第2話「異世界」
そよぐ風、柔らかな陽射し、空は雲一つないコバルトブルーだ。
その眩しいまでに晴れ渡った空中を小鳥たちが踊るように舞っていた。
ここはどこだろう。
遙たちの住む地球によく似た場所だ。
大地は草や樹、色とりどりの花々で埋め尽くされ、その花の様々な香りでむせかえるほどだ。
風が吹くたびに樹々が揺れ、木の葉が舞い、花びらが踊る。虫たちも大喜びで花から花へと飛び移っている。
と、よく見ると虫だと思っていたその小さな生き物はどうもそうではないようだ。
可愛らしい小さな顔に端正な目や鼻、口がちょこんとついて、頭にはフワフワの綿毛のような髪の毛がのせられている。
身体は銀色のピッチリしたレオタードのようなものに身を包み、小柄ながらとてもナイスボディだ。
そして何といってもその背中に、かげろうのような透明な小さな羽がついている姿は、まるでお伽話の妖精そっくりであることは言うまでもない。
よくよく見渡してみれば、そんな妖精がそこかしこに我が物顔で飛び回っていた。
そんな妖精たちが遊び興じている花々の中に、一人の女性が座っていた。
裾の広がった、雪のように真っ白なサテンの生地のイヴニングドレスを身につけ、妖精たちと戯れている彼女は、絶世の美女と言っても過言ではないくらいに美しい人だった。
きりっと横に流れる薄い眉毛、すっと整った鼻梁、厚くもなく薄くもない唇に、そこからチラチラと覗く完璧な形の歯。
首筋は、折れそうなくらいほっそりしていて、大きく開いた胸元からは美人の代名詞とまで言われる、見事なまでに左右対称な胸骨が見えていた。
全体的にか細いので印象が儚げに見える。自分の周りを飛んでいる妖精に優しく伸ばす腕や手も折れそうなくらいだ。
座っているのでわからないが、多分足も随分と細いに違いない。
が、ここまではたとえ美女といっても二人といないわけではない。
というのも彼女は普通の美女とは大いに異なった所があった。彼女はどう見てもただの人間には見えなかった。
彼女の長く伸ばしたストレートな髪は、太陽の光に反射して輝く見事な銀色なのだが、なんとノースリーブのドレスから伸びている腕も、髪の色ほどまばゆいわけではないが、銀色に光輝いているではないか。
しかも肌だけではない。その大きく開かれた円らな瞳も白目も全部が銀色なのだ。
それこそまさしくここは地球のある世界とは別の世界だという証拠でもあった。
そう、彼女は銀の種族の長の娘、その名をサーラと言う。
この世界は第五レベル世界といい、数多くあると言われている宇宙の中でも古の時代から存在する、いわば長老的な宇宙であった。
一つの宇宙には数えきれないほどの銀河や星雲、そして更に沢山の星々が実存する。そういった宇宙というものは実は人間たちと同じ一つの生命体なのだ。
そして、その宇宙に現存する銀河や恒星、人間以外の生物たちは宇宙という生命体の体内に巣くう細菌、あるいは身体を維持する臓器類のようなものなのである。
そして、その巨大な生命体を管理する神のような存在である者たちがいる。
管理する者たちを、コスモス・アドミニスターといい、その彼らの兄弟たちが世界に散らばる人間たちなのだ。
銀のサーラの世界はスペース・マクルトという。
マクルトのアドミニスターは、いつの頃からか金と銀の種族が仲違いをしてしまい、お互い分かれて生きることとなってしまった。
一応、互いの領域を侵犯しないという協定を結び、人間時間にして一千年に一度、両種間の談合を開くことにした。会談の場所となるのが、その宇宙の中心に位置する惑星上になっていた。
その中心の惑星がイエソドという───
悠久の太古、地球の属する世界等がまだ芽生えもしない遙かな昔。
全ての生命の源である創造主が、混沌の中から無数の生命を造りだした。
その造りだした生命体の中に、金色の身体に銀色の目を持つ者と、銀色の身体に金色の目を持つ者がいた。
二人は出逢い、愛し合うようになった。
そして彼らは次々と自分たちの子供を世に送りだす。
子供たちはなぜか、全て金色か銀色の単色であった。
そしてある時、彼らの中のあるカップルから遂に宇宙が誕生した。スペース・マクルトである。
それが始まりであった。
マクルトの母である銀の女性と父である金の男性は、自分たちの子供である宇宙の管理をすべく、世界のアドミニスターとなった。
そしてその他の兄弟たちは全て、有限を生きる人間として世界に散らばっていったのである。
