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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

最後の天使

作者: 半空白

リハビリの一環で投稿しました。

 

 少女は夢を見た。


 長きに渡る暗澹たる時代を終わらせる夢。


 人々が明るい未来を期待し、歓声を上げる夢。


 まるでお祭りのようにみんな笑っている。


 誰も傷つかない。誰一人苦しまない平和な日々。


 笑顔が決して絶えない日々。


 その中で白銀が輝く鎧を着た少女は民衆に褒め称えられていた。


 うれしさのあまり涙がぽろぽろ零れ落ちる。


 彼女は──なんて幸せなんだろう。まるで夢みたいだ。


 突然、冷たい風が彼女の方に吹いてきた。


 このとき、少女は自分の身体が薄くて固いベッドの上でペラペラの毛布に包まっていることに気づいた。


 ──なんだ。夢だったのか。


 彼女はしょんぼりとした顔をして、ふと自分の身体を見た。


 着ている服はぼろ布で、体は細くて到底戦仕事ができるような身体じゃない。夢の中の自分とはまるで別世界にいるようだ。


 それに、数年前に祖母を亡くして以来、ずっと一人で殺風景な部屋で薄くて固いベッドで眠っている。人々からもてはやされている夢の中にいる少女とはまったく違う。


 ──どうしてこんな夢を見たんだろう? 叶うはずのない夢を見るくらいなら、もっと身の丈に合うような夢を見たかった……。


 彼女は溜息を吐いて、一人顔を洗おうと泉の方へ向かった。


 ******


 泉で顔を洗っていると、背後に誰かがいることに気づいた。


 振り返ると、一人の少年が立っていた。この世のものとは思えないくらい美しい少年であった。彼女は思わず息をのんで彼をじっと見ていた。


 彼は、「どうしたんだい?」と、彼女に問いかけた。


 彼女が何も言えずにいると、「さっき青ざめた顔で泉の方に向かっていたから気になってついてきたんだ。何かあったの?」と、声をかけてきた。


 少し悩んだ後、彼女は夢のことを話した。


 何の力もない少女が夢で見た御伽噺。


 綿菓子のように甘くて脆く儚い夢。


 彼女は──そんな日がくればいいのにね……と苦笑した。


 すると、彼はこう答えた。


「そんなことは無い。君の夢は美しい未来だ。僕もそんな未来が来てほしいし、いつか必ずその日は来ると思う」


 彼女は頷いた。


 ──私もそう思う……。けれど、どうすればいいの?


 ──私のお婆さんのお婆さんが生まれた頃から続いているんだよ? そんなもの誰にも終わらせることができないよ。


 ──それこそ、天使様がみんなを説き伏せて終わらせること以外にこんな暗くて重い日々が終わるはずなんて無いよ。


 彼女は涙を流しながら、彼に問いかけた。


 彼は少し俯いた。そして、こう答えた。


「たしかにこの世界は、いやなことでいっぱいだ。みんな些細なことで命を削り合う。話せばわかるのに。一緒にご飯を食べればわかるのに。そのことを知っているのに、みんな意地を張ってこのいがみ合いをやめようとしない」


 ぽつりぽつりと言葉を紡いでいく。


「けれど、誰かが終わらせなくちゃいけないんだ。このことに気づいた誰かが終わらせなくちゃいけないんだと思う」


 ──じゃあ、どうすればいいの? 誰もこんな世界を終わらせようと思わないのに……。


「心の中の言葉に従えばいいよ。自分の正しいと思うことを信じればいいんだよ。誰かから言われてやっても意味がない。それは自分でやったんじゃない。他人の言うとおりに動いただけだ。誰かに頼りっきりの弱い人の言葉なんて誰も信じやしない。自分の心の声に従い、自分の正義を貫けばきっとうまくいくよ」


 彼女は、その言葉を聞いてハッとした。


 ──私は今まで何をして生きてきたのだろう? 辛い日々に溜息を漏らしながら、何もしないで、ただただ偉い人の言われた通りに仕事をしてきた。それが正しいことだと思ってきた。


 ──けれど、そうじゃないんだ!


 ──自分たちが終わらせなければ、この世界は何も変わらない。気づいた人が終わらせなくちゃいけないんだ! 誰も気づいていないのなら、私がみんなに伝えればいいんだ!


 彼女は顔を上げて──ありがとう、と言おうとしたが、そこに少年の姿はなかった。


 彼女は立ち上がった。そして、村の広場でみんなに語りかけた。


 あの夢の話。


 綿菓子のように甘くて脆く儚くも美しい夢の話を。


 その声に村のみんなが応えた。


 他の村にもその声は響いた。


 声は国を超え、大陸中に波のように伝わっていく。


 その波は温かく人々を勇気づけた。


 ──こんな戦いもう終わらせよう!


 ──もう辛いのはまっぴらだ!


 ──兄弟よ! この苦しみの連鎖を断ち切ろうではないか!


 そして、人々が長きに渡って苦しんできた時代は終わった。


 彼女は夢の通りの世界を見た。


 友や家族と笑顔で抱擁する世界。


 みんなが平和を高らかに喜び合っている。


 幸せに満ち溢れた世界。


 革製の鎧を着た彼女は多くの人々に感謝された。


 世界は新しい希望に向けて歩き始めようとした。


 けれど、彼女は責められた。それもごく一部の人間だが。


 しかし、彼らには力があった。


 ──お前のような辺鄙な村の娘が英雄と呼ばれてたまるか?


 ──どうせお前の力で終わったわけじゃないだろうに!


 ──なんでこんなことをしたんだ!


