八話:犠牲
怪物に切られた…。
泣き別れになった俺の下半身が力なく地面に倒れた。
俺はというと、なぜか背中の鎌に捕まった。
「っゴホ!勘弁してくれよ…まだやる気か?」
血がドクドクと溢れては地に落ちる。
途端に眠くなってきた…くそ、こんなところで…死にたくない。
その意思を汲み取ったのか、怪物が俺の飛び出た内臓を食べ始める。
「ああぁあー!!痛ぃ、やめろぉお!!」
しかしこいつは容赦なく俺を食べ続ける。
死の淵に立った時、すぐに死ねる者と、死ねず苦しむ者がいると聞いたことがある。
…俺は後者なのか。
「あああぁぁあぁっぁぁぁぁ…―――」
俺の叫ぶ力がなくなったタイミングで、飽きたのか怪物は俺を捕まえたまま歩き始めた。
まずい、そっちには大ホールがっ…。
「…ぉまれ、止まれぇ…。」
辛うじて言葉は出たが、怪物は歩みを止めない。
食堂の扉を破壊し、大ホールへまっすぐ向かう。
…こいつを生徒たちに合わせるわけにはいかない。
とっさに俺は大ホールの中めがけて、できるだけ大きな音を三発鳴らした。
大ホールには教官が何人かいるはず。
頼むから…生徒たちと一緒に逃げてくれ。
…だが俺の望みも空しく、最悪の状況となる。
怪物が大ホールの扉を破壊すると、そこには第二寮の生徒と教官ほぼ全員が揃っていた。
「…え?」
一番手前にいた生徒がこちらを見て絶句する。
それを聞いた生徒が一斉にこちらを向き、瞬く間に大きな悲鳴となった。
しかしこの怪物は気にもせず、手前にいた生徒から順に殺していく。
「うわぁぁあぁあぁあぁぁ!」
「逃げろぉお!」
「っ!痛い痛い!はな―――
グチャ!
「…ゃめてくれ…。」
次々と生徒たちが殺されていく。
なんとかこいつの情報だけでも…。
と、そのとき大ホールの寮に接している方の扉が開いた。
あいつらは…第十四班か?
開いた扉から我先にと生徒たちが逃げようとする。
しかし怪物は一人でも多く殺すつもりなのか腕を鎖鎌に変形させ、逃げる生徒に振るう。
生徒数名の首が飛び、血が先頭の守谷の顔にかかる。
一瞬何が起きたのかわからなかったんだろう。
しかし状況を把握した第十四班も逃げ始める。
くそっ、なんとかこいつの情報を…!
と、そのとき石原がこっちを見た。
「っふ、石原か…。お前なら大丈夫だ、後は…頼むぞっ!」
俺は最後の力を振り絞って『能力』を発動した。
怪物に捕まってる人を見て、僕は思わず叫んだ。
「っ仲野教官!」
腹部から下が…あれじゃ、もうっ…!
「室長、早く!」
守谷に急かされる。
分かってる、これ以上犠牲者を出すわけにはいかない…でも。
最後にもう一度教官の方を見ると、震えている手をこちらに向けていた。
…と、耳のそばから急に音が聞こえた。
「うわぁ!?」
最初は怪物の攻撃かと思ったけど、これは…教官の『能力』だ!
耳を澄ませるとそれは声のようにはっきりと聞こえた。
「っ!?そんな…。」
音が聞こえなくなると、教官はこちらに微笑み…数秒後、全身がガクンと脱力した。
「…っ仲野教官、今までありがとうございました!」
最後に教官に敬礼し、仲間と一緒に走った。
―後日 第零寮にて―
…そこからのことはよく覚えていない。
守谷に手を引かれ、泣きながら大零寮まで走ったことだけは覚えている。
僕らは第零寮で保護された。
大零寮にたどり着けたのは、訓練兵二十八名の七つの班だけだった。
残りの訓練兵・教官・職員は全員…無残な遺体で発見された。
行方不明者数と遺体の数が一致したようで、亡くなった方々は全員弔われるようだ。
そして昨日の怪物は…消息不明のまま、未だ現れる気配はない。
危険な存在のため野放しにしたくないが、
足跡が道中で途切れているため追跡できないそうだ。
怪物はリンジオ王国では、K93866と呼ばれるそうだ。
そして…。
「じゃあ君は響くんからそのように伝言を預かったんだね?」
「…はい。『能力』で、ですけど…そうおっしゃってました。」
「そうか…まぁ、考えられない話ではないな。分かった、上に報告しておく。」
「お願いします…。」
僕たちは昨日の出来事について、軍のお偉いさんから事情聴取を受けた。
その際、仲野教官の伝言を土乃上 知一少佐に伝えた。
「でも…そうか。響くんが…なんで。」
「あの…仲野教官とお知り合いなんですか?」
「ん?…あぁ、同じ寮の同期だったんだよ。
仲野 響元少佐、彼は『能力』の使い方が上手だったから色々教わったんだ。」
「そう…ですよね、僕も好きでした。面白くてカッコよくて。」
「うん。…惜しい人を失ってしまった。」
そう、今回の騒動であまりにも多くの人を失った。
その人たちのためにも僕らは、リンジオ王国はたどり着かなければならない。
カチア水国の研究室へ。