ハッ!?
な……なんという無能だ私は。頭が野菜だとか人に言う余裕が何処にある。何をすべきかなんて分かりきってるでは無いか。そう、
母上! 寄越しやがりください! あなたの抗体を!! 母乳から!!!
ていっ! この薄い寝間着をめくって母乳! くれ! 早く! 抗体! 白血球を! 学習させるスーパー水分! ていっ! ちょうだい! 病死は! 苦しくて嫌! てていっ!
「ファイ? ウォーレンマターミウク?」
何言ってるか分かんないです! でも、ほら、赤ちゃんに母乳上げるの常識でしょ!?
もしやアホ徳川みたいに、母親が子へ乳を上げない決まり事があったりしないよね!?
く、くううう! 力が無い。というか満足に手を動かせない! ち、チクショウ。どうして、目の前に人権を得るための蛇口があるのに……っ!
お。……お母さま、そう。手を服へやって……そうです。ああ、いただけるんですね。有難うございます。
おお、態々体を持ち上げてくださる。貴方の子は感謝の極みです。
では。いただきますの感謝を忘れず。……うんぐっうんぐっ。
……美味しく無い。―――あ。いやいやいや。贅沢言ってはならん。筋トレ後のヨーグルトぷらす糖分に文句言うようなのは士道不覚悟。
有難うお母さま。この調子でいっぱいお願いします。出来れば日頃の食生活にも気を使っていただきたい。と、申し上げたいけども……あなたの言葉、何語なの。
******
赤子となってから……一年近く経ったか。基本的には順調、なのだろうな。
仕事で疲れて寝たら赤子だった。という根本事象が全力で不調と言えるにしても、生きてる以上は生きるのみ。それが生物のありようだからな……。
ふっ。我ながら悟りが深いさー。
まぁ別の国に住んでみたいと思ってはいたし。魂ごと別の所へ行ってしまったのも、四捨五入してラッキーと考えよう。
とにかく前向きに行動するのが賢さの基礎である。だからこそ産まれてからこれまでまずは筋肉と、出来る限り運動し。頂ける母乳はゴッキョゴッキュと飲み。
あとは必死に耳をそばたてて、人々の会話を聞き取る毎日。
お陰でもう立てるし会話も出来る。が、一歳前で話などしては『自分は異常です!』と叫ぶ脳腐れになってしまう。
それにこの世界の赤子の成長速度が私の常識と違うかもしれん。能力のお披露目は周りの会話を聞いて慎重にいこう。
……そーなんだよなー。この世界なんだよなー。ここ地球じゃねーんだよなー。
母の野菜髪がまさかの地毛とはね。そして改めて周囲の人間を観察すれば赤だの青だの色素なのか、鳥と同じ構造上の色なのか。アリエナイ色の毛髪だらけ。言語も全く聞いた覚えがないし。
ここまで違えば魔法があるのでは。とまで思えたが流石にそれは無く。むしろ時間の感覚といった基礎法則が地球と酷く似通っているのこそ不思議だ。
この星は地球と同じ宇宙にある? そして環境が一緒でないと生命は産まれないのだろうか?
好奇心を刺激されるね。面白い動植物を探して旅をしてみたくなる。
ただ……父上であった地味茶髪の兄さんと、体調を取り戻した母上が、定期的に剣と槍で真面目に打ち合いをしておられたのには困った。
そうですか。そういうのが必要な文明と時代ですか。遠くから弓撃つだけじゃ駄目ですかね?
……少しずつ知られない範囲で訓練を始めた方が良さそうだ。
そして母上の野菜頭で絶望した産まれのお里も……実は大当たり、かも。
お手伝いさんが結構な数居て、両親をローヴェレうんたら。と、呼ぶ。家名に爵位なのだろう。
どうも母が当主で父ちゃんは入り婿な気配がある。アワヒエ三杯あれば……と言うのにな。哀れな父ちゃん。
おそらくは貴族。どの程度の貴族かは分からないが、十人以上お手伝いさんを抱えてるだけで大したもの。
お陰でお世話も丁寧にして貰ってるし、部屋には年齢が上がった時ようらしきオモチャと幼児向けと思われる本まで。上級国……上流階級で大当たりと喜びたいんだが……問題が二つ。
「さーて。今日もお疲れ様。ということで……父のアルフォンだぞー。チエザ元気にしてたかー?」
む。父上か。分かった分かった。息子チエザは元気だし軽く挨拶しますから。「だっだー」とな。
「おー。良い子だ。ほーら。向こうを見てごらん。ホアン兄上とヴァノッツァお母さまだぞー」
見ろと言えば見ますけどね。問題その一を。
と、触ろうとしてきやがった。いやいや。君それで相手してあげて赤ちゃんパンチいっぱいしたら、負けん気だして私の顔面叩いたでしょ。
泣くべきだったんだろうが、泣けなくて変に大物との噂が立って困ったからね。もう君は刺激しませんよ。
あ。母親の後ろに戻った。まだ三、四歳ではあるが……絵本の読み聞かせをじっと聞けなかったり全体的に衝動的な動きが多い。
大分母親の甘やかしを受けてる感あるんだよな。そんなのが私の兄。
もー、手に取るように、匂いまで感じるね。中身おじさんである私の。当然な。『二十代くらいまで』は飛びぬけてる能力に端を発した、後継者問題が。
この幼児が将来こちらへ、理性を越えたドロドロの嫉妬をする姿が。
この兄と互角なフリが出来れば、穏やかな未来もあるかもだけど……無理。
中身おじさんが無能な子供のフリなんて生涯を演技に捧げても無理。
何も分かってない子供のヤベー言動を、社会人が真似は不可能です。
となれば。中国の歴史ドラマだけでなく、欧州の貴族ドラマまで見た私にかかれば早くも舌に毒の味が浮かぶ。む、いま感じたのは……青酸カリ。
まぁ、相手がこの兄上だけなら能力差で殴り飛ばし適度に理解を与えるなり、ヤルなりすれば良いのだが……。
「ヴァノッツァ。どうした。抱いてあげないのか? 元はと言えば君が私にそうやって赤子を育てろと言ったのに」
「……ええ、分かってるわ。チエザを貸してください」
抱き方は今も上手ね。しかし。うん。周りからは良く見ないと分からんだろうが、明らかに……私を疎んじてますねこの母上。ビックで致命的な問題その二だな。
ただしくは異質な物を感じて怯えている。と、言うべきかも。
思い当たる節は―――ある。母ちゃんから全力で母乳をちょうだいする以上、母体への影響を少しでも減らそうと両方の乳から均等に飲もうとした。
ウンコとシッコを気ままに垂れ流すのは不快過ぎて、おむつ交換の効率性の限界を攻めた。
他にもキッスをされるのは虫歯やピロリ的な菌が居る可能性を考えて、断固拒否したり。
この母ちゃんは人に任せず私の世話をしようとしてた。
どうしたって異常性を感じたのだろう。……他のお手伝いさんとかは、手が掛からず良い子ねー。くらいなのに。
今も頑張って表情取り繕ってるけど不景気な顔の気配滲んでますなぁ。
実のある親切をしたんですよ母ちゃん。
今も綺麗な服を着て私を抱いてるけど、普通の赤ちゃんなら上から下から垂れ流し。それもうアンモニア臭くて着られなくなってるのよ?
やれやれ。将来、私が可愛い長男の邪魔になればどんな鬼女になるのやら。
元から後継者争いは血を見るものだというのに、剣で戦うご時世では。
……ま、ね。普通の赤子の方が良いよね。幾ら有能そうでも中身おっさんの赤ちゃんなんてクリーチャーというのも理解できる。
是非に及ばずてなもんだな。
乳離れまでは面倒を見てくれた。多分、衣食住も成人するまで面倒見てくれるだろう。なのに疎まれた予備である私が頑張って、家族不和というか下手すると一族崩壊は流石に筋が通らん。
仕方ない。都合の良い次男になってやろうでは無いか。常に家の役に立ち、後継者争いへの欲はちらりとも見せず。武田信玄の弟のように。
でないと殺される。
跡継ぎとする気が無いのに有能な子供はまず殺すべきか考えるのが貴族の常識。貴族なら私もそうする。世界が変わってもこれは変えられないでしょ。
しかし信玄が失敗したと見るや行った自殺まがいの献身特攻は絶対に真似しません。
と、言うか社会的に働ける年齢となれば、さっさと家を出る予定で行こう。
後は両親の態度の変化を継続観察し、今の内から高度な柔軟性を保ちつつ臨機応変に動けるよう備えるという感じで。
自分が何をしたいか。だけで動くのは欲望暴走のアメリカ人。
少しでも賢さがあれば自分と周りの状態を見て行動を決める。天。地。人。てな。……用法間違ってる気がする。
しかし。はぁ~。お貴族に産まれたってのに後継者争い怖さに即、家出の算段か。
上流と言っても剣を真剣に訓練するような時代じゃ、民から合法的に血を吸えるほど世の中が安定してない可能性もある。
なら貴族は損な立場かもしれん。義務から逃げられず庶民以下の待遇。なんてのはよくあるものだ。
マリーアントワネットになるくらいなら二十一世紀日本の下流産まれがマシ。
でもちょびーっとはお貴族の生活味わってみたかったのによぉ。
はぁぁぁああ~。
「あ……。み、見たでしょうアルフォンソ! こ、この子。今わたくしの顔を見てため息を吐いたのを!」
!? う、嘘でしょ。ままま、待って。確かに心の中ではうんざりため息した。しかし外には出してないって!
