記憶を戻して良いのでしょうか
女性たちがサーラを連れ、部屋を出た。
サーラか物言いたげな顔をしているのを、ベルンハルトは困った顔で見送った。
「女性に聞かせたくない話、ですか?殿下」
「はい、陛下。知ったばかりで私も動揺しました。
エリンは美しい人です。断られましたが、フェリシティーを産んだ後には側妃にと望みました。
姿を消したあと、彼女はプロンシアーナに捕らわれていたらしいのです。妙齢の美しい女性です。発見された時には男の姿を見れば嘔吐したそうです。記憶を失くす事は決めていたことですが、記憶を無くさせて欲しいと、本人が希望したそうです。
アリステア王妃の義妹に当たる方の懇願を王妃は聞き入れ、行方不明の間の事は、わからないままだと。
先日、プロンシアーナの王太子が、アリステア王妃に接触しました。
精霊姫の生母との想い出を大切にし、忘れない、と告げたそうです。
プロンシアーナ王、セインとエリンの間に何があったか。プロンシアーナの思惑がわからない。
しかし、エリンに辛い事を思い出させなくては、何もわからない。
私も、辛いです。
国のことを考えれば、エリンに思い出させねばならない。」ベルンハルト。
前王と王は黙って聞いていた。
美しい女性、男を見て嘔吐する、となると、行方不明の間に何があったか、想像がつく。
しばらく考えた後、王が言った。
「わかりました。私人としては、今は幸せに暮らしている女性に、辛い記憶を思い出させるなど、したくはない。
しかし、プロンシアーナが絡んできたなら、何があったのか、聞かなくては。その女性は何かを知っているのでしょう。」
「半年後、フランセーアに招待しよう。」前王。
ベルンハルトとサーラは王宮を後にした。帰宅の馬車でベルンハルトはサーラから問い詰められ、怒られた。
サーラは泣きながら、エリンに謝る言葉を何度もつぶやいた。
ベルンハルトはサーラにエリンの行方不明の話は伏せた。記憶を失わせた事について、知らなかったとはいえ、自分に絡んだ事なので罵倒は甘んじて受けた。
エリン一家がフランセーアに来るまで、すべき事をして、用意して整えた。
アリステアとの書簡を何度も往復させた。
その間。
プロンシアーナは約束通り、アリステアに国境警備の条約を取り交わすための使者を送ってきた。
数回のやり取りを重ね、平和条約が結ばれた。
お互いに戦争を仕掛けない事を10年間約束する条約だった。期限の切れる1年前に、また条約を結ぶとした。もしも小競り合いが起こった場合、速やかに使者を出し合い会談し、戦争にならないよう務める事。仕掛けたほうが賠償する事。
国境が落ち着いたら商人の行き来を少しずつ始める事。などだ。
アリステアとプロンシアーナはこれでひとまず、落ち着いた。
フェリシティーはいとこ等と仲良く交流していた。
特に女の子との茶会を楽しんでいた。シェリーやオルガ、ローズの友人らと仲良くなり、王都へ買い物に出かけたりしていた。
サーラも王妃ら王族の茶会に出かけ、友人を作った。ベルンハルトもだ。
これから、フランセーアで生きていく地盤を作った。
拝領した領地は、かつて慈悲王ナムールの生母一家を殺害したらしい王妃の実家、雷で滅んだ公爵家領地だった。広大で肥沃な領地だ。
ベルンハルトはトュリューグノフ公爵となった。
一方、遠く離れたアリステアのレイナルトの領地で。
レイナルトはやっと手に入れたエリンとの幸せな日々を送っていた。
レイナルトはクロフォード伯爵となっていた。
エリンがレイナルトの求婚を受け入れて結婚し、程なく、妊娠し跡取りの男児が産まれた。
エリンの産後の回復も良く、赤ん坊は可愛らしい。
男児はアシェルと名付けた。
その幸せの中に、義兄弟のローラン子爵アーサーが訪れた。
レイナルトとアーサーは懇意にしている。
アーサーは応接室に通され、茶を出された。
相対してソファに座る。
始めは近況とエリンの様子を話していたが、アーサーがレイナルトに人払いを頼んだ。
「書状を預かりました。厄介な内容です。しかも、断わる事は出来ません。」アーサー。
書状を読みつつ、レイナルトの顔から色が消える。手が震えていく。
「フランセーアからの招待状と、必ずフランセーアへ行くようにと、アリステア王からの書状ですね。」レイナルト。
「過去の日付でエリンと離婚したとするよう、書類を書けとあります。
エリンが失踪した間に、他の男と婚姻していたという書類を作る、と。
なんです?、これは!
エリンはずっと僕の妻でした。
居なくなった間も、記憶をなくしてからも、ずっと。」レイナルト。
「エリンが失踪した9年前、その後5年間の不在時の出来事で、色々と辻褄を合わせなくてはいけなくなったのでしょう。」アーサー。
「しかし、今は。」レイナルト。
「ええ。エリンと赤ん坊はまだ、遠出は無理です。
書状にある通り、過去の日付で書いてください。
すぐ婚姻の書類も書けば、気が楽ですよ。」アーサー。
「アーサー殿、この書状について知っているのですね?なんです?これは。こんな事に協力しろとは。
僕はエリンとアシェルを守りたい。お叱りを受けようと、フランセーアには行きません!
体調が悪いとお伝え下さい。」レイナルト。
ため息をついて、アーサーか語り始めた。
エリンがベルンハルトの側に上がり、女の子を産んだ話で、レイナルトはこぶしをにぎりしめ、震えた。
覚悟はしていた。しかし、実際の話として聞くと辛い。
そして拉致された話では真っ青になった。
エリンが忘却薬を欲したと聞いて涙がこぼれた。
エリンが辛い時に、守る事もそばにいる事も出来なかった。
アーサーが話を続けた。
精霊の泉の万能薬で記憶を戻せる可能性が高い。そのためなフランセーアに招待された、と。
アーサーが語り終えると、レイナルトはテーブルに拳を叩きつけた。
「記憶は戻さないでくれ!今エリンは幸せにしてる!思い出さなくていい!エリンをなんだと思ってるんだ!記憶を消したり戻そうとしたり。勝手すぎる!」
「落ち着いて下さい。気持ちはわかります。私にとっても大切な姉です。無礼な話です。忘れたままが幸せです。
けれど、プロンシアーナが絡み、アリステアだけでなくフランセーアもエリンの記憶を欲しています。」
「エリンとアシェルを連れて」レイナルトが動揺している。
「何処へいくと?」アーサー。
「海を渡れば」
「フランセーアの要請があれば、探されて引き渡されますよ。エリンは目立つ。あなたもです。
落ち着いて下さい。私はレイナルト殿の味方です。」
アーサーがレイナルトの横に来て座った。
「フランセーアもアリステアも、エリンを害そうなど
考えていません。」
「しかし、思い出した後、エリンが苦しむなら」
「その時は、あなたがエリンを支えるのです。今のエリンはあなたを夫とし、アシェルの母です。
ベルンハルト殿下に側妃にと望まれたが、エリンは断ったのです。自信を持って、エリンを支えてください。」
アーサーがレイナルトをはげました。
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