一話:始まり
「おい、晶斗!一緒に帰ろうぜ!」
「分かったよ…いちいち大声出すな…」
放課後、友人である陽羅 清正が授業が終わった直後、
隣から大声でそう話しかけてきた。
「今日は何して遊ぶよ!?剣術訓練か!?組手か!?」
「遊ぼうって誘うならもっとマシな意見出してくれ…水切りでいいだろ?」
「水切りじゃ晶斗に勝てないから嫌だ!もっと公平なのにしよう!」
「僕もチャンバラとか組手だと勝率悪いし、痛いから嫌なんだけど…」
清正は頭がキレるのに、武術戦でも『能力』戦でもめっぽう強いからな…。
僕が清正に勝てるのは裁縫と水切りくらいだ。
「じゃあ僕は『能力』を使わないから。それなら水切りでもいいか?」
「おお!晶斗が『能力』を使わないのなら俺にも勝機があるな!その話乗った!」
僕が『能力』を使わなければ水切りに勝てるとお思いらしい。甘いぜ。
―三十分後―
「なぜだ…!なぜ勝てないんだ…!?」
「二歳の頃から十三年間磨き続けた僕の腕とMY石を舐めるなよ」
「その石十三年も使っているのか!?俺の愛刀でも五年だぞ!?」
「愛情が違うのだよ、愛情が。」
「まぁ、オマエの『能力』なら石に対する愛情も分かるけど…
ずっと同じ石を使っていて欠けたりしないのか?」
「それが不思議と欠けないんだよ、なんでだろうね?」
僕、石原 晶斗は裁縫と水切りが得意なただのしがない十五歳だ。
学力や武術は大体中の中くらいの実力だが、
裁縫と水切りでは校内トップレベルの実力を持っていると言っても過言ではないだろう。
僕の『能力』は『自分を中心とした一定範囲内の〔石〕の操作』だ。
10歳の頃まではMY石しか動かせなかったんだけど、
あることがキッカケで周辺に落ちている石を複数個同時に動かせるようになった。
ちなみにこのMY石は僕が物心つく前に、どこから拾ってきたのか持っていたらしい。
それをずっと相棒にしているんだけど…。
「水切りに使った後、その石の場所がわかるなんて…やっぱり『能力』使ってるんじゃないのか?」
「いや、本当に使ってないんだ…でもどこにあるのか吸い寄せられるようにわかる。
まぁ、考えても分からなかったからあきらめたけどね。」
「ふーん…お、家着いたぜ!ただいまー!」
「相変わらず元気だねぇ…清正は。おかえり。」
帰るなり出迎えてくれたのが、紅 治子さん。
ここ、紅孤児院の創設者であり、僕たちの母親ともいえる存在だ。
「ちゃんと手を洗うんだよ。晶斗も、おかえり。」
「うん、ただいま。何か手伝えることがあったら言ってよ。」
「そうだねぇ…。薪割りは清正にお願いするから、
晶斗は洗濯物の取り込みと下の子たちの服が破けてたら直してあげてちょうだい。」
「あ…うん、わかった。たまには薪割り任せてくれてもいいよ…?」
「ふふ…もうちょっと力がついたら晶斗にも任せようかねぇ。」
「晶斗!!俺薪割りしてくるから洗濯物の取り込みよろしく!じゃ!」
「分かったから…こんな近距離で大声出すな…ってもういないし…。」
お前の『能力』は『脚力の強化』とか『瞬間移動』とかじゃないだろ…。
「ふふ…さて、私は晩ご飯でも作ろうかね。」
みんな各々自分の仕事をするようだ。…仕方ない、僕も洗濯物取り込むか…。
洗濯物を取り込んでいると、玄関の扉をノックする音が聞こえた。
…みんな仕事中だしな、僕が行くとしよう。
「はい、どちら様でござっ…あぁ、音緒か。今日も何か持って来てくれたのか?」
「こんにちは、晶斗。正解、今日は野菜を少しね。」
「毎度悪いな。中に入って、母さんがいるから。」
「ありがと。…清正は?」
「あ~…ごめん、今日も薪割りに出ていっちゃって…。変わりたいって頼んだんだけど…。」
「あーいいよいいよ!謝らないで!私がもっと早く来ればよかったね…。」
「でもあと一時間くらいで帰ってくるからそれまで待っててもいいぞ?」
「ううん、今日は少しだけ治子さんに話すことがあったから来たんだ。
それだけ伝えたらすぐ帰るつもり。晶斗にも知っててほしいから来てほしいな。」
「分かった、洗濯物入れ終わったらすぐ行くよ。」
一度話を打ち切り、音緒と玄関で別れた。
そのとき見た音緒の顔はいつものホワホワした雰囲気はなく、少し強張っていた―――
洗濯物をすべて取り込んだ後、家の中に入ると二人は食卓で話していた。
今母さんと話している、鉄 音緒は俺や清正と同じ十五歳だ。
家が近所だからか、よく食べ物や服を持って来てくれる。
…まぁ、違う理由もあるだろうけど。
「お、来たね晶斗。さ、座って。」
「あぁ。で、話っていうのは?」
僕が座って問いかけると、音緒はゆっくり話し出した。
「…実はね、昨日のお昼14時38分…カチア水国が滅んだらしいんだ。」
「………は?」
僕は一瞬、音緒が何を言っているのか理解できなかった。
この世界には、カチア水国・真ノロア国・そして僕たちが暮らしているリンジオ王国の三国がある。
その中でもカチア水国は、大きな湖の上にある巨大な国でありながら、
国民全員が周囲に影響を与える『他恩系能力』を持っているため、
難攻不落の最強の国と言われていた。
「…その話は本当なのかい?私も何度かカチア遠征について行ったけど、
敵国上陸前に味方船が六割ほど沈められたほど…。そう簡単に滅ぶとは思えない…。」
「うん…私も信じられなかった。でも確かな情報だよ。」
「カチア水国のことは学校でも習った…神の護国って呼ばれてるくらい強いんでしょ?」
「そうだね。そんな国が滅んだら周りの国はどうすると思う?」
「…その土地を是が非でも狙うだろうね。」
「うん。そしてそれが指し示す未来は…。」
「15年ぶりの戦争、か…。嫌なものだねぇ…。つまり音緒の今回の話っていうのは…。」
「今日話すことは二つ。一つはカチアから逃げてきた人たちが来るかもしれない。警戒すること。」
僕たちの家はカチア水国から離れている。
こっちまで来ることはないと思うけど…一応気をつけろってことか。
「そしてもう一つ、これは一つ目の続きなんだけど…。」
「徴兵が始まるらしい。」
―前日 カチア水国―
そこは美しい水の都、だった場所。
今となっては湖は赤く染まり、陸からは数えきれないほどの黒煙が立ち上っている。
見渡す限り屍の山、その中に少年の影一つ・青年の影一つ。
「…この程度か。」
王宮にいた護衛兵はザっと千二百人か…。
増援が来る前にさっさと玉座の間に行くとしよう。
「ククッ。さすがですねェ、旦那ァ。
まさか神の護国と言われた国がたった一人にここまでされるとは。
どういう風に歴史に刻まれるのか楽しみです、ククッ。」
「…ここが玉座の間の入り口か。」
「あ、ちょっと待ってくださいよ旦那ァ。」
扉を開くと中には貫禄のある男が一人、金の装飾が施された椅子に座っていた。
「…まさかこのカチアがたった二人にここまでされるとはな。」
「ワタシは何もしてないので実際には一人ですけどねェ、ククッ。」
「…念のため聞く。君がこの国の王か?」
「心配しなくていい。俺がカチアの現王、ライセルト四世だ。」
「あらら、アナタはバカですかァ?違うって言ったら見逃してもらえたかもしれないのにィ。」
「我が国の者たちが貴様らに抗って死んでいったのに、俺だけが逃げるわけないだろう。」
ライセルトは立ちながら閉じていた眼を開き、目を細めて二人を見下ろす。
この威圧感、最強の国の王という肩書は伊達じゃないようだね。
「それに俺は貴様らに敗けるつもりは毛頭ない。」
「へェ~そいつァ、すごい自信ですねェ。ククッ。」
「…ボクも敗けられないんだ。悪いけどこの国は今日限りで消えてもらう。」
「なぜ貴様はこの国を滅ぼしたい?傭兵…にしては見たことない顔だ。」
「…理由はいくつもあるけど…一番大きな理由は『他恩系能力者』しかいないと公言しておきながら、
生まれてきた『自恩系能力者』を奴隷のように地下で働かせてたことかな。」
「…ほぉ。我が国最大の極秘情報まで知っているとは。恐れ入ったよ。」
国が滅ぶ寸前でも眉一つ動かさなかったのに、この一言でここまで動揺するとは…。
これがこの国の禁忌のようだね。
「それを知っている以上、なおさら生きて返すわけにはいかなくなったな。」
「…別に話して回るつもりはないから気にしないでいいよ。」
「それを信用できるほど俺は〔良い人〕ではないんでな。終わりだ。」
ライセルトが話し終わった瞬間、軽い地響きの後、大きな波の音が聞こえ始めた。
「これは…。」
「俺の『能力』は水の操作、範囲はこの国の領土内すべてだ。」
「クククッ!旦那ァ、全方位から津波が押し寄せてきますよォ!ヤバいですねェ!」
「津波がここに到達するまであと五秒ほどか、それまでに自分の行動の愚かさを悔いるん―――
パンッ!
―――それは一瞬だった。
ライセルトは一切の油断をしていなかった。
しかし気づいたときにはライセルトの目の前にソレがいた。
ソレに触れられた瞬間、ライセルトの体は弾けて霧のように消えた。
「…二秒もあれば十分だよ、君なんて。」
「さっすが旦那ァ。じゃ、津波の方もお願いしますよ、ククッ。」
「…もう手は打ったよ。この玉座、金ばかり使われてたから利用させてもらった。」
「おォ!津波を受けてもビクともしませんねェ、クククッ!さすがですよォ旦那ァ!」
…これでカチア水国は滅んだ。恐らく近いうちに残った二国がこの土地を狙って争い始めるはず。
そうすればボクの計画は完璧なスタートを切るだろう…。