だからその恐怖に満ちた顔は勘違いよ。酷いよ母上。私可愛い赤子ぞ? あ、でもここで愛嬌振りまいたら変か? よくわかんなーい。私赤ちゃんだからー。みたいな感じが普通か?
―――あれ? なにか、瞳孔小さくなってるような、そんな尋常じゃない気配が。
もしかして……本当に不味い?
「た、ため息? 赤子も息くらいは吐くよ落ち着いてヴァノッツァ。自分の子の前でそんな顔はしない方が良い」
だ、ちょ! 親父いい! 所詮若造か! ヒステリー起こしてる相手に言葉で道理て! マトモな反応する訳ないだろ。問答無用で行動あるのみと既婚者なら知っとけえええ! まず! 自分の赤子の安全確保してくださいお願いします。
落とされそうなくらい抱き方が不安定になってるんです!
「あなたは鈍いのよアルフォンソ! コレは産まれた時からおかしかったの!
わたくしの子なんかじゃないわ。化け物の子よ! あ―――。い、今もわたくしを見て……いや。いやぁあああっ!」
投げやがっ!? ぬぁあ! 何とか向きを捻って、手で和らげッッッッ!
――――――。い、い、い、痛てぇぇぇぇぇ……。
お、折れてない? ゆっくり、手をにぎにぎ……うう、痛いけどやべぇ痛みじゃ、ない。多分。じゃあヒビとかは……だ、大丈夫?
打撲で済んだ……ぽい。赤ちゃんの軽さが助けてくれたのかも。
ふぅぅぅ……さっきの血の動き、死の感覚な気がする……。―――おのれぇ。
「な、なんてことを! ヴァノッツァ。この子は何もしていなかったよ。赤子が君に何を出来ると言うんだ。
ああ……可哀想に。大丈夫かな。医者をよぶべきかも。ごめんねチエザ。痛かったかい?」
母上カタパルトでロケット食らった赤子に。
『痛かったかい?』て、なんじゃあぁ! ズレてるぞ父ちゃん! 今も痛いし真面目に死んだと思ったのよ。死の先を行く者とはお前の息子だ!
って、抱きあげないでまだ痛いの。あ―――。なんじゃこらボケ母親。
この世界の常識がどんなもんか知らないが、赤子投げて大したことにならなかったのは私のお陰だろ。なにビビった目してんだ。私こそちょっと怯えてんだぞ!
「み、見てる……。今のも、赤子なのに動きがおかしかった。
本物よ。本当の化け物。いや……嫌ぁぁぁあぁぁぁっ!!!!!」
嫌ぁぁぁっ! と、言いつつご長男の手はきちんと取って逃げるんですね。ペッ!
てんめぇえ……。理性は、重要だ。しかしこれはトサカが光り輝く。
ヤンのか? ヤンのだな? 良いだろう母上。あなたは私の敵だ。
剣と槍振り回してるあなたを見た時から、固めようとしてきた覚悟。どれ程の物かご存知いただこう。
親だろうが何だろうが、実害のある敵への手加減は頭にウジ湧いた感情論。
ヤルと決めたからにはヤル程度の常識が私にはある。
野菜髪は土になって植物の贄がお似合いだ!!
「……なんてことだ。こんなに可愛いのに。―――はぁ。可哀想なチエザ。でも、お母さんを恨んだら駄目だぞ」
……ボケ。
ボ! ケ! やがったな若造。
お? お? 身長の四倍の高さからポイ捨てされて恨まんで済むとでも?
あの妻にしてこの夫ありよ。幾ら可哀想な入り婿だからと容赦してやらんか
「しかし困ったな。これからチエザの世話はどうなるんだろう」
ああ、世話ね。ほんっとおおおおお乳離れしてて良かった。もう離乳食。いや、きちんと噛む理性のある私なら、普通の食べ物でも大丈夫。
まだ母乳を必要としていたら、いつ放り投げられるのかと怯える羽目……待て。
当主がああなったのに、私への食事が用意されるだろうか?
―――――――――。あ。まずいです。
そもそも奇妙な赤子など産まれなかったことにするのが最善手。と、判断されちゃうかも。或いは死産としてしまうか。
いやいや。そんな面倒な細工無用だ。赤子の病死を誰が疑う? しかも母親が顔で泣いて腹で笑えば? 少なくとも私は疑わない。
…………。どないしょ。言葉で説得する? 生後一歳未満なのに、毒を片手に近寄った相手へ立て板に水な感じで赤子殺しは世間体が悪いと?
ますます化け物言われてしまう。いや、最終手段としては考えておくけど……まずは様子を、見るんだ。そう、まま、待とう。慌てて動く馬鹿は死をもらうのだ。
……。しかし少しでも良心を軽くしたければ寝てる間にヤっちゃうのでは?
…………。父上さまー。あなたが今抱いてる重み。命の重み。大事にするのは如何です? ね? 殺そうとか考えないように意見をお願いします。それと食事の用意も何とか。
あなたをヤル気になってたような記憶もありますけど。間違ってました。
そんなの考えて良い立場ではありません。普通は立てない年頃なだけに。なはは。
……私の殺意。伝わってませんよね?
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ふぅむ。マザーデスダイブ! から何日だっけ。とにかくそれなりに経ったな。
よし。思ったよりセーフだった。と、判断して良さそうだ。
家族は姿を見せなくなったが、元から屋敷の端だったお陰か部屋も変わらず。
食事はお手伝いの皆さんが持ってきてくれる。不景気な顔で世話をしていた野菜頭と違い、同情的で待遇が良くなったくらいだ。ま、同情できる一番の理由は他人事だから。だろうけども。
うむ。何の問題も無いな。幸せな毎日だ。
あれだけ嫌! と言ってたのに飯の用意を止めない母ちゃんへ感謝すべきかも。
今後も目障りな真似をしなければ。屋根裏部屋になるとしても衣食住は提供して貰えそう。
となると……哲学する赤子としては……。体のどこがおかしくなったという訳でもなし。恨んだ気もするけど、あれだな。
激昂というやつだな。ろくな結果にならないやつだ。
それに相手は剣と槍でガチってる時代のお貴族。敵となれば一族丸ごと皆殺し。を前提に考えなければ頭お花畑の誹りをまぬがれない。
痛くて心臓バクバクした。ってだけでそうまで頑張っちゃうのは流石に流石に。
今後の損は……家族の情を全く期待できない。くらい? どうでもいいじゃん。
そりゃ自分で自分を育てる知恵の無い赤ん坊なら、非常に大変だろうけど。こちとら元社会人。
二十年も生きれば『親から嫌われて辛い』なんて思う訳もなく。前途の明かりは十分だ。
思いつく懸念は……。養子に出されたり。勉強の金を出してもらえなかったり。で教育を受けられない可能性か。からのー文盲は流石に不味い。
使用人の中にも文字を読めないらしき人が居る。そういうお家へポイされちゃうと学ぶのは難しい。
しかし今なら。目の前に兄が読み聞かされていた本の詰まっている本棚がある。
デスマザーダイブされた日より迷ってきたが……異常行動を取ってでも本を開くべきだろう。
我が赤ちゃんカゴが床に置かれ、私がはい出ようと大して奇妙でなさそうなのも天意である。
そうと決まった!
大丈夫大丈夫。本を読むんじゃない。『あだー』と、開いて見るだけ。赤ちゃんがそうしてるの見たことあるし変じゃない。
即、紙を掴んでグシャグシャにしてたけど。
うんしょ。こらしょ。とな。歩けるのに匍匐前進もダリーわ。
さ、て、と。この本は……駄目だ。文字だけの本だと読み方が分からん。
ヒエログリフの読解染みた執念の努力は流石に嫌ざんす。
絵だ。絵つきのを頼む。言葉自体は喋れるのだ。後は絵とそれにあった単語が分かれば。文字の発音も分かり、読めるようになる。はず。
これも、これも駄目。おっと、本棚に戻したらおかしい。置くのは床にしなければ。
……絵本。惜しい。読み聞かせてくれた内容を覚えてれば解読できたのだが。あのスポイル長男はどの本も途中で嫌がりやがったからな。流石に覚えてない。
何時か私に読み聞かせをしてくれるまで待つというのも手だけど……幾ら同情気味なお手伝いさんたちも、当主家族の不興を買った赤子の面倒をそうまで見てくれるか……お。おお? おおおおおおお!?!??!?
こ、こ、こ、これはあああ!? 動植物、家具の大量の絵と。単語が、書いてある!
まぎれもない。図鑑だ。幼児用のやつだ。しゅ、しゅげえええ!? 絵は手書きじゃん。本一冊の絵を手書き……凄いお高いやつでしょこれ!
長男の為に買ったのかな? はー。勿体ない。使われたの見たこと無い。
豚ぁ! に真珠じゃないですか。余りに勿体ないので私が嘗め回さなければ!
―――うへ。ぐへぐへへへへ。これはチョレーわ。すーぐ文字覚えられそう。
ぬふふふ。我が将来は安泰です! 商人となってタラタラ人生路線発進進行! 良い家に産まれましたぜ!
やはりね。少し嫌なことがあろうとも、振り向いちゃ駄目ね。そんな暇あったら匍匐前進ですよ。それが賢い人生よ。匍匐前進すれば面倒ごとの目からも隠れやすいしね。
「まぁ。見て、チエザ様が本を見てるわ」
「あら、まぁ。可愛らしい。……もうカゴから出られるのね」
むっ。お手伝いさんたち。見られたか。この匍匐前進のチエザを見つけるとは出来おる。今座ってるけど。
しかしこの図鑑はぜぇったい渡さんぞ!
