借金令嬢はドレスをもらいました
第2王子からドレスを贈られたエリン。
王子はエリンとダンスしたいそうです。
学園ではダンスの練習と社交を兼ねてのパーティーが推奨されている。
次回のパーティーは王宮だ。
王立学園の生徒は特別に入場できる。
エリンはいつもバートと出ている。
バートがエリンに「パートナーがいない。謝礼を出すから」とエリンに言うからだ。
裸婦画のスケッチブック事件があってから、あの灌木に囲まれた場所に、時々第2王子が現れる様になっていた。第2王子の名前はベルンハルト。
王子はエリンとバートとサーラに、名前呼びを許していた。というか、自分から名前で呼んでほしいと言った。彼等が気に入ったのだ。
今日はサーラが本を読んでいた。
第2王子が「お邪魔するよ」と入ってきた。
「あ、こんにちは」
「今日は君一人か。」
「エリンじゃなくてすいませんね。」
「そういう意味じゃないよ。サーラとも会えて嬉しいよ。来月のパーティー、サーラはエスコート誰なの?エリンはいつもバートだよね。彼女は目立つな。」
「美人ですからね。仲良くなると性格が凄すぎて美人であることを忘れます。」
「彼女はバートと付き合ってるの?」
「本人に聞いてください。」
「バートはエリンが好きだけど、エリンは友達の態度だ。僕にもチャンスがないかな。」
「独り言はお一人でして下さい。パーティーに誘えばいいじゃないですか。」
「誘ったさ。断られた。バートと行くので、って。」
「へー」
「君とエリンだけだよ。僕にその態度。」
「興味がないからですね。」
「そうなんだ。エリンは僕に興味がない。」
王子が残念そうにため息をついた。
「エリンは家の借金を返す事が第一なんですよ。弟と妹さんの為に、頑張ってるんです。王子が、とかでは無く、色恋に興味がないんですよ。」
「そうなんだけどさー。聞いてくれよ。こんなこと初めてなんだ。エスコート役は断られたけどさ、ドレスを贈ったんだよ。先日。彼女はいつも同じドレスだろ?」
王子は王都でも有名な王家御用達の店、ヴィヴィアンで、エリンにドレスを誂えた。
リッチモンド伯爵家の御用達の店でエリンのサイズを聞き出し、調整出来るデザインにし、デザイナーにはエリンの姿を確認してもらい、エリンに似合うように誂えたのだ。
ドレスにカードを添えて。花束も添えて。リッチモンド伯爵家に贈った。
王家御用達の高級店ヴィヴィアンは鼻高々に「第2王子から、エリン・ローラン嬢に贈り物でございます」とリッチモンド家を訪れたのだ。
エリンと、エリンの祖母が応対した。
エリンの祖母は喜んだ。第2王子がエリンに贈り物をしてくれたのだ。
しかしエリンの一言でその場は凍りついた。
「お祖母様、これは売りつけ詐欺です。受け取ってはいけません。」
ヴィヴィアンの店員に、エリンは言った。
「いりません。お持ち帰り下さい。」
「なんと無礼な。第2王子からの贈り物です。詐欺などとんでもない。」
ヴィヴィアンの店員は予想と違う言われ様に怒りで震えた。
王子からドレスの贈り物。1流デザイナーがデザインし、超高級な布をふんだんに使い、当店一番のお針子数名で仕上げた自慢の品だ。
令嬢なら嬉しいはず。それを、詐欺と言い、いらないと言われるなんて。
「第2王子とは面識はございますが、高価な品をいただく関係ではありません。王子からだと言って、受け取らせて高額な請求書を送りつけるおつもりでしょう?お引取りください。い、り、ま、せ、ん!」
ヴィヴィアンの店員は激怒して帰った。
顛末を聞いた第2王子ベルンハルトは返却されたドレスの箱の前で、エリンへの花束とカードを手にして呆然だった。
隣で王太子の兄が笑っている。
「初めてドレスを贈って、返却された?振られたな!送りつけ詐欺って思われたって。なんだそれ?」
ベルンハルトは兄を睨むが無言でいるしかなかった。
ドレスは今もベルンハルトの部屋にある。
聞かされたサーラは、また「へー」と相づちを打っただけだった。
エリンらしいなあ。こじらせてるな、と。
ローラン子爵家で、エリンがアホと呼んてるエリンの父親が、そういう売りつけ詐欺にあって、高額な請求書が来たんだろうなー。
「君の興味のない、へー、にも慣れてきたよ。」
「直接行って、渡せば詐欺疑惑は生まれませんよ。」
「一応、王子だから。令嬢に直接ドレスを贈ったらマズイ。婚約かと思われる。」
「ふーん。その程度の気持ちなら、諦めたらどうです?バートの本気の方を応援します。
でも、受け取ってもらいたいだけなら、言い方を教えてあげますよ。」
「教えてくれ」
「あげたいだけ。受け取って欲しい。見返りは何もいらない。重要な言葉は、コレです。売っても良いから受け取って欲しい、です。」
王子の目が呆れた目になる。「なんだよ、それ。」
「わからないなら、王子はバートの敵にはなりえませんね。負けです。諦めてください。」
「俺の送ったドレスを着て欲しい。それで、俺と踊って欲しい。」
「気取らないで、それを言ったら良いと思います。その後に、売っても良いから、を忘れずに。」
「んー。頑張ってみるよ。ありがと。
そうだ、あの絵はバートがもらったそうじゃないか!俺も欲しかったのに。もう一度描いてよ。買い取る」
「エリンがバートにならって、あげたんです(売ったらしいけど)。
描くわけないでしょ。やらしい目で見るくせに。」
「やっぱり、二人は特別な仲だよなー。」
「そうだ、サーラ。俺の絵を売っただろ!聞いてビックリしたんだけど!」
「了解してませんでしたっけ?
量産して売りました。良い商売になりましたよ。ありがとうございました。」
「あちこちで俺の絵姿を持った令嬢がいて、買いました!って話しかけられた。サインしてくれ、とまて言う人いたし。」
「へー。人気があって良かったですね」
サーラの様子を見て、ベルンハルトはゲンナリした。「とにかく、もう俺を売るのはやめて」と頼んだ。
描いたのはサーラ。売ったのはエリン。取り分は半々。
サーラから王子の頼みを聞いて、エリンは残念そうに諦めた。
最後に、まだ手元にあった絵姿は売りさばいた。
数量限定になったおかげで、令嬢の中でさらに高値がついたそうだ。
1ヶ月後。
パーティーでエリンは王子のドレスを着た。
薄いブルーグレーのドレス。裾や胸元に白い花の刺繍が施されている。
エスコートはバート。一緒にに居るのもバート。一曲目はバートだが、2曲目は第2王子と踊った。
バートがエリンを王子に渡す時、
「エリンを一人にするなよ。俺んとこまて来て俺に返せよ。ここには野獣どもがいるからな。」
絶対だぞ、と言ってエリンの手を離して王子の手に置いた。
「わかったよ。」
バートは過保護だな、エリンが取られないか心配なんだな、くらいにベルンハルトは思っていた。
バートが王子と踊るエリンをどんな目で見ていたか、エリンは知らない。
一人になったバートは、数名の令嬢に話しかけられるはめになった。
バートは裕福な商会の後継ぎ。優秀で真面目、姿も顔もなかなか良い。エリンと仲が良いが、婚約者ではないらしい。嫁に行く先として上々だ。
サーラは家族と一緒にいた。
2曲目の後で王子とエリンはバルコニーに出た。
「約束通り、ドレスを着たし王子と踊りました。これで、このドレスは売っても良いですね?」
「ハハハ、好きにして良いよ。」
ちょっと悲しそうな王子。
「あの、申し訳ないのですが、すぐに絡まれるので、一人にしないで欲しいのです。バートかサーラの所までご一緒していただけませんか?」エリン。
「うん。でも、もう少し話したいな。エリンはパーティーにはほとんど出ないから。」
「私は子爵家ですから。王子が御出でになるパーティーには出れません。それに没落してるので、招待状が来ないのです。私もパーティーに出ると嫌な目に合うので、出たくないんです。」
「嫌な目に?こんなにキレイなのに?」
「王子にはおわかりにならないでしょう。いつもバートが居てくれるのは、私の為なんです。バートには感謝しています。」
「へー。バートが聞いたら喜ぶんじゃない?」
バルコニーに侍従が王子を呼びに来た。
「ベルンハルト様。陛下がお呼びでございます。」
「わかった。後で行く。」
「すぐに、とのことです。」
「なんだよ。仕方ないな。では、このご令嬢を友人の所まで案内する様に。令嬢を一人にするな。
じゃ、エリン、また学園で。今夜の君は本当にキレイだ。楽しかったよ。」
王子がエリンの手の甲にキスを落とした。
王子が去ると、侍従がエリンに言った。
「勘違いなさらぬ様に。借金子爵令嬢様。私は忙しいので、お一人でお友達の所へどうぞ。」
ふん、と侍従が軽蔑の目でエリンを見下し、居なくなった。
王宮の侍従は気位が高い。
一人になって、エリンはつぶやく。
「困ったな。バートを探して帰らなくちゃ」
そっとパーティー会場を覗き込む。ここにいると危険だ。目立っても人の居る場所に行ったほうが良いかな。
しかし、出る間も与えず、数名の男がバルコニーになだれ込んできた。
侯爵家や伯爵家の次男3男や従兄弟とかの爵位の無い男達。20代の評判の悪い集団だ。
「おい、借金令嬢。今日はやけにめかし込んでるな。」
ニヤニヤしてエリンの胸元を見ている。
「王子を誑かしたって評判になってるぞ。
もう王子が客とはなあ?いくら貰えたんだ?」
ローラン子爵家が没落し、莫大な借金がある事は有名だった。
しかし、なかなか破産しない。利子だけでも相当な金額のはずなのに。
子爵の子供たちが返済していると噂がたった。
長女が大金を仕送りしてるらしい。
どうせ破産後は娼婦だから、ってことらしいよ。
妙な悪意のある噂が広まり、下衆な男にエリンは絡まれるようになっていた。
「俺達も買ってやるよ」
エリンは黙っている。否定してもムダ。コイツラは噂を信じている。
ぶっ飛ばすには、ドレスが邪魔だ。
バルコニーから飛び降りるのは、高すぎるし、飛び移る木の枝もない。
困ったな。
「おい、休憩室へ行くぞ。」
一人がエリンの腕をつかもうとした。
エリンは避けて体当りし、バルコニーから走り出ようとした。
「逃がすな!」
男がエリンのドレスを掴み、エリンを引き寄せた。
「客を取っているんだろ?いくらだ?」
エリンの首筋に口付けした。
エリンが男の鳩尾に肘を入れた。男がうめく。首に手刀を入れて男を男達の方向に蹴った。
「この女、くそっ、取り押さえて連れて行こう。」
一人目は腹を蹴って逃れたが、二人目に髪を掴まれた。やはりドレスが動きを邪魔する。腕も掴まれた。
3人目が憤怒の形相でエリンに向かって来た。
まだ掴まれていない方の手で向かって来た男の顔を打つ。
男がうめいて鼻血を出した。
「コイツ!」
腕を掴んでいた男がエリンの頬をひっぱたいた。容赦ない力で。
平手打ちをまともに受けたエリンは頭がクラクラして目眩がする。
男二人がエリンを拘束した。
「気を失わせろ。連れて行くぞ。」
男がエリンの首に腕をまわし、エリンの首をしめた。
そこにバートが飛びこんできた。。エリンを掴んでいる男の腹を殴り、もう一人も蹴る。
あとから来た第2王子が「何をしている」と怒りの形相で男達に言った。
「この女が誘ってきたので、相手をしてやろうとしたらこの男が殴りかかってきたのです。美人局です。俺たちは被害者です。」
「なんだと!」
男が5人。手負いだ。
エリンの頬は腫れ上がり、口から血を流している。髪はグチャグチャ。掴まれた腕も赤くなっている。ドレスもあちこち引っ張られたらしく、飾りが取れている。
「令嬢に誘われた?どう見てもお前らが令嬢を襲ったようにしか見えない。衛兵を!こいつらを連れて行け」
男達が連行されて行った。
騒動があったらしいと会場でヒソヒソ話がされている。
王子がエリンに近づこうとして、バートが手で遮った。
「エリン、大丈夫か?」
「足首ひねったみたい。歩けないわ。
せっかくのドレスが。破れたし汚れたし。高く売れないなあ。」
エリンが、残念そうに言う。
バートがエリンに寄り添い、肩を貸す。二人でドレスをはたく。
「なんで冷静なんだ?襲われたんだろう?医務室へ行こう」王子。
バートが王子を睨んだ。
「エリンを一人にするなといったろうが!」怒気を隠しきれない。
「いいわよ。やっぱりパーティーはバートと出るわ。」
ほっとけ、どばかりにエリンが言う。そこに王子が居ないかのように。
「帰りましょ。バート、腕を腰に回してくれる?」
「歩けないんだろ。抱き上げて馬車まで行くよ。」
バートがエリンを抱き上げた。
「ん、ありがと。」エリンがバートの肩に顔を乗せた。安心して顔がほころんでいる。
王子が「待て」と言ったが、二人はバルコニーを出て行った。
王子が侍従に言った。
「お前は、何をしたんだ?いや、しなかったんだな?令嬢を一人にするな、友人の所まで連れて行け、と命令したはずだ。それとも、お前があの獣共を手引したのか?あいつらの仲間か?」
侍従は青い顔で「そのような事はございません。」
「しかし、実際にお前は俺の命じた事をしなかった。」
「あの令嬢が一人になりたいと申されたのです。」
「嘘を付くな。けして一人にしないで欲しいと、エリンからもバートからも言われていた。なのに、俺は」
王子が自分の手を握り込んだ
エリンはパーティーが嫌いと言っていた。嫌な目にあうから、と。
「名前を言え。お前は信用ならない。二度と顔を見せるな。」
その後、あの灌木に囲まれた場所にエリンとバート、サーラが現れることは無かった。
リッチモンド伯爵家に花束と謝罪のカードを王子は送ったが、「宛先違いのようです」というカードが添えられて戻って来た。
お読みいただきありがとうございました。読んでもらえてありがたいです。
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