 彼女は正直に答えた。──夢を見たの、と。


 それは火に油を注ぐことになった。


 ──その夢は悪魔が見せたんだろう? いや、そうに違いない! そうでなければ、お前なんかが英雄になんてなるはずがない!


 ──汚らわしい売女め。お前の言葉なんて信じられるか。


 ──悪魔に身を売ったものなど信用できぬ。とっとと火炙りにしてしまえ。


 彼女は追われた。


 これまで彼女を称えていた民衆が掌を返して、彼女を追い立てた。


 彼女は森の奥深くの洞窟で一人、怯えながら誰も来ないことを祈った。


 けれど、彼女は捕まってしまった。


 誰かがこの森の中の洞窟に逃げこんだと告げ口をしたそうだ。


 彼女は兵士に連れられ歩いていると、兵士に金貨の入った袋を手渡されている男の姿を目にした。彼女はその顔を見て驚いた。


 それは、あの日、泉のほとりで見た少年の顔であった。この世の物とは思えないその横顔は片時も忘れられない物だった。


 ******


 彼女は数日後、裁判を受けて火刑に処された。


 炎の中、彼女は苦しみながら焼かれていった。


 最初は彼女を恨む者、彼女を妬む者、ごくまれに彼女に同情する者が見に来た。


 しかし、次第に数は減っていった。


 そして、刑場の壁に座る烏だけが彼女を包む炎がゆっくりと消えるのをじっと待っていた。


 ******


 夕暮れ。


 彼女は黒焦げになって何も言わなくなっていた。


 烏は啄もうとして、彼女の元に近づいた。


 すると、黒焦げになった少女の前に一人の少年が立っていた。まるで最初からそこにいたように。


 少年に気づいた烏はすぐさま飛び立って、刑場の壁に戻った。


 彼は懐から金貨の入った袋を取り出すと、金貨を彼女の方へばらまいた。


 彼は跪いた。涙を流して、「ごめんなさい。ごめんなさい」と、言った。


「君にはもう聞こえないかもしれない。──けれど、これだけは言いたかったんだ。こんなものなんて欲しくなかった! 僕は君をこんな目に合わせるつもりであの泉のほとりで君の夢を肯定し、励ましたんじゃなかったんだ。──本当だ! 本当なんだ! 君を売るつもりなんて毛頭なかったんだ。ただ、そうし……」


 少年は頭痛に襲われてしゃがみこんだ。頭の中からバラバラになってしまいそうな痛みに襲われた。まるで、何も語らせないように。


 そのとき、どこからか声が聞こえてきた。それは冷たく機械的な声だった。


 途端に、彼の顔は青白くなった。


 ──汝、次の災いを終わらせなさい。


 それは見たこともない世界であった。

 

 高い建物が並ぶとても美しい町。


 その町に忍び寄る鉄の怪鳥の群れ。


 怪鳥は鉄の雨をまき散らし、その雨は町に業火を咲かせた。


 業火に包まれた町では叫び声が聞こえてくる。


 彼は肌が焼かれるような痛みに襲われていた。


 やがて、その声から答えを教えられる。


 次の災いの終わりを告げる鐘を鳴らすための術を。


 終わらせる鐘を鳴らす者の姿を。


 彼は叫んだ。


 誰もいない刑場で泣き叫んだ。


「──もう嫌だ! こんな悪魔のような所業を続けたくない! もう、誰かを犠牲にして災いを終わらせたくなんかない! こんな悲しい答えを教えるくらいなら、みんなが幸せになるような答えを教えてくれよ! 非力な僕じゃなくて、もっと身体が丈夫で強い誰かに教えてくれよ! それこそ、僕にこんなことを教える()()()が一人でやってくれよ!」


 ──そんなことを言ってはならない!


 少年の心の中に語りかける()()()は声を張り上げた。


 ──この世に生きとし生けるものは皆愚かだ。他の者のことなど一切顧みず、自分の私利私欲を尽くして生きている。


 ──汝はこの醜い生き物がこれ以上他の命を巻き込まない最善の道標を鳴らすためにこの世に堕とされたのだ! 


 ──これ以外に答えはなく、この使命を遂行するのは汝しか存在しない。汝のほかに終わりを告げる者など存在しない! 


 ──汝は終わりの鐘を鳴らす天使なのだから! 


 ──決してこの役目から逃げてはならぬ!


 少年は痛みに襲われた。


 目を穿られるような、四肢を引き裂かれるような、燃え盛る日の中にいるように熱されているような痛みにひたすら襲われた。


 血と灰の臭いが彼の鼻腔を刺激する。


 鼓膜は助けを呼ぶ声や苦しむ声で揺らされる。


 目には、黒焦げになった少女ではなく、火が燃え盛る街だけが見えている。


 そこには、こどもが一人泣いている。


 傷つきながら泣いている。


 まるで家族を失ったかのように。


 まるで誰かの助けを呼んでいるかのように。


 ただただ泣いている。


 少年は一人刑場で泣き喚き、もがき苦しんだ。


 だが、そこに彼を苦しめる者はいない。烏だけがもがき苦しむ彼をじっと見つめている。


 しばらくして少年は立ち上がった。


「──ごめんね。僕は終わらせなくてはいけないんだ」


 そう言うと、少年は涙を拭って彼女に一瞥してから刑場の外を出た。


 烏が刑場の外に目を遣ると、そこには誰もいなかった。


今年の一月末に衝動的に書いたものです。


色々悩んだ末、半年ほど経った今、投稿しました。


ここ数年嫌なことばかりですが、少しでも明るい世の中になることを願います。

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