あ、いや。そんな様子を赤子が見せるのは変だ。……えーと。
おば、いや。お姉さんたちなにを喋ってるのー? にっこにこー。
「わ……可愛い。―――奥さまは、前から情の強い方とは思っていたけども……」
けども……ゴミ親だと? 良い事言うじゃん。でもあのヒステリーを追い詰めるような噂はやめておくれ? 結局私が迷惑しそうだ。
「こらっ。それ以上は止めた方がいいわ。それに少し分かる所もあるじゃない? チエザ様の賢さは異常よ」
わー。そういうこと言います? 確かに私の赤ちゃんのフリが下手だったゆえの事件だけども。
「賢くて何が悪いの? 家の息子と代えて欲しいわ。もう、本当夜泣きの無い子がどんなに助かるか……」
そうそう。ソレですよ。どんなに部屋を隔てても貫通する泣き声だぞ。はー。全く。感謝の無い人は駄目だよなー。おば、おっと。お姉さんもそう思うでしょ?
「それは、分かるけど……。えっと。あ。あの本。流石に取り上げた方が良いんじゃないかしら? 随分高価そうよ」
おい。正論だが止めろ。私の大事なタラタラ人生レール一本目を取り外そうと言うのか? あなたを末代にするくらい恨みますよ。
「え、あれは良いでしょう。ホアン様は本がお嫌いだし。というか、ここの本は全てメディ公爵閣下の祝いの品よ?」
なんと。これ用意してくれたの母ちゃんじゃないの? やっぱりなー。こんな良い物を見つけられる見識は無いと思ってましたよ。ケッケッケ。
「閣下の贈り物ならますます赤ん坊のよだれで駄目にしたらまずいでしょう?」
うんだと。私が何時よだれ垂らした。ほぼ無いはずだぞ。観察力皆無か? ……あ。これも野菜母から不気味がられた要因か。
「あなたねぇ。閣下は、ほら。あれでしょ。それで……より子の貴族で出産があった全ての家に、こういう贈り物をなさってるのよ。
願掛けみたいなものなのだから。赤子が駄目にすれば本望じゃない? まぁ、一応これからは本の様子を見て、壊れないように手当すべきとはおもうけど」
願掛け? ……ま、良いか。とにかくこのスンバラシィ! 本をくださったのはメディ公爵とやらだと。
よし。これから毎夜メディ公爵に幸せがあるよう祈ろう。
私にこんな科学を越えた現象が起こった以上、真面目に人へ干渉する神が居そうだしな。
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「公爵閣下のお屋敷、見えたわね。……そうだ。チエザ様。起きてくださいつきましたよー。綺麗な庭ですよー」
……む? 我が眠りを妨げるものは誰、あ、到着ね。
お? 窓際へ移してくれるのか。うむ。苦しゅうないぞ。と、もう立てるの知ってるだろうに、支えなくても……いや、揺れる馬車の中だし赤子を立たせるのは不安か。
よしよし。苦しゅうない苦しゅうな……。うわぁ、綺麗。
なにこの庭。ベルサイユなの? 流石におクソおフランス人の見栄ほど広くはないが……。う、美しい……。
このあちこちの領地から集めてのパーティーに、呼んでくれた公爵へ感謝だな。
まったく。母ちゃんてば私一人だけお留守番させようとするのだから。
偉大なる公爵閣下が招待状に私の名前も書いててくれなければ、この庭も見られず。この国の貴族様たちがどんな人たちか社会勉強する機会も失われた。
酷い話だプリプリしちゃう。赤子を置いていくのが普通なら仕方ないが、変なのを表に出したくなかったからだもんね。……より仕方ない理由かもしれない。
ま、お陰で一人だけ使用人の馬車に乗せていただき、思ったより快適な旅でした。
無駄に緊張した家族の会話へ聞き耳を立てるより、使用人の娘さんたちのとりとめのない話を聞いてた方がよろしい。
ふっ。思えばこの娘たちも哀れよ。愛らしい外見に騙されおじさんのウンコ! がついたオムツを洗い、今も気を使って庭を見せてくれてるのだから。
……私が彼女たちに出来るのは……笑顔を振りまくくらいか。にぱーっとね。
「あ―――。かわい……。き、綺麗ですねー。チエザ様もうこの庭がお好きになるなんて、賢いですねー」
そういうお嬢ちゃんも嬉しそうね。なら良かったです。表情筋動かした甲斐がありました。
さて。公爵閣下主催のパーチー。うちのご両親は私の扱いどーすんだろ。
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大量の着飾ったお貴族様。服飾文化は……どう表現したものか。男はズボンで女はスカート。産まれてより超寒い日が無かったし、一年中温暖でハッピーな土地柄なのだろう。お陰で男女共にかなり薄着。
デブは服どうしてるんだろこの国。見た限りデブというデブは居ないけども。そもそも剣と槍の時代にデブは中々居ないか?
それはそれとして。何か我が家の服周りから浮いてない? 動物の皮がちと多めというか。少し蛮族な気配というか。
もしかして我が家、文化圏的に主流から外れたお家なんでしょうかね。面倒ごとの気配がする……けど気にしても仕方ないか。
してママ上よ。この私の……全知全能を尽くして地味にした感じの赤子服。もしかして新しく作ったんですか? 我伸びまくりのジャスト一歳ぞ? 勿体ない。
そんな気を使わなくても隠れるつもりですよ。それに赤子と小さい子はそれなりに居るじゃん埋没するって。
で我が一家は……これ挨拶待ちか?
幾つかある人の集団。その中でもここが一番重要な所かな。服の平均値が一番高そう。我が家はここでは一番下の方みたいだけど。
しかし母親のスカートの中に入らんばかりに不安そうな長男と、赤子の私を会場に置いて立ちっぱなし。他の方々もだが、子供なんて子供部屋に集めて管理しないと面倒の塊で大変
「なんと! メディ閣下はいまだ子が居らぬのですか!?」
なんと! 無神経な! そしてでっけぇ声。声元は……順番待ちしてる中心かよ。
脳まで筋肉そうなおじさんと、大変立派な服を着た美丈夫の兄さん。メディ閣下と言ってたし、やはりご当主である公爵……え。
待て。待て待て待て。今、子が居らぬと言った。そして、確か……以前お手伝いさんから、私の礎である本を公爵閣下の願掛けと聞いたような。つまり……事の深刻さは。
うわぁ。どういうこと。あの脳筋、喧嘩を売りに来た敵対貴族の方?
周りの表情は……違うな。敵へじゃない。迷惑な身内への反応だ。ああ、だから人の波が割れたのか。関わり合いになりたくないと。
やっべぇおっさんだ。素でアレを大声なのか。脳に障害ありです。
「閣下、自分は不安でなりませんぞ。お美しい公爵夫人を大事に思われるのは当然でありますが、お家の一大事とあれば、
なんだ。自分は今大切な話を……こ、こら。分かった、分かったゆえ。
失礼をお許しください閣下。問題が起こったようで」
あれは筋肉の息子か? 全身真っ青で引っ張ってるが……そらそうだろう。
何にしても若造なのに立派な公爵閣下。最後まで苦笑程度しか見せなかった。
手招きされて近づいてる貴族がビビってるのに。
しかし、そうか……子供か……。……心から可哀想。大貴族で子が居ないって。素直に自殺したくなる話だ。家臣も子を産むのを自粛しかねん悲惨さ。
その欲しくて溜まらない見た目の身としては……どういう態度とるべきか。
まずは観察だな。お、赤ちゃんづれが挨拶するじゃん。……わぁ。抱くのか。どう見ても、赤子が好きなように見える。……更に悲惨に感じてしまうな。
あ、そろそろ我が家の順番ね。うーむ。態度の問題は悩ましいが……。
多分これ飯と宿泊費用あっちもちでしょ? その分の義理があるよなぁ。加えて……と、手を引っ張らなくても行きますよボンクラ父上。
「公爵閣下。素晴らしい集いにお呼びいただき感謝いたします。夫人にもご挨拶を。相変わらず月も嫉妬する美しさですわね」
ほぉ。母ちゃんそういうの言えるんだ。確かに飛び切りの美人。
お肌は光り輝き。服もコルセットみたいなの付けてないだろうにすっごい体型。
まだ二十歳くらい? しかしこの娘さん筋肉さんが居た時は居なかったような。
あー、あのオッサンはそういう話をしそうだ。と、どっかの有能な人が席を外すよう手配したんですかね。……家臣も気を遣うなぁ。
ほぅほぅ。挨拶は私でも予想できる季節の話感ある。だがこういうのが大事か。税収に直結するもん、お? こちらをご覧に。―――うん。欲しくて溜まらないであろう生物を見てるのに、変な感情は見えない。……立派な青年だ。
「こちらが次男のチエザ君。で良いのかなローヴェレ伯。抱きあげる名誉はいただけるかね?」
「あ……はい。どうぞ、お願いいたします」
おいおい。母ちゃん顔が不景気になりかけてますよ。公爵兄さんが訝し気にしてるじゃないですか。
お。両脇で持ち上げ、即お尻を持つ。流石に慣れておるのぅ若者よ。
むむむ。態々顔の前まで持ち上げ……私を見定めようというのか。
なら私がすべきは。
凡百の赤子のフリをする事と分かりきってる。後ろでハラハラしてるであろう家族たちもそれを望んでいる。
しかし……ふっ。
人には。利だけで動けぬ時がある。そう。哀れな若者へ親切にする義務があろう。
そうやって世の中は住みやすくなる。……無意識厚かましい気配ある我がボンクラ父みたいなのは可能なら殺すけど。っと、今は関係ない。
ああ、うちのボンクラ両親よ。私は埋没するつもりだ。と、思っていたよな? あれは嘘になった。だが謝らん。言葉に出してないし。沈黙は金である。
されば。
よろしいかな鍛えてきた表情筋たち。今こそ時だ。
喜べ。お前たちはこの世で始めて見る者ぞ。人気者になり過ぎて、両親の殺意が増しては困ると封印してきた、我が秘奥を。
愛嬌、レベル赤マックス。笑顔……。全力、全開だぁあああああ!!!
