エルドの失恋
プロンシアーナからトュリューグ公爵一家が帰国する。その報告を1日千秋の思いでエルドは待っていた。
トュリューグ公爵一家はゆっくり各地を回って帰国の旅をしていた。
エルドは数名の護衛を連れて王宮をこっそり出た。フェリシティーに会うために。
話がしたかった。会いたかった。
不名誉な傷者となった事を気にして、王族との婚姻をあきらめ、自分を命をかけて守ろうとした商人に嫁ごうとしているフェリシティー、と脳内で変換していた。
鏡を見るたび、エルドは自分の貴公子ぶりに満足した。元々、母親譲りの美貌があった。鍛えて精悍な体つき。勉学に励んで知性的になった顔。
貴族令嬢はエルドと目が合えば頬を染める。挨拶しただけで失神した令嬢もいた。エルドが令嬢に微笑むとどの令嬢も歓喜し、頬を染めて目が恋心を宿す。
16歳となり、閨のアレコレも年上の未亡人幾人かに教えてもらった。今でも定期的にエルドの寝室に未亡人が訪れている。未亡人たちはエルドとの逢瀬を心待ちにし、エルドを褒めそやし満足させた。
この自分が愛を囁やけば、フェリシティーも考え直すのではないか?自分に都合の良い妄想がエルドを支配していた。子供の頃から思い込みが激しいのだ。
エルドと護衛は山麓の寒村に着いた。比較的王都に近いというのに、寂れている。エルド達は馬に乗り村道をゆっくりと移動していた。
本当にトュリューグ公爵一家はこんな場所にいるのだろうか?
防風林があり、木陰で農民が作業しているのが見えた。大きな麦わら帽子に、鼻や口を手ぬぐいで覆っている。大きな木桶に大きな棒のような板を差し込んで中をかき混ぜている。なんだか変な匂いがする。臭い。不快だ。
エルドが声をかけた。
「そこの者!近頃高貴な方がこの村を訪れなかったか?」
「、、、、。」
「おい!聞こえないのか?!」エルド。
護衛の一人がイライラして馬から下りた。
「返事くらいしろ!高貴な方に失礼だぞ!」護衛が農民を蹴った。
農民は脇腹を蹴られて地面に倒れた。「ウゥ。」
「やめろ。村長か役人、ここらで1番偉い人の居場所を聞け。」エルド。
「おい、お前、村役人の居場所まで案内しろ。」護衛が農民を立たせた。腕を掴んでいる。
「こいつ、臭いぞ。」
「ああ、臭うな。農民だからな。下々の匂いだ。」
「怯えて漏らしたんじゃねー?」
護衛たちが笑った。
よろつく農民を引っ立ててその場から歩き出した。時々農民を小突いた。
「さっさと案内しろ。」
「おねーちゃんを離せ!」「せ!」
農民のチビ二人が走って来た。農民のくせに金髪で整った顔立ちをしている。
「来るな!ルー!アイ!」案内させる農民が叫んだ。
チビの大きいほうが小石を思い切り投げた。エルドに小石がコツンと当たった。
「不敬な!捕らえよ!」護衛が叫ぶ。
「おねえちゃん?こいつ女か。喋れるではないか。怪しいぞ。」
農民を捕まえていた護衛がその農民の身体検査と称して服の上から農民の体をあちこち触った。
「くっ。」農民の女はずっと下を向いている。
チビの小さい方はずっと泣いている。うるさい。
チビの大きい方は護衛に手足を縛られて地面に転がされた。チビのくせにエルドを烈しく睨んでいた。
「武器は持っていません。」女の体に触っていた護衛が言った。
「もう良い。子供だ。捨て置け。行くぞ。」エルドは護衛らを促して騎乗させた。
「女、案内しろ。」エルド。
そこに、この姉弟の親らしき農民夫婦が走って来た。
「ルーク!アイリーン!フェリシティー!」
農民夫婦の後ろには数人のガタイの良い作業着姿の男達がいる。
「え?フェリシティー??」
エルドとエルドの護衛達。
「お父様!」「チャマー!」
チビ二人が叫んだ。農民の服を着たベルンハルトにチビの小さい方が飛びついた。
遅れてきたサーラがチビの大きい方の縄を解いた。
「私の娘を離してもらおうか。エルド殿下。」
ベルンハルトがエルドを凍てついた目で見た。
全員が沈黙した。
「フェリシティーを離せ。」ベルンハルト。
フェリシティーを縛った縄を持っていた護衛が縄を離した。
手首を縛られたまま、フェリシティーがベルンハルトの元へ行った。
弾かれたようにエルドの護衛達が馬から下りて地面に膝をついて頭を垂れた。皆、震えている。
フェリシティーの縄をベルンハルトの護衛が丁寧に外した。
「捨ておいてくれるそうだから、行きましょう。ルー、アイ、怖かったわね。気持ちは嬉しいけれど、ああいうのは相手にしてはいけないの。ひどい目にあうからね。
お父様、お母様、ご心配をおかけしました。大丈夫ですわ。
蹴られたお腹と転んで打ったところが痛いので、続きは明日にします。帰りましょう。
あ、大丈夫です。自分で歩けます。」
抱きあげようとした護衛を制してフェリシティーが護衛の一人の手を取り、歩き出した。痛めたのか、体の動きがおかしかった。
呆然とするエルド達を置いて。
「さっさと帰れ。二度と来るな!」ベルンハルトがエルド一行に言った。
エルドと護衛達は無言で帰城した。
エルドは自室に籠もった。
エルドの護衛は全員が辞職した。
辞職の理由を聞くと全員が沈黙した。さらに、身体検査や暴行を働いた護衛は修道院へ行きたいと希望していた。怯えている。「俺は死ぬんだ、、、。」とつぶやきを繰り返している。
やっと居ただけの護衛が口を割った。嘲りも笑いもせず、傍観していた一人が何があったかを話した。
そして、シェリーとリカルドがエルドの部屋に来た。
「お前の護衛達が全員辞めた。やっと一人から、何があったかを聞けた。
、、お前はわざわざ、何をしに行ったんだ!」叱責するリカルド。
エルドはうつむいて沈黙していたが、口を開いた。
「フェリシティーに会いたかった。話をしたかった。」
「諦めなさいと言ったはずですわ。、、、嫌われましたでしょうね。フェリシティーだけでなく、トュリューグ公爵一家全員から。ものすごく。」シェリーの言葉がエルドをえぐる。。
「幼いルークとアイリーンにも、心の傷を負わせた。先日、帰国の挨拶に王宮に来ていただけたのに、アイリーン嬢が城の護衛騎士を見て泣き叫んだので、馬車から下りれず、公爵一家はそのまま帰ってしまわれた。
護衛騎士達の制服を一新することになったよ。父上も困っている。
、、、なんてことをしたのだ。お前は。」
「トュリューグ公爵一家はプロンシアーナでエヴィ様の苗木を植えてまわったそうですわ。
帰国がてらフランセーアの加護の薄れた寒村にも、エヴィ様の苗木を植えて下さっていらしたのですって。まことに精霊の祝福を得るご一家ですわ。頭が下がります。それを、エルド殿下は。」シェリー。
「打ち据えるまでフェリシティーだと気が付かなかったのか?あれほど好きだと言っておきながら。」リカルド。
「公爵令嬢が農民の出で立ちで農作業をしているなんて、思うわけない!」エルドが大声で言い訳する。
「良いお知らせですわ。エルド殿下。フェリシティーもベルンハルト殿下も、気にしていないが、顔を見たくも話をしたくともない、そうです。ベルンハルト殿下だけが王宮にご挨拶に来てくれます。エヴィ様の泉にもお祈りしてくださるそうです。良かったですわ。一安心いたしました。」シェリー。
「手紙は受取拒否されているそうだが、フェリシティー宛でなく殿下宛てにして毎日届けろ。誠意を見せろ。」リカルド。
「それから、アイリーン嬢に目があった途端恐怖で泣いて叫ばれた護衛騎士が泣いてたぞ。城の者たちもこの日を楽しみにしていたのだ。王家の我らもな。
独りよがりの勝手な行動は、もうするな。、、、これ以上、落胆させるな。、、俺はエルドを大切な弟だと思っている。」リカルド。
「エルド様は違う方向で一途なのです。フェリシティーの望んでいない方向でね。
フェリシティーを好きなら、スッパリ諦めて、フェリシティーの幸せを祝福してください。
フェリシティーの婚約者は、そうしたのです。己の恋心を封印してエリン様の幸福を願い、祝福したのですよ。その御心をフェリシティーは愛したのです。
エルド様の恋は、申し訳ありませんけど、幻想でしてよ。見た目の美しさに恋しておられました。
尊い血統の麗しの姫君、フランセーア建国の精霊エヴィ様から愛される精霊姫。
それは、フェリシティーの一面でしかありません。
木登りしたり昆虫や爬虫類、蛇まで素手で掴めるすごい方なのですわ。今回お会いした時も堆肥の調合をしてらしたそうではありませんか。」シェリー。
「堆肥?、、だから、鼻と口を塞いでいたのか!あの不快な匂いは、糞だったのか!」エルド。
「ともかく、エルド様は自分で初恋を終わらせましたね。フェリシティーはエルド様が大嫌いです。前はまあ、あまり好きではない、程度でした。
今回、幼いルーク様を縛ったりアイリーン様を恐怖で泣き叫んだりさせましたね。
もう、取り返しが付きません。
諦めなさい。わかりましたね。
リカルド様、もう良いでしょう。
エルド様、反省して謝罪のお手紙をお書きください。それでは、失礼します。」シェリー。
フェリシティーが俺を大嫌い、という言葉が俺の心に刃を突き立て、深くえぐった。。
もう、希望はない。失った。いや、最初から無かったのだ。
エルドの瞳から涙が溢れ出た。それは、自分可愛さの涙でしかなかった。