サーラの周りを可愛らしい妖精たちが喜々として飛び回っている。彼らは様々な可憐な花びらをサーラの頭上から撒き散らし、彼女の関心を引こうとしていた。
美しいものが大好きな妖精たちだったので彼らは銀のサーラも大好きだった。
だが、彼らが彼女を好きになるのはそれだけではなかったのだ。
どんなにひねくれた心の持ち主でもサーラの微笑みを目の当たりにして、彼女を否定できる存在はない。それほど彼女は他人とは違う選ばれた存在だったからだ。
サーラは創造主に愛された者の一人なのである。よって彼女は、この世界にとって特別な存在なのだった。
サーラは微笑みを浮かべている。
この世には何一つ不幸はないのだ、といった特別な笑顔で───
その彼女の顔は、前方の茂みに向けられていた。
その瞬間───
茂みが割れ、勢い良く何者かが飛び出してきた。
「あ……」
それは一人の若者だった。彼女に負けないくらいに見目麗しい、全身金色の青年だった。
燃えるような黄金色の髪、肌はうっすらとした色だが、切れ長の目はサーラに驚いたらしく大きく見開かれてキラキラと眩しいくらいに濃く黄金に輝いている。整った鼻筋、薄い唇は、今は驚いたように半ば開かれている。
「君は……誰?」
彼はやっとのことで声をかけた。目は彼女に釘付けである。
「サーラ、銀のサーラよ。あなたは?」
彼女も青年を見つめている。その目は、まるで珍しいものでも見ているかのように、好奇心に輝いていた。
「私はリカール、金のリカールだ」
黄金の青年は、唇のはしをほんの少し歪ませた。
声は心なしか誇らしげに聞こえる。
二人は吸い寄せられるように近づいていった。互いに触れ合えるほどに───見つめ合う彼ら。
金と銀の運命の出逢いである。
今回の会合は、次代をになう若い長の紹介を重点に進められることとなっていた。
銀の種族の長の娘であるサーラがそうである。そして、金の種族の長の息子であるリカールが、その金の種族の次の長になることが決まっていた。
会合は短い期間しか開催されない。
ほとんどが御定まりになっていて、今ではいったい何のために開かれているのかわからない状態になっていた。
もとは同じ種族であるのに、スペース・マクルトの世界のアドミニスター達は非常に仲が悪かった。
二つに分かれてからあまりに長く隔たりがあったがために、いったいいつの頃から亀裂が入っていったのか、今ではもう誰も覚えている者はいなかったのである。
金の種族の者たちは好戦的で、銀の種族はその反対で穏和だった。そういう所から見てもこの二つの種族は相容れないのかもしれない。
それは、一人の人間の性格が二つに分かれてしまったようなもので、お互いが相手を理解できないのだろう。
このままいけば、いつまでも平行線のままに違いない。
金のリカールはサーラの目の前に立ち、彼女に見惚れていた。
リカールは自分の容姿には自信を持っていたし、彼の種族のシンボルである金色はこの世で一番だと自負していた。
しかし、たった今、彼は宗旨変えすることにした。
(なんて優しく微笑むのだろう───)
リカールは、自分の心が穏やかになっていくのを不思議な気持ちで感じていた。
今まで、このような気持ちを感じたことがあっただろうか───
「素敵な色だね。触ってもいいかい?」
リカールは彼女の髪に手を伸ばした。
サーラは物おじしない様子でこくりと頷いた。
リカールの細くて長い指が、銀の滝のようなサーラの髪をすく。
それをジッと見つめるサーラ。
ひとしきりそうやってから、彼はその手を彼女の頬に持ってきた。
サーラの頬が引きつったように、ピクリと動いた。
リカールは手を引いた。
「ごめん、嫌だった?」
「ううん、そうじゃないの。男の人に触れられるの、初めてだから。ちょっとびっくりしただけ」
リカールは、もう一度正面から彼女を眺めた。しげしげと見つめる。
「銀色がこんなに美しいものだとは思わなかった」
「あら、あなたの金色もとっても素敵よ。私は昔から金色が大好きだったわ」
彼を潤んだ瞳で見つめた。サーラはうっとりしている。
二人はわかっているのだろうか、恋する若者の目には、この世のなか全てが美しく映ることを。
大昔から全ての世界で男と女がいて、互いに惹かれ合う。
それは彼らがもともと一つの存在だからであって、二つに分かれたものが一つになろうとするからではないだろうか。
そして一つになった結果、二つが合わさった結晶が生まれて来るのだ。
しかし、生まれてくる結晶はまた男か女であり、完全体ではない。だから再び一つになろうとして自分の半身を