「わは~。わっきゃっ♪」
どうよこの手を振る小技! 何かこう立派な凄いお兄さん見て喜んでる赤ちゃんな感じで。違和感は、笑顔でまかり通る!!
「なん……おお。なんとも―――」
む? 抱きかかえる気か。手を振ったのをそういう赤子の要求と誤解したかな。
ふぅむ。ならば……戦術は頬ずり!
「あわぁ~。だぁー!」
ウラウラウラ、う、少しおヒゲが伸びてて痛い。くっ。中身成人でも赤子肌は変わらんからな。
持ってくれよ私の卵肌!
「―――喜んで、くれるか。この私を」
む? ……ふむ。一応私も喜んでる。公爵閣下に抱き上げられるなんてもう無いだろうし。得難い経験と言うか。うん。誤解は無いな。
「ロレンツオ様。妾にも抱かせてくださいませ」
おう? 公爵夫人もお望みか。是非も無……わ。凄い不安そうな。
安心したまえお嬢さん。欲しい物は承知の助。ただ……顔の筋肉に少し引き攣りを感じる。耐えろ我が表情筋!! ふぬぅうううううう。うおりゃああああ!
「だ! だ! はぅー!」
「まぁ、なんて……可愛らしい」
ふっ。良い笑顔だねお嬢さん。お、抱き寄せるか。そうか。頬ずりが、この卵肌の感触がお望みか。よかろう。
ヌーーーリャ。ヌーーーリャヌ……ぬ? ……。わ。何か油みたいなのを肌に塗ってるこの人。
余りに輝くお肌と思ったら! ままま、待て。変な素材使ってないこれ? し、しかし……今更退けぬ!
でも口に入るのは勘弁。と、お嬢さん抱き方ちょっと力込めすぎよ。少し痛い。
いや……よかろう。痛みに耐えて抱かせてやるのも男の器である。我がプニプニの体はかぐわしいかねお嬢さん。
「……クラリーチェ。そろそろ良いだろう。ローヴェレ伯がお困りだ」
いや、それ多分違う理由です。口には出しませんが。
はいはい。素直にボケ親父の方へ移りますよ。……ふっ。名残惜し気だなお嬢さん。……あれ? 想像以上に、何か強い情念を感じる、ような。
……あれ? お嬢さんの表情、これは子を産めてないっぽいお嬢さんへ私も無神経だったのでしょうか……。
「失礼したローヴェレ伯。いや、実に壮健で、賢く愛らしい赤子だ。ローヴェレ家は盤石であるな」
だっ! ボケ親父手に力込めすぎ! 社交辞令の範囲じゃん。そんな反応すると面倒が増えるだけだよ。そんなんだからボケなのよ。あなたさっきから私を公爵夫人が熱い目で見てるの気づいてないでしょ。
私が手を振り払ったら困ったことになるというのに……やれやれ。ボケの世話は骨が軋む。衣食住代と思えば仕方ないけどさ。
「は、……はい。あ、我が長子の挨拶もどうかお聞きください。
ほら、ホアン挨拶なさい。メディ公爵閣下よ。お話ししたでしょう?
ど、どうしたの。前に出て。怖くないわよ。ね、頑張って?」
……はぁ~。ボケ母ちゃん。その幼児は最初からあなたのスカート鷲掴みで隠れてたでしょ。
なのに挨拶させようって……目玉ガラス玉ですか? 無様晒しちゃってまぁ。
公爵閣下に迷惑かけてどうすんの。感情で衝動的なの反省したら? しないと存じてますが。
「健康そうなご長男だなローヴェレ伯。実は私は幼子に嫌われやすいのだ。日頃から悩んでおるのさ。
何にしても健康な子が二人とは羨ましい。ご次男もこの賢さならさぞ長男の助けとなろう。なぁクラリーチェ?」
「え、あ、そうですわね。……ローヴェレご夫妻は本当に幸せな方々と存じます。
こんな、健康で、愛らしく、賢そうな赤子を始めて見ましたもの。
妾も、このような赤子が欲しいくらい……くら……うっ―――くぅ……」
え……げ。泣いておられる。
やはりやり過ぎたか。御免よお嬢さん。悲しい気持ちになるかも。と思って止めなかった私の失策だ。
楽しさの方が勝ると思ったのだけど……浅かったか。
「クラリーチェ―――。今日はもう良い。休みなさい。
失礼したローヴェレ伯。頼りになるからと、妻を働かせすぎたようだ」
「い、いえ。とんでもございません。夫人に子の失礼をお詫びしていたと、お伝えいただければ幸いです」
「うむ。気遣い感謝する。では宴席を楽しんでくれ」
はい。さようなら公爵閣下。一応振り返ってみる……あ、まだ私を見てた。……マジ可哀想。しかし私に出来るのはこの笑顔が精いっぱい。にかーっ! とな。
あー、顔が疲れた。あとこの頬に付いてる化粧みたいなの落とさないと。
どこかに安っぽい布ないかしら。
******
家族様は皆寝たか。
この部屋本来は夜泣き対処の赤子部屋なんだろうな。我がカゴの隣に大人用寝台、更に庭へ直接出られる扉まで。しかし私は当然の一人。
赤子だけ隣の部屋に放置して家族三人で川の字とはやりおる。
ま、ある意味信頼があるのだな。私が朝まで寝るように調整したここ一年の成果だ。
そして宴席の公爵閣下への愛嬌振りまきがご不快だったのだな。分かる。次男の方が評判高いなんて色々と困るよね。場合によっては殺ル必要が産まれるくらい。……将来を危険にしたかな?
しかし考えようによると、公爵から認識されてた方が手を出し難かろうし……。何にしても時々に対応するしかない。
それにしても暇。寝れん。馬車での移動中に寝すぎた。
………………。暇だなー。馬車から見た庭の景色、綺麗だったなー。いい匂いがしそうでもあった。そして目の前には扉。
危険かな? 危険かも。夜警の人だって居るだろう。でもー……まぁ、見つかる可能性は激低い。隠れて回ればいい。例え見つかっても迷子の赤子に何の罪がある?
赤子を放置した両親の恥は……知らん。しかし私が一年前に居た国みたいに、建前順守で小さな道路交通違反を見逃したら懲戒くらう警察。そうなるよう煽るマスコミと愚かな民衆。みたいな世の中じゃないでしょう。
皆幸せな、なぁなぁで終わるさ。きっと。多分。
よし。全ての問題は気のせいだったな! ならば、カゴを降り靴は……あそこか。
そして雄々しく歩いて扉をこっそり開け……わー。夜でも美しい庭。
今宵は闇夜か。月も私の隠密を祝福しているのぅ。
さーて。見つかり難いよう庭木の間を参りましょうかね。迷わないように気を付けて。
ほわー。綺麗な花が多種多様に。これは凄腕職人庭師の努力が香りますねぇ。
と、何か水の音が。……一応行ってみますか。
ああ、噴水か。うーむ。噴水って結構作るの大変では? こんなの作る技術が既にあるのね。
確かに我が家のトイレも落ちたら死にそうな水洗だったけど……剣と槍で戦ってるくせに侮れ……む! 誰か、居る? あっぶね。傍に寄るところだった、わ!?
今、思いっきり噴水の壁石に両手鉄槌かまさなかった? い、痛くないの?
「何が……心配しているだ。子が産まれる薬だと? そのような怪しい物に頼らぬよう、私がどれだけ自制していると……ッ!
お家の一大事? 養子? 誰も、彼も!!!!
匂わずとも香る欲望に嘘臭い親切の皮を被せて……ッ!!」
うひょおぉぉ……怖いぃ……。
血を吐くような慟哭。とはこのことか。やっぱり公爵閣下だ。しかも泣いておられる。
……はい。そうなりますよね。貴族における後継者問題は全ての話の基礎。戦争中でも無いと解放……いや、戦争中も大問題になるか。
あの超無神経らしいおっさんより厄介な人も居るだろう。誰も彼も子が居ないことに関係して話してくるはず。大きな貴族であればあるほど、他家も無関係ではいられないのだ。
豊臣秀吉も発狂しようというものよ。あれだけ頭良いなら最初からあの結果を予想して対処しろよ。とも思うが。
―――はぁぁああ。見て見ぬふりが正しいと分かってる。
しかし……情は無視出来ても。義理は無視し難い。我が礎の本、今も読みまくってる色んな本をくれたのは、どうもこの人みたいなんだもの。
私も立派な歳。優しさと義理は上級の皆様が金を吸い上げる材料と知っている。
数億の飢えてる子供に手を差し伸べよう! と言って集めた金の九割を、世界の富の四割をお持ちの数千人へ届けるんですよね分かりきってます。
しかし目の前の上流階級は多分そんな立場では無かろう。
うむ。親切にする義理と義務があると見た! 冷静になれる訳も無い若者に、年長者の知恵をくれてやろう! 十分論理的人物に見えるし、恋だの愛だの言いだす気狂いでもあるまい!
