九話:卒業
真ノロア国とカチア水国の国境境・カチア大湖にて、少年と青年が座っている。
その周りは赤く染まり、地獄絵図と化していた。
「いいんですかァ?こんな目立つことして。」
「…君が妨害しろって言わなかった?」
「姿を見せる必要はないと思いますよォ?逃げられたらバレますし。」
「まぁ、逃がすつもりはないから。」
「○○○には逃げられましたけどねェ、ククッ!」
「…死にたい?」
「今ワタシを殺したら困るのはアナタですよォ?」
「…あんまり饒舌なのは好きじゃないんだ、黙っててくれ。」
「とは言ってもこれがワタシの性分ですからねェ。退屈なのは嫌いでして。」
「じゃ、一人で喋ってなよ…はぁ、また来たか。」
「援軍ですかね。頑張ってください、旦那ァ。」
正面から武装した軍隊がすごい勢いで向かってくる。
総勢百人ほどか…。
腕の刺繍からして、真ノロア国で間違いない。
「懲りないな、君たちも。
ここを通るのを諦めれば、これ以上戦力は減らないのに。」
「一ヵ月前にリンジオの第二寮に送ったヤツ、使った方が楽じゃないですかァ?」
「アレにこの数を始末出来るとは思えないし…いいよ。」
「未完成とはいえ、第二寮を全滅寸前まで追い込んだ怪物ですよォ?」
「大半は子供だったしね。
○○○の子も仕留めてなかったし、
ボロボロになって帰ってきたからね。
まだ調整がいるよ。」
「ククッ、やはり目的はそれでしたか。」
「不安の芽は摘まないとね。…よっと。」
少年が地面に手を触れた瞬間、真ノロア国の兵士たちの足元が消えた。
「…は!?落とし穴!?うわああああぁぁぁ…―――」
「深さは百メートル程にしたから、君たち『自恩系』でもただじゃすまない――っと。」
穴の中から急に矢が数本飛んできた。
さすが鍛えられた兵士、ただでは死なないか…ん?
「…今回で決着をつけるつもりらしいね。『翼を生やす能力』が…十五人か。」
しかも何人か救助してるな…まだ四十人は残ってそうだ。
「空は僕の管轄外なんだ…勘弁してくれよ。」
「お手伝いしましょうかァ?」
「君の『能力』は戦闘用ですら無いでしょ…。」
「えェ、ですからサポートをしますよォ?」
「…いや、いいよ。さっき抉った地面を利用して全員撃ち落とす。」
イメージは…ボウガンとかでいいか。
とりあえず十台ほど作っておこう。
「なんだアイツ!?どこから武器取り出しやがった!?」
「構うな!攻撃される前に潰せっ、相手はガキ二人だ!」
「ワタシを数に入れないでほしいですねェ。」
「敵視されたくなかったら下がってて。」
「仰せの通りに、ククッ。」
…さて、面倒だけど…やりますか。
―リンジオ王国にて―
第二寮襲撃事件から三カ月半が経過した。
今日をもって僕たち第一期生は、訓練兵ではなくなる。
なぜなら今日は卒業式、いや昇格式だからだ。
今思えば辛い一年だったけど、亡くなった仲野教官方のためにも頑張らなきゃ…!
「やぁ、石原。卒業おめでとう。」
「土乃上教官!ありがとうございます。」
「一年よく頑張ったね。きつかったろう、色々と。」
「…まぁ、そのおかげで沢山のことが学べましたから。」
「ハハ、今日ぐらい愚痴言ってもいいんだよ?」
「いえ、本当に感謝しています。」
僕たちが第零寮に入ってから、土乃上少佐と能見少佐が面倒を見てくれた。
第零寮に元から居た生徒は授業内容が違うみたいで、
僕たちがこのお二方を独占しているような状態だった。
前線からわざわざ戻ってきて頂いたみたいなのに、申し訳ない…。
そういえば清正と音緒は第零寮だな、二人とも元気かなぁ…。
「じゃ、俺は行くよ。君も早めに大ホールに来なよ?」
「はい。…あの教官一つ質問してもよろしいでしょうか?」
「ん、どした?」
「陽羅 清正と鉄 音緒についてなにかご存じではないですか?
ここの訓練兵なんですけど…。」
「ん?あ~知ってるよ。二人ともかなりの成績って有名だよ。」
「そうですか!ありがとうございます。」
「いいけど…知り合い?」
「はい、幼馴染というか親友というか…。」
「そうなの?ま、その二人も今日卒業だから残りの半月ゆっくり話すといいよ。」
「はい。すみません、ありがとうございました。」
「うん、じゃね!」
よかった…第零寮は襲撃受けなかったのかな?
