旅路の馬車で
「コレット元気かなー?」エリンが独り言を言った。
「お母様、コレットさんて?」
フェリシティー。今回も使用人設定だが、変装はしていない。
エリンとフェリシティーは母子設定だ。事実だし、似てる。
「昔の恩人なのよ。さらわれた時に助けてくれたの。強い人でね。プロンシアーナの王妃様のはず。セインの奥様設定よ。」エリン。
「難しい設定ですね。」フェリシティー。
「王太子エドウィン?のお母様よ。」エリン。
「エルンストです。叔母上。」
リュシードが訂正した。
プロンシアーナに向かう馬車の中である。
リュシードはこの母子に振り回されっぱなしだ。
ローラン子爵家で地震があり、賊が侵入したと聞いた日の午後、母王妃の弟である叔父レイナルトがやってきた。
複雑怪奇な話を手短にして、というわけでと前置きして「プロンシアーナに行くように」と決められた。
一緒に話を聞いていたルーファスも呆然だ。
リュシードとルーファスは心配していた。
イトコのフェリシティーが襲われ攫われ陵辱されたらしいと聞いて、どう対応すればよいか、婚約申し込みも続けて良いか、今後の事を心配していた。
どれだけ傷ついたことだろう?立ち直れるだろうか?と。
目の前のイトコ殿は元気一杯だ。
この旅路で実母エリンとも仲良くなっている。
それに、婚約したと言うし。平民になる予定だと言うし。フランセーアのエルド王子はどうするんだ?
フェリシティーは迷いはなかった。自分の身体はもう純潔ではない。遊ばれた。妊娠し流産した。貴族令嬢としては体面が保てない事だ。
それをバートは否定した。キレイだと言ってくれた。結婚して欲しいと自分を望んでくれた。自分を2度もかばって命を捨てる覚悟の人が居る。愛されている。
バートに会いたい。バートが少女になっていようと、構わない。大切なのは心だと言ってくれたから。
それに、セインとガイル、同性でも愛し合う二人はとても素敵だ。男同士があるなら、女同士の愛だって大丈夫!
フェリシティーはポジティブだった。
ルーファスは黙っている。
「リュシードはよく覚えているのね。プロンシアーナの王太子、コレット王妃の息子はエルンスト、エルンスト。」エリンが復唱している。
「エルンスト王太子はおいくつですか?」フェリシティー。
「そうだな、23歳位かな。賢そうな方だったと母上が言ってました。」リュシード。
「マデリーン様かあ。お会いしたいなあ。」エリン。
「母上もよくそう言ってます。王宮に何時でもおいで下さい。」リュシード。
「王妃様がご実家に訪れる時に、伯爵ご夫妻でいらしてはいかがでしょう?ご連絡いたしますよ。」
ルーファスが会話に参加した。
レイナルトはエリンを伯爵家からあまり外に出さないでいる。社交をしないのだ。
この美貌の麗人を囲いたいのだろう。
「それはいい。サンフォーク公爵邸でいとこ達が集まれる」
リュシードがフェリシティーを見た。
フェリシティーは無言だ。参加するつもりはない。サンフォーク公爵家とは血縁ではないことになっているのだから。
「お母様、私達はパラダイスのキャットボーイで待つ予定ですよね。」フェリシティーが話題を変えた。
「いや、一度王宮で王妃様にお会いする。王妃様、エルンスト王太子もセイン陛下を案じておられるはずだ。」
「うーん。セインとバートが王墓に現れたら、王宮に使いを出すんじゃない?」エリン。
「姿が変わっているならパラダイスに行くわ。ガイルはパラダイスの店にと言ったのだし。」フェリシティー。
「一度王宮でブランドンのことや呪いの出来事を話してほしいのです。」ルーファス。
「あんな不可思議な話、信じてもらえるかしら?」
フェリシティー。
エヴィの植木鉢とローラン子爵領の精霊の苗木3鉢も同行している。フェリシティーを守っている。しかし、フェリシティーとの言い争いの後はエヴィは姿を現さない。今はフランセーアの王宮の精霊の大樹と泉のあるエヴィの墓で休眠中だ。ただ、これらの木がフェリシティーを守っているそうだ。
「しかし、ブランドンの死亡をどう伝えましょう。」リュシード。
「そのままでいいんじゃない?」エリン。
「セイン様はブランドンがしたことをプロンシアーナ王家が補償すると言ったわ。護衛一名の死亡とネイとユナ、私への性被害を償う話し合いもしないとね。」フェリシティーが言った。
リュシードとルーファスがたじろく。
「その、噂は本当でしたか。」リュシード。
「ネイとユナは名前を変えて他領で暮らし始めたわ。アーサー叔父様が当面の暮らしのお金はお渡ししたそうなの。でも、まとまった金額を渡したいわ。ひどい目にあわせてしまったもの。
もちろん私もね。バートさんと結婚するんだし、持参金として遠慮なくいただくつもりよ。もしかしたら駆け落ちするかもしれないし。先立つものは少ないより多いほうが。」フェリシティー。
「でも、呪いをセインとバートは受けているはずよ。心配だわ。」エリン。
「私、気にしないって決めたの。バートさんが女性になっていたら、パラダイスで二人で暮らすわ。キャットボーイは男同士の店でしょ。女同士の店を経営しようかな。」フェリシティー。
ブホッっとリュシードとルーファスが咳き込んだ。
「はあっ?」
「バートさんは私の心が欲しいって言ってくれたの。だから、バートさんと寿命が尽きるまで一緒に楽しんで人生を共にするの。」フェリシティーが幸せそうに微笑んで言う。
リュシードとルーファスは諦めた。バートという人物が呪いでフェリシティーとの婚約が破棄されたなら、名乗りを上げようと目論んでいたのだ。
「私もバートを推すわ。凄く良い人よ。私も、好きだった。」エリン。
「お母様、じゃあ、なんでバートさんを振ったの?」フェリシティー。ちょっと怒ってる。
「私の父親は。ろくでなしの借金野郎だったからよ。バートの家は商会だし、バートも商人になるのが夢だったのよ?私と結婚したら、バートの実家の商会は潰れる。沢山の人が困る。そんな不幸な結婚しても、結局最後はバートと私は恨み合って別れてたわ。状況が無理だったのよ。」エリン。
「叔父上なら良かったのですか?」ルーファス。
「巻き込んでしまったわよ。私の父親の借金をサンフォーク公爵家がかなり支払ってくれたの。私とアリシアは娼婦になろうと覚悟してたのを、絶対に駄目だって結婚してくれたの。レイナルト様を苦しめたしうまく行かなくなったわよ。
もう、色々あったの。」エリン。
「でも、レイナルト様とは結婚したのですよね?」フェリシティー。
「好きだったのでしょう?」ルーファス。
「まあ、そりゃ。かっこいいし。
私と結婚出来ないなら、一生誰とも結婚しないとか、一杯言ってくれたから。あの人はどれだけ苦しくなっても私と結婚し続けるから。」赤くなりモゴモゴ言うエリン。
「叔父上は今でも叔母上に夢中ですよ。行方不明の間も、ベルンハルト殿下と子を成した後でも。愛されてますよね。まあ、叔母上は今でも十分に美しいですから。」ルーファス。
「うちの母上も伯爵夫人の美貌と若さを羨んでおりましたよ。どう見ても20代にしか見えません。フェリシティーと姉妹に見られてましたよ。」リュシード。
「恥ずかしいからこの話はやめましょう。」エリン。
「バートとやらは幸せ者だな。」リュシードが呟き、ルーファスは頷いた。
目の前の美しい少女と美魔女の母親を見て、羨ましいと二人は思ったのだ。
「そうそう、考えたのだけど、王家の忘却薬、医療品として流通できないかしら?性暴力は心の傷がひどいの。」フェリシティーがリュシードに説明を始めた。
エリンも話し始めた。
「アーサーと話していたのだけどね。性被害は女性が届け出ないでしよ。性暴力に合ったことを隠すとか、恥だとかの文化を根底から無くしたいな、って。
性暴力を振るう男は、どうせ女は被害を届けないからって、犯罪をするし、繰り返すのよ。今回、男達がアレを切り取られた事は他領でも噂になったそうよ。
ローラン領でも、性被害の届け出は滅多に無いのだそうよ。悪質と認められた数件だけ、切られたそうなのよ。」エリン。
リュシードとルーファスは何故か顔色が青い。
「今後、性暴力被害が減れば、アレを切る処罰は有効と再確認出来るわ。」エリン。
「アーサー叔父様が刑罰はその事件、犯罪のためだけでなく今後の犯罪を防ぐためにある、って。なるほどですね。
あと、処罰は被害者を癒やします。ネイたち、奴等がアレを切られて失禁して泡を吹いて失神した話や泣きわめいて悶ていたとかを聞いたら何故か心が安らいで清々したそうです。」フェリシティー。
「良い刑罰よね。今後の犯罪を防ぐしね。
確実に犯行が行われた事実があれば、すぐさま行われる処罰ってのも、すごいわよね。」エリン。
「あの、怖いのでそのへんで、、、」
リュシードが頼んだ。横でルーファスもうつむきながら頷いていた。二人共内股になっていた。
「あらそう?
じゃ、違う話題で。そうねー。
あ、あの後バカーナ公爵令嬢とは進展あったのですか?殿下。」フェリシティー。
「バカーナ?」リュシード。
「お食事に乱入したバカーナ公爵令嬢です。」フェリシティー。
「、、、もしかして、リコーナ公爵令嬢?」ルーファス。
「あ、間違えました。りこーなでした?りこーそーでは無かったけど。」フェリシティー。
「おい、ルーファス。お前も間違ってる。リコーネだ。利口ではないがな。たしかに、馬鹿な公爵令嬢だよ。」リュシード。
「バカーナ、ではなくリコーナ、でもなくリコーネ、ですね。間違えそう。」フェリシティー。
リュシードとルーファスは笑いのツボにハマって声を押し殺して肩を揺らし笑い続けていた。
この母子は、姿形だけでなく、名前を間違うところも似ている、と。
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