……の、前にもしもの時逃げるべき庭木の間は……あそこ。隠れて話せそうな場所は、よし。こっからなら見つけられないと思う。しかしこちらからは見える。
「こんばんは公爵。少し私と話しませんか?」
「!? な、何者! 何処にいる!!」
大慌て。だよな。でも落ち着くまで待てば人が来る。すまんね。
「公爵。まず私があなたへ危害を加えることはありません。次に決して見られたくない所を見られた。と、お考えならお詫びしましょう。
そして今見た様子と嘆きを私が触れ回ること。あるいは脅しを恐れておいでと存じますが、落ち着いてお考え下さい。
あなたを脅して無事に済む者がどれだけいると言うのです? 増してやここはあなたの庭。今すぐ人を呼べば私は逃げようが無い。なのに声をおかけしたのです」
ほーら深呼吸……しないのか。無理やり呼吸を隠してる。相当苦しかろうに。
「……話と言ったな。何をであるか」
「ただしくは私に小さな親切をさせていただけないかと。
あなたは日々忙しく。なのに大きな問題を抱え苦しんでおられる。そのような時は私ていどの愚か者でも、冷静な分考えを整理するのに役立つものです。
内容は、勿論ご子息が未だいないこと。もし余計なお世話だとすれば……失礼させていただけるよう伏して願い申し上げます。
勿論、もし明日。先ほどの様子を誰かが知っていれば私を見つけ、お裁きください」
少しご不快な様子。しかしそれ以上に苦悩が見える。そうそう溺れてれば藁でも使うべきよ。
「……よかろう。聞こうではないか。さぁ姿を見せるがいい」
「いいえ。ご挨拶する気はありません。お話をするのも今、この時だけです。
親切と申し上げたでしょう? 私はあなたに少し恩を感じていましてね。お返しをしたいだけです。
それで、どうなされます? まずは子供ができやすくなる方策の話になりますが。ああ、怪しい薬や呪いは無しで、です」
おっと。苦笑がでるところだった。神経質となってる若者の前で笑っては不味い。
悩んでるね。見切りが大事だよ若者や。こんな時間にここに居るのは悔しくて寝られないから。ではないかね? なら落ち着くまでの雑談。とでも考えれば良い。
「姿も見せぬのに随分と出来た人であるかのような言い草であるな。
……それで? 苦しみに耐え切れぬ無様な私へどんな講釈をしてくれるのか?」
あなたの様子を無様、と言う奴は余程の阿呆だよ。しかし良く不快さを飲み込んだ。損をさせる気は無いぞ。
「まずは良く寝ることです。何故なら――――――」
******
やれやれ少し疲れた。日本語と比べてまだ少ない語彙で説明しようとして時間かかったな。途中で衛兵が来ちゃったよ。追い返してくれた時、実は指示しててここを人が囲んでたりしたら嫌だが……今更か。
「ふしどを共にする日を子供が産まれやすい日に。私はその五日前からは子種を出さない。何より寝ること。多種多様な旬の食事、特に動物の乳と、少量の臓物。酒を控え、日が落ちたら妻と共に庭の林を散策……。他に何かあったような気がするのだが」
知ってるのも幾つかあったようだが、素直に確認で繰り返す。うむ。その姿勢が大事。若いのに感心感心。
「化粧を出来る限りしない。を忘れてますね。理由は大丈夫ですか? あと赤子が産まれた後、十歳になるまで決して生水を飲まないようにする。とかは?」
「あ、ああ。忘れていた。何で作られてるか分からぬし、付けてる本人が不快であろうからだな。動物の乳と食材も、作ってる者たちが頑健で長寿な村から仕入れる。生水は常識だが特に気を付けよう」
はいそーです。この時代では食ってる生産者が健康かどうかで判断が良いと思う。
「…………。無礼を、謝らせてもらえるだろうか」
おあ?
「何がでしょう?」
「……貴君は、賢人だ。かつてここまで知らぬ話を容易く理解できたことはない。
なのに最初、怪しい山師であるかのような態度だったと思う」
「ん、ん。不安を感じるお言葉です。申しましたように、私の話は常に自分の体の様子を見て適用を。理解できた。などと思わないで欲しいのです。
間違ってはいないはずですが、人により体の違いがありますので」
自分で確認できる臓器。体調。の限りでは地球人類と変わらないのだが……全く同じか。更には必要な栄養素などが似通っているかを確かめられた訳ではない。
自分自身の調査と感覚では奇妙なほど同一だけどねぇ。
「老練の医者のようだな。……声からして声変わりもしていない少年か、若い娘と感じたが……我が不明の情けなきことよ」
積み上げた声帯筋トレ効果による発音と、喋り方で騙せる限界がその程度だろう。
まさかそれカマかけじゃないだろうねチミ?
「いや、失礼した。気にはなるが探る気は、もうないのだ。
お教え感謝する。私だけでなく奥も少しは慰められよう。
何か望みがあれば聞かせて欲しいが……」
礼儀ただしくて立派。と、判断しておきますか。
さて……ここからが本番だな。
「光栄なお言葉です。が、遠慮いたしましょう。そして。
これでも子が産まれなければ。という話があるのですが。お聞きになりますか?
私はこれこそ聞いた方が良いと考えます」
そんな裏切られたような顔するな若人。仕方が無いだろう? 健康療法で必ず子が産まれるなら、懐かしき祖国の衰退も少しはマシだったろうさ。
******
話の結論をロレンツォ・メディは分かっている。『側室を持て』だ。聞き飽きており、穏便に拒否するのに苦労することはない。
ただこの話題になると数多の感情を煮詰めた怒りが沸くものなのに。今は非常に薄く、かえってロレンツォを動揺させた。
それはこの声が時に見せる事情への深い配慮と、物の分からぬ子供へ言うような気配を混ぜ合わせた、えも言えぬ感触の所為だろう。
幼いころから優秀と名高かった公爵へこのように話したのは両親のみであり、それも数が少なかった。見知らぬ相手からとすれば無礼としか言えない。
しかし逆らう気は既に失せている。それほどまでに教えられた知識は、どれもこれも新鮮で深い考察に満ちていた。だから、
「……お教えを、願おう」
苦渋に満ちた公爵の声に対して、謎の声は無感情に、
「まず。ご夫婦どちらが原因で子が産まれないのか。分かっておられますか?」
そう。それが大きく悩ましい。
「いいや、分からぬ」
「次に。閣下は奥様との子が欲しいご様子。それは政治などの実利ゆえにであり、他の女性と子を作るのは不可能なのでしょうか。それとも情ゆえに?」
意識せず手に力がこもる。相手が正体不明なのに、あるいはだからこそか、感情を抑えるのが今度は酷く難しかった。
残る理性の『叫べば寝ている貴族たちが起きる』との言葉で必死に自分を抑えて、
「政治と、実利は当然ある。クラリーチェとの子はどんな意味でも有難い。―――とは言え、他の……他の女との子も不可能では、ない。
しかし……。しかしッ! クラリーチェとは、幼いころから……ッ。誰も、貴君も知らぬし分からぬのだ。彼女がどれほど私を支えようとしてきてくれたか。
いや、貴君ほど賢ければそれでも必要だと見切り、別の女と子を作れるのかもしれん。だが、誰もが、そのような無情な真似を出来るものではない!」
大きな声で叫びはしなかったったはずなのに、乱れた呼吸をロレンツォは必死になってなだめ、手で顔を覆う。
余りに無様だった。見知らぬ、怪しいとしか言えない相手に激昂した挙句、道理の無い罵りをしてしまうなど。
「……見破られてしまいました。確かに私は情を無視して行動できるほうでしょう。
配慮が足りなく、ご不快にさせてしまったのをお詫びします」
「いや、……教えを与えてくれているのに、このような……」
「私がぶしつけ過ぎるのです。出来れば数日に分けて話すべきですが、私は二度とあなた様と会う気がありませんので、聞く気がある限りはご配慮ください。
さて。結論としては、予想されてるでしょう別の女性との子が第一なのですが。
大半が分かりきった内容になるのですけど、理由を考えあいませんか。……誰とも話した事が無いのでは?」
当然だとロレンツォの感情が叫ぶ。しかし話し合うべきだと自分自身が知っていた。
そして恐らく今この相手へ相談しなければ。数年の内に誰かへ話すことは無いとも。
「言われた通り。今少し、もう数か月経てば産まれるだろうと甘えてる内にな。
それで、貴君の考える分かりきった話とは?」
「もし。このまま跡取りが居なければどうなるか。です。
十年、二十年後なら諦めがつきやすいでしょう。しかし新しい妻。養子。
どうしようとも後継者に相応しく育てるまで公爵のお命が残っているか。そもそも二十年後までのお命自体、ですね。
こういった数多の不安が、近くの貴族。家臣。そしてお二人自身の心を苛み続け……それこそお二人の生活に暗い影を落とす。
やがて日々起こる数多の問題さえ、お二人が互いの子を望み続けた所為で大きくなっている。と、人々は言い出し、お二人自身も『相手の所為で子が産まれないのでは』という疑いに苦しむのは分かりきっています。
閣下は当然、夫人の苦しみは筆舌に尽くしがたい物となり、お互いに側室を持つべきだったと酷い後悔で苦しむは必定。
今行動を起こさないのは、ここまで考えてなのですか?」
―――臓腑を抉る言葉。とはこのことか。
同じような話は何度も聞いた。しかしこれほど論理的で純粋なのは初めてだった。
「貴君の、話。反する言葉が見つからぬ。しかし……なら、何故子を産みやすくなる知恵など与えた? 私を落ち着ける為か」
「いいえ。ご婦人に月のモノがある以上、私はお二人に子が産まれる希望もあると思います。
それに新しい妻を迎えるには多くの準備と、お互いの話し合いが要る。ですので一年。お二人の子が産まれる努力を最優先にされては。……一年かけて子が産まれなければ、次の数年で産まれる可能性は非常に低いでしょうからね。
一方で公爵は男です。側室を迎えても、側室が子を産み難い時に奥様との関係を持てばいい。私が話したような健康になる努力を続け、心の重圧が少しでも減れば。或いは十年後に産まれるかもしれません。
……過去、殆どの貴族は男女どちらの当主も複数の配偶者を持ったと歴史書にあるじゃないですか。どちらが原因かはっきりさせて対処し、今の公爵のような苦しみから逃げる為でしょう。
結局、人に出来ることは時代、国が変わっても大差無く、逃げようが無いのです」
―――これだ。と、ロレンツォは思う。酷く若い声のはずなのに、時に遥か年長の者からさえ感じた記憶の無い、不可思議な重み。気圧されるものがあった。
「私が、逃げている臆病者だと? それとも情に流された軟弱者か」
ロレンツォの自分でも自虐的だと思う問いに対し、声は。
「御存じないようですが。人はどれほど努力しても賢さでは年齢を大幅には越えられません。少なくとも私が知る限りでは。
公爵の年齢で簡単に判断するような方は危険な方ですね。しかしあなたが背負う物は大きい。若者が自分で解決出来る頃にはどうしようもない問題となりかねない。
だから、このような要らぬお節介を焼いているわけです」
「……貴君には敵わん。それで側室を選ぶ準備とやらにも意見があるようだが?」
「私ならば、ですが。直ぐに側室ではなく、家臣、下働きといった身内の協力を願います。
石女と言われ離婚したが、本当か疑いのある者。夫を亡くした子が欲しい者。職分を最優先とし結婚を諦めている者。
勿論あなたに極めて忠実で口が堅く、お家騒動などを起こす気が無く、そして相手と産まれた子があなたへ恨みを持たない。奥方とその者の関係が悪化し難い。といったような条件で選んだ者を。あとは……、」
「ま、待て。その話、まさかセシ……あ、いや」
思わず。と、口に出してから余計なことをと口を閉じる。が、手遅れだった。
「は? ―――あはっ。くっ、いや、失礼。
私は出来るだけ起こり得そうな話を申し上げているだけです。そして閣下は多くの人をご存知。当てはまった人物が居るとしても偶然ですよ。
……ふふふっ。今、閣下の周りをよく探せば有能で忠実で美しい、年長の家臣。そして若いころ閣下が恋心を抱いていた方が見つかるかも。などと悪戯心が産まれてしまいましたが……やめておきましょう。
外れていれば大恥ですし、若者を虐めるのは悪趣味だ。
もし気づこうと誰にも言いませんのでどうかお気を安らかに」
表情に苦味が出るのを抑えきれない。
下らぬ弱みを見せたと思うが、今更だと思い直して、
「続きを聞かせてもらおう」
「続きは……ああ。閣下は、奥様に対して誠実でありたいとお考えの様子。
ならば。あなたが側室を持つ時に、奥様にも他の男と関係を持つ機会があれば、筋は通る。
その場合は産まれた子をどうするかは決めておくべきでしょうね。養子を持つよりは、世継ぎとして収まりはいいかもしれませんが……己の心をよく見てご決断なさるようお勧めします」
一瞬、話がロレンツォには分からなかった。確かに筋は通るだろう。しかしあまりにも、
「貴君は、人の心というものが分からぬのか? 私は、まだいい。公爵としての器の問題だ。しかし我が妻の様子は知っていよう。
私が他の女と交わり、更にそのような提案……どんなに苦しむか」
「私は話し方次第と考えます。二人で散策する時に『他所の家で妻がそのような不満を持つと聞いた』とでも相談すればよろしい。
子の問題は大きく、ご自分の都合と感情のみしか視界に入らなくなりがちです。奥様にご自分への配慮と覚悟を期待するよりは、閣下が考えた方が建設的でしょう」
―――ことごとく正しい。とロレンツォは思う。ただ、
「確かに。しかし、奥様を『他人』と言い換えた方が分かりやすくなりそうな言いよう。貴君はよほど他人に期待せず生きているようだな?」
くだらない反発心に煽られ言葉が過ぎたか。と、ロレンツォが思うも言われた方はあっさりと、
「否定はしませんが、閣下に合わせて申し上げてもいます。
自分以外の親切を期待して行動するようでは愚かな幼子。民草でもそうですのに、閣下のお立場ならなおさら。と、考えました。
さて。これで私が閣下へお話できることは全てです。後はお考えになって妥当と思われたものをお使いください。
それと今夜は考えずご就寝を。まずは寝ること。これだけは自信があります」
これだけの話をしておいて、終われば即帰れとの言い草にロレンツォは何か尋ねたいことがなかったと焦り、考え、
「どうにも話全てを覚えている自信が無い。再びお会いする方法はあるだろうか。……これでも国で第二を争う者だ。何かとお力になれるはず」
「そして力の分面倒を抱えておられる。私はその面倒を分かち合う器がないのです。
なので会う機会もありません。忘れても何か失った訳ではありませんよ。お気になさらず」
「……最後まで割り切ったお考えであるな。承知した。今夜の親切、感謝申し上げる。貴君に神の祝福のあらんことを」
「公爵と奥方に神の祝福を願います」
一瞬、ロレンツォの中に庭木の向こうを確かめたいとの衝動が産まれる。
しかし……と、思いとどまった。非礼であるし何より、超常と言ってよい出来事の相手へ逆らうのは非常に愚かな選択と思えて。
そして庭から自室へ帰り、寝台に入ってロレンツォ・メディは気づく。
何時以来か思い出せないほど安らかな心持ちだった。
******
メディ公爵家で女子誕生。母子共に健康という報告が酒樽と届いて既に一月。
未だ使用人の皆さんに何か明るい雰囲気がある。
それだけ関係ある人たちが心配していたのだな。何にせよ良かった良かった。
助言がどれだけ役に立ったかは知らないが、最上の結果で言うこと無し。
さーて。コソ筋トレは終わり。今日はどの本を読むか……む? 騒がしい。しかもこちらへ来る? ……カゴに入って寝てるフリしとこ。
「か、閣下!? 何故……あ。ご、ご息女の誕生、誠におめでとう存じます。メディ公爵家のご繁栄、歓喜の至りでございます」
メディ閣下!? え、来てるの?
「うむ。有難う。伝えた通り母子ともに健康だ」
わ。あの若人の声が。しかも近づいてきてる。やはり……知られてたかな。
「それはなんと喜ばしい。そ、その閣下、ご来駕光栄に存じますが、何か御用が? よろしければお茶を準備させていただきます」
「いや、結構。直ぐに帰る。こちらに来たのはご次男チエザ殿へ会いに来たのだ」
「は、は!? チエザ、ですか? 長男のホアンではなく? まだ赤子ですわ」
「実はチエザ殿をこの手に抱いてから、何かにつけ物事が上手く運んだように感じられてな。
此度子が産まれたことであるし、改めて幸運をちょうだいしに参ったのだ」
うおおおおお……声と足音がどんどこ近づいてくる。それと母ちゃんが遠回しに必死に止めようとする声も。
諦め悪いな母ちゃん。そして私は諦め時なのだろうか。いや、最後まで諦めんぞ。
力ある所に苦難あり。公爵家と知り合いなんぞ御免こうむる。
……これが前の社会の上級のお方ならなぁ。利益の方が遥かに多い立場で超羨ましいと全力ですり寄るのに。
あ、もう扉前。……ぼく赤ちゃん。今寝てるの。
「おや、寝ておられたか。相変わらず愛らしいご様子だ。
さて伯爵。申し訳ないが二人だけにして欲しい」
「な、そ、その。如何に閣下と言えど、我が赤子と二人きりは……」
「おや。奇妙な話を。伯爵。私に日頃貴君が、ご子息をどのように扱っているか言わせたいのかね?」
だぁあああ。『ひぅっ』みたいな呼吸音が聞こえた。頑張れグリーンヘア! 他人と赤ちゃん二人っきりなんて母親として外聞悪いぞ! 疎んじているからこそ建前守ろうよ!
「……承知、しました」
でえぇ、本当使えないお方! ……いや、上位者相手に無理だよな。分かってる。やれやれっす。
「うむ。感謝する。ああ、茶などの準備は要らぬ」
茶を持ってきて邪魔するな。とは念の入ったこと。はー。圧迫面接が始まるわ。
「……さて。……本当に寝ているかもしれぬか。仕方ない」
何が仕方な……ちょ、むわっむひょっ! 頬をクニクニしおる。起きれと言うのか。寝たふりさせんぞという意味か? ぬぐぐぐ。ここまで、むひゅっ。されて、起きないのはかえって奇妙とでも言うつも、むへっ。
「うだぁっ。だっ、たぅ!」
「ああ、すまぬ。どうか泣かないでくれ」
赤子にそんな言葉言うくらいなら変顔の一つでもして見せんかい! こちらを見定めようという意思全力な顔からして確信無いんでしょ! 変なところで分かってない兄ちゃんだ。子育て苦労すっぞ。
「泣かないか。……さて。チエザ殿。もうお分かりとは思うが、御教えを受けた次の日には目星をつけていたのだ。
ご不快とは思うが、知るのは私のみゆえ許して欲しい」
許すも許さないもねーです。あなたくらいの権力者のすることに干渉は無理なのでね。まぁ、……はぁ。分かってて義理を果たしたが。やはりこうなるか。
しかしあくまでトボケますよ。うっだー。とな。
「……。あの後お教えを必死に思い出し、おおよそは使わせていただいた。
すると何もかもが好転して……言い尽くせぬ有用な話、必要な助言であったと敬服している。
ただ、何か忘れてはいるような気がして、また奥が、お腹に居る子で悩み苦しんでいた時、どれだけ貴君の助言をもらいに訪れようかと思ったか」
ほぉ。なのに来なかったから恩に着ろと? 寝たふりしてて良かった。目を開けてたら反応しちゃったかも。まぁ、現実的に考えると確かに、
「あ、いや……違う。このような愚痴を言いに来たのでは、ないのだ。
つまり……娘を抱いて。この子をどう育てたらよいのか。産まれるまで己がしでかした多くの間違いを、この子にもしてしまうのだろうと、恐ろしくて。
それで、教えを受けに来てしまった。
チエザ殿、どうか我が屋敷に来て欲しい。客としてでも、どのような立場でも良い。教え、忠告を与えていただきたい。その為なら公爵として出来る限りのこともしよう。
しかし私には貴君の望みが何なのか分からぬ。ゆえに伏してお願いする」
衣擦れの音と、床板に何か当たった音。
……今起きた。みたいな感じで目を開けてしまおう。ああ、やはり。手と身を投げ出しておられる。
余程のお覚悟、だな。貴族の礼は基本膝をつくまでみたいなのに公爵閣下がこんな姿勢を取ることって、王相手でも早々あるのやら。
そんなの関係ねぇ。実益も無いだろ。と、言いたいけど……。
……はぁ。やはり恩があり、筋を通すべき。となるのかねぇ。閣下は簡単にできる強制連行を、我慢してくれたのだから。
そして信頼すべき、となってしまうのかな。
このまま注目され続ければ何時か異常性はバレる。その時、今。何も。誠意を見せなかったと恨みに思われれば。
草を刈るように殺されるかはこの方の情次第。今信頼するか後で信頼するかの差だなこりゃ。今の方がまだ分は良さそう。
……やーれやれ。まぁよかろう。このまま帰らせても何十年か寝つきが悪くなる。
どっこいしょ、こらしょ。カゴから出るのも赤子らしくすると一苦労な。
うぉ。そんな口を震わせて見るようなもんじゃないでしょ閣下。どう見ても赤子の仕草だろうに。私も二年近く赤子やってるからね。慣れたもんです。
それよりほーれ。だー。あだー。とな。抱きあげておくれ。
そうそう。で、手を伸ばして首の後ろまでがっちりと。こちらの顔を見られないように。さ、て、と。
「思い出が大きくなっておられますよ閣下。私がお話したのは、ご家臣を探せば同じ内容を言える者が居る程度の話。
とは言え何者でも公爵相手に遠慮なく助言は無理ですからね。その分はお役に立てたと喜んでいます」
だ! やっぱり引き離そうとしやがった。全力で掴んでてやっと。手加減してくれよ。赤子にしては強い程度なんだよこっちは。
そうそう。この姿勢変える気無いと分かったね。
「子育ての助言をお求めとのことですが。無茶をおっしゃいます。
人がこの世に産まれてから今まで、ありとあらゆる者が研究したのですよ。そして今後もしていく。しかし後千年は親が自分の育て方が正しい。と、安心できる日は来ないでしょうね。
それを承知で『参考ていどにとどめるとの約束』。できるなら意見しましょう」
「―――約束しよう。意見をいただきたい」
「まずはあなたと同じ。よく眠り、体に異変が無い限り嫌いな物でも色々と食べさせ、よく動かして太り過ぎないように。特に一度沸騰させた動物の乳を、お腹の調子を悪くしない限り毎日数杯、飲ませると良いでしょう。長身になり体つきがよくなるはずです」
「嫌いな物でも、か。分かった。そうしよう」
「貴族教育となれば山のように勉強があるのでしょうけども……遊ぶ時間を与えないと心が歪になる可能性が高いと考えます。
加えて当主は他者との関係が第一ですから、友達と遊ぶ時間を与えて人に上手く考えを伝える練習を多くさせるのですね。
大事なのは子が二十歳、三十歳となる頃にどうなるか。と、長い目で見ることと考えます。
子供の内に出来るだけ失敗と負けを味合わせ、悔しさに耐える練習と、成功するにはどうしたら良いか。自分で考えられるようにしては如何ですか?」
苦笑の息が背中に当たってこそばゆいんですが。三十歳と言ったのが面白かったかね? そう。君もまだ立派な大人とは言えないという意味ですよ。
「言われてみれば確かに。子供の時分にもっと負けておくべきであった」
でっしょ。どうせ公爵家の子供なんて、周り全部からヨイショされて何もかも勝ちを譲られがちと決まってる。戦争へ出陣する可能性もあるだろうに、それじゃあな。
「何より一番大事なのは。
もう二人は子を産むべきでしょう。
あなたは初めての子育てだ。練習してないのに成功だけを見るようでは頭の中に何が詰まっているのか疑われます。加えて赤子はどうしても死にやすい。
何より、可愛い我が子に向いていない責任を負わせずに済む。
ですので周りの人間が、後継者である。と子供へ思い込ませないよう監視するのもお勧めします」
……反応が無いと不安に感じるね。我ながらこれだけ言ってアホかとは思うが。
出血大サービスし過ぎてるな。相手の一存で本当に大出血なのに。
お。でっかいため息。吉兆、だろう。多分。
「貴君は……歪みなく辛辣に賢いな。
失敗。……覚悟せねばならぬか。二人三人と子が居ればそれも問題の元となるのだが。世はままならぬ」
だ、ね。私も家族へ親切にしたらブチ切れですよ。利益しか与えてないってのに。
……あ。それがあったな。
「私にできる話はこれだけですが。可能ならお願いがあります。
あなたに気にいられた。ということで、この赤子の命が怪しいのですよ。それは言い過ぎでも将来色々と邪魔をされそうでね。
服、食べ物、寝る所。これが成人するまで十分用意してくれるよう、言っていただけませんか。その後は家を出て商人にでもなるつもりです」
む、息をのみ考えてる気配。そんな難しいお願いをしたかな? 出費的には鼠一匹飼う程度の話のはずだが。
「……その赤子を、やがてここの領主にすることも可能だが? ……どのように扱われているかは知っている。まさかとは思うが、一歳にもなる前に投げ落とされたとの噂も。何にしても……恨んでおられるのでは」
おやおや。自分に子が出来たからかね? 大貴族としては感傷的過ぎる考えを。
「それが好意さえ必要な申し出。とは分かりますが。
そうして当主となった場合、やがてあなたの意思に従いきれない時が来るでしょう。
その時、恩知らずの私は、周りに示しがつかないとあなた自身の手で殺されるのでは?
無理をしてでも手ごまにする価値がある。と、おっしゃってくださったのは光栄です」
「そ、そのような、つもりは……そうは、なるが」
おやま。誠意ある返答を。公爵家なんて背負ってストレスで潰れないといいけど。
「第一あなたへ散々実利だけを考えて忠告しておいて、自分は感情で動くのでは愚かしいことおびただしい。
ああ、そうだ。子供の教育に大事なのはもう一つありました。
恨みを持たせ、完全に忘れられるよう訓練すべきでは。恨みや悔しさを忘れず仕返しを盲目的に望む輩は、平民でも気持ち悪いと嫌われます。
貴族ともなれば下の下。全く信頼できない。でしょう?」
難しいけどね。苦難だけが人生です。とな。ゆえにのらりくらりこそ至高よ。
「よく知っている。その教え、私が幼少の頃に聞きたかった」
謙虚なお言葉。さて。これで全てだな。抱き着いてた手を放し……う、筋肉がひきつる。長時間過ぎた。……よし。良い筋トレしたな! おっと。公爵と顔を合わせたなら、
「だ、だー。だー」
なんだ公爵。えも言えぬ顔を。これが我が道よ。道化と言いたければ言え。
「―――。はぁ。夢のようだな。家に来ていただけないのは残念だ。しかし感謝する。……では、失礼」
帰……るんじゃなくて、私を抱き上げるんですか。このまま強制連行とか嫌よ。
あ、その前に、ほらぁ。緑と土の夫婦が凄い目でこっちを見てる。
対処してくれるんでしょうね? しなかったら……これから毎夜神に不幸を祈るくらいしか出来ないけど。
「公爵、どうなされました。チエザが何か粗相を?」
おんだこら。シッコまき散らすぞ……いや、掃除がどれだけ面倒か知ってるのに無理。
「何も。相も変わらず愛くるしい赤子だなチエザ殿は。こうして抱いているだけで、幸運が訪れているように感じる。
しかしそれも愛らしく、生き生きとしているからであろう。ゆえに。
ローヴェレ伯。ロレンツォ・メディ公爵はチエザ殿の健全な成長に強い関心を抱いている。服、食べ物、寝る場所。この赤子が望む通りに与えられることをな。
もし何か足りない物があれば、必ずメディ公爵家へ伝えたまえ」
おっほぅ! 良く言ってくれた閣下! 幸運が来る感じがするから。という適当さも最高! 有難う! 感謝の頬ずりしちゃう!
む、なんだ微妙な顔を。中身がアレでも頬の感触はマーベラスだろうが。悟れ。
或いは不真面目だとご不快かね? しかし赤子は空気を読めないものだ。悟れ。
「い、幾ら閣下と言えども、我が家の相続に指示を受けるいわれは御座いません! 新参ゆえ軽く見ておいでか!」
「……私はチエザ殿を大切にしろと言ったのみ。家督相続へは一言も申しておらぬぞ。……伯。そのようだから私が言わねばならぬのだ。
おのれの為にも、大切に扱うのだな。さもなくばやがて領民にも知られよう」
うわ。目に涙を浮かべて震えておられる。……。『わたしがどんな思いでいるのか分からないくせに!』と、お考えと見た。旦那にそう言った時と表情そっくり。
『思い』なんて限りなくどうでも良い話。と、分かってなかった事に呆れたもんだ……。
いやー、この家は、暗い!
気候良いし、働いてる方々は明るいのに。
「あ……ご、ご助言感謝しますメディ公爵。妻は今日疲れておりまして、それで失礼をし誠に申し訳なく。
必ず、御意の通りと納得しますので。どうかご安心くださいませ」
おっとその旦那が冷静だ。能力的には母ちゃんも立派らしいんだがねぇ。知能と賢さは別ってこったな。
む、閣下がこちらを。十分よ兄ちゃん。満面の笑顔を見せてあげよう。
「……。良い、のだろうな」
「は? 何がでございましょうか」
「いや、こちらのことよ。しかし疲れてる時に訪問したは我が身の不徳。
チエザ殿とは別れ難いが、これにて失礼しよう」
はいお疲れ様。気を付けてお帰りを。子育てが成功するよう祈ってます。
**********
「ローヴェレ伯爵閣下、ローヴェレ卿のお二人にご挨拶申し上げます。
本日を持ちまして、お屋敷をさらせていただくこととなりました。これまでのご恩に感謝申し上げます」
メンドクセー。この屋敷で過ごす最後の朝をタラタラしようとお茶キメてたらお呼び出しだもんな。挨拶なんて家裁さん相手だけで良いだろうに。
これも渡世の仁義ですかねぇ。さて、はやく退室の許可いただけませんかね緑茶夫婦や。床に額擦り付ける姿勢も礼儀正しくするには全身の筋肉必要で疲れるのよ。
「―――。顔を上げ、こちらを見て立ちなさい。チエザ」
うわー。面倒な気配。
「はい。有難うございます」
相変わらず不景気な……ン、ン、ン? この夫婦凄く緊張してる。……しかも怖がってる? 私をか。うーわ。うーわ。うーわ。メンドオオオクセエエエエ。
剣を机に立てかけてるのが凄く気に障る。……流石にヤル気とは言うまいな? それがローヴェレ家の為よ。
「今日が、こうして顔を合わせる最後になるかもしれない。だから正直に答えて欲しいの」
「承知いたしました」
「思えば、一度もわたくしたちを親として呼んだことが無かったわね。どうしてかしら?」
超 すーぱー 豪華 絢爛 しょーもない問答が始まる気配。
そうか。魂が理解した。これが『ダルイ』という言葉の意味か。
「家裁様より私を産んでくださったのがお二人とはお聞きしておりますが、どうしてと言われましても。
赤子の頃に、お二人の呼び方をご教授くださった方が居たのでしょう。そのままなだけと存じます」
完全論破です。実際居たしね。お節介なのかもしれないが、実に良い人だと思う。
父、母呼びしたら問題の素だと悩んでいたら、丁度良い切欠をくれたと安心したもんだ。
実のある親切は中々出来ない。生活が安定したら忘れずお返ししたい。
「……お前はローヴェレの家に産まれながら、使用人の服を着て使用人の部屋で暮らして来たわ。貴族としての挨拶もせず……兄との扱いの差を恨んでいるでしょう?
しかも、今回ローヴェレの家名を名乗らないよう言われて」
「つ、つまりだよチエザ。家名をどうするか家裁から尋ねられて、思わず名乗らないよう言ってしまったけど、よく考えてわたしたちは思い直したんだ。
望むなら名乗ってくれていいんだよ」
最後まで中途半端ですねぇ父上さま。無駄な気苦労させ続けたみたいなのはすまなかった。
しかし私の方から『気にしないで』なんて言える立場じゃないのでね。
「恨み? お言葉の理屈が理解出来ません。使用人部屋の何が悪いのです? この屋敷で働いてる方々は口を揃えて良い待遇だと言います。
そして私は使用人の皆様のお手伝い程度しかしておりませんのに着る物、食事、寝る場所をお二人は用意くださいました。
これで恨む使用人が居れば人々から叩きのめされます。私もその程度の常識は存じております。恨むなどとんでもない。
家名に関しては、問題が重く。そして貴族の方のお考えは推察できかねますので、ご教授願ったのみです。
名乗れと命令なされれば勿論名乗りますが、私個人としては外で使い予想外の結果を産む不安がありますので……気は進みません」
「……わたくしたちは用意などしてないわ。お前が勝手に大きくなったのよ」
吐き捨てるようにおっしゃいますが……論理的思考の苦手さ、成長しないお人だ。
「えっと、お言葉に異を唱えるのは気が進まないのですが……。
この屋敷は全てお二人の物。私が勝手に食べ、服などを家裁様に願い用意して頂いたのを、お二人はお止めにならなかった訳ですから……ご用意してくださったのと、何が違うのでしょうか」
心からそう思う。最初は育児放棄されて困ったと思ったが間違ってたよ。
ちょー気色悪い子供に衣食住の準備有難う。感謝しております。
「で、でもさ。……わたしたちは、普通の親のようにチエザへしなかっただろう。
だから……つまり。今日を逃したらもう会えないからね。恨み言があれば、聞いて少しでもわだかまりを減らして別れようと思ってるんだよ」
恨み無いって何度……人の話欠片も聞いてない感じ。頭パー太郎め。
第一貴族に恨み言だぁ? 居るかよそんな奴。貴族に敵対意識を見せるくらいなら、斬りかかるのが先だろ。脳みそがあれば誰でも同意するだろうに……。
「そうおっしゃられましても。困惑するのみで。
お二人は親子という物に何か特別な期待を抱いておいでのようですが……。
他人ならば恩を感じて当然の待遇を与えたのに、少し顔形が似てるだけで恨みになるのですか? 理解いたしかねます」
そんな愕然とした表情なさらずとも。真っ当な話と思うよ。少なくとも成人した後、親の育て方へ真面目に文句言う人は……大分ヤベーでしょう。
人生を後ろだけ見て歩いてる。ってことだから信頼しちゃいけないのは間違いない。
「もう……嫌ぁ。何なのこの子。これが賢いですって? 賢いとしても化け物よ。わたくしの子じゃないわ。ねぇそうでしょアルフォンソ」
おいおい。目の前で言うかね。旦那も私とどっちを優先すべきか狼狽えてるし。
どうぞどうぞ。奥さんの相手をしてあげて。
しかし……こりゃ話がエンドレスしそう。かるーく去らせていただけるようお願いしてみるかな。懐かしき京都風なさりげなさとなるように。
「あの……ここで待てとの御意でしたら命に従いますが。
私にも準備と予定がありますので、御用がなければ下がらせていただきたく」
わ。何だよ睨んで。て、大泣きだな。真面目に泣いてたのかい。……貴族に産まれて本人も周りも可哀想。この精神構造だと平民でも迷惑なのに。
「わ、わたくしたちは、謝っても良いとお前を呼んだのですよ!?」「あ、止めてください」
……やべ。脊髄で。
「失礼。伯爵閣下の謝罪は私にとっては害となります。私へ危害を加えたいというのなら、逆らうのは不可能ですが……そうでないならどうかお許しを」
「……分かった。下がると良いチエザ。最後に教えてくれ。わたしたちを親と思ったことはあるかい?」
うわぁ。男の腐った奴とはこれのことか? 髪が土色なのだからどうせ腐るなら土になっとけよ。ホモなのかってくらいヌチョっとした感傷野郎で気色わりー。
頑張ってくれよ表情筋。私の内心を出さないで。
「お二人の考える親という物は、私には全く理解出来ない物のようですから……。
そういう意味では。産まれてから一度も記憶にはありません」
二人してショックを受けおった。こう答えるのがお望みだったとちゃうんかい。
「……出なさい。出て行って! この屋敷から! 早く!!」
「はっ。有難うございます」
うん、もう、時間取らないでくれるなら何でも良いです。では失礼しますよ。後は二人で好きなだけ泣いてちょーだいな。
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最期に改めて見ても立派なお家だなこれ。流石伯爵。住み心地、十分堪能させていただいた。有難うございました。
では旅の商人としての第一歩と行きますか! 落ち着きたくなる土地を探しつつ、地球と違う動物、風景と観光しながら。
落ち着くのはやはり……温泉が湧いてて食材が豊富な土地だろ!
よーし。楽しんでいきましょうかね!
ジャンル日間五位なら連載頑張る。と、書いたら六位でした。迷った挙句、書いた分くらいは投稿することにしました。
https://ncode.syosetu.com/n4237ib/
よろしければお試しください。