なんにせよ、昇格式が終わったらさっさと帰って沢山話しよう。
「今日を以て君たち旧第二寮生は、この訓練学校を卒業した。
四月から諸君には上等兵として戦場に赴いてもらう。
残り半月の休暇、存分に休み英気を養ってくれたまえ。」
「伊吹少将に敬礼ッ!」
「ありがとうございました!」
さて、帰るかな。
寮は中心街を挟んで家の真逆にあるからなぁ…一時間はかかりそうだ。
「お、石原~。帰りか?」
「苗植に大沖、そうだよ。君らも?」
「…そう。…守谷は一緒じゃない?」
「うん、そういえば式が終わってから会ってないな。」
「守谷はお前にベッタリだったから意外だな。」
「その言い方にはやめてほしいな…。」
「…守谷が聞いたら怒る。…苗植ドンマイ。」
「本人は聞いてないからいいだろうが。」
「…俺、報告する。…苗植、守谷に怒られる。」
「やめろよ!?」
「あははっ。やってやれ、大沖。」
「…当然。…どんなことにも裁きは必要。」
「何が何でも阻止してやるっ!」
「じゃあ、僕は帰るよ。また半月後にね。」
「あぁ、またな。」
「…次会うのは戦場。…苗植以外。」
「最後なんつった…?」
まぁ、守谷はあの顔だからそういうことを言われると意外と起こる。
…さっきのは苗植が悪いからね。仕方ない、うん。
中心街を通り、家までの一本道に差し掛かろうとした時だ。
黒服黒髪の男に声をかけられた。
「あぁっと、すみません、少しお時間よろしいでしょうかァ?」
あれ、これなんて言うんだっけ?デジャヴ?
「はい?何でしょうか…ってまたあなたですか…。」
「ン~?あァ、アナタですか。いつぶりかですねェ。」
一年ほど前だったか、学校の登校中にあったチャラそうなお兄さんだ。
確か中心街の相当いいとこに住んでる…。
「えっと…また迷子ですか?」
「開口一番ソレですか。失礼ですねェ、アナタ。」
「そうですね、すみません…。で、どうされました?」
「道をお訪ねしたいんですがねェ。」
こ、こいつ…清正とは違ったメンドくささだ。
いや、なんなら清正超えてるよ…。
「…前も言いましたけど、僕はこの辺りあんまり詳しくないですよ?」
「劇場の場所はご存じありませんかァ?」
「あ、劇場なら分かります。あの時計がついてる塔ですよ。」
「あァ、アレですか。ありがとうございます。」
「今日何かあるんですか?」
「えェ、どこかの独裁者の劇をするらしいですよォ。
独裁の度が過ぎて味方に裏切られたとか、
『賽をぶん投げちゃった』って名言を残したとか。」
あぁ、あの人か。僕らも学校で習ったなぁ。
名言のところ、なんとなく違和感感じたけど…。
「じゃぁ、僕は帰ります。さようなら。」
「あ~、ちょっと待ってくださいねェ。」
帰ろうとしたら肩を掴まれた。
…まだ何かあるのか?
「…なんでしょう?」
「突然こんなことを言われても困るかもしれませんが、
ワタシの『能力』は『他者の生涯を観る』ですゥ。
生まれてから死ぬまでの未来をねェ。」
…唐突に何のカミングアウトだ?
それで何かしらの助言を僕にしてくれるのか?
「前回お会いした時にアナタの生涯を観せてもらいましたァ。
その時は黙っていましたが、時間がないので手短に話しますねェ。」
勝手に人の生涯観てんじゃないよ…。
「この半月の間に子を作りなさい。
でなければ後悔することになりますよォ。」
…は?急に何言ってんだ、この人。
なんで僕が子供を…ん?子…生涯…っ!?
「では、確かに伝えましたよォ。」
「待ってください!一つ聞きたいことがあるんです!」
「えェ、ちゃんと観えてましたよォ。
ですがお答えすることは出来ませんねェ。」
「え、何でですかっ!?」
「ワタシの『能力』で観れるのは対象者の視点からですからァ。
ワタシはアナタの視点から観測しましたので、正直に言うと分からないんですよォ。」
は!?どういう事だ!?なんで分からないんだ!?
「今アナタが考えているであろう疑問に答えましょうかァ?
まずアナタが覚えてないという時点で誰か分かりません。
仮にすれ違ったことがあっても、その人がそうだ、と断定出来ませんからねェ。
そして赤子から見える世界は我々とは異なりますゥ。
ボヤけて見えるもんですから、ハッキリしないんですよねェ。」
そうか…生死どころか顔も分からないのか…。
「…そうですか、ありがとうございました。」
「お力になれずすみませんねェ。」
…全くすまないと思ってなさそうだな。
まぁ、この人は悪くないんだけどさ。
「では確かにお伝えしましたのでェ、今度こそサヨウナラ。ククッ。」
「…はい、さようなら。」
それもそうか…。
そう簡単に分かるとも会えるとも思ってない。
でも…せめて死ぬ前に一度でも会いたい。
僕の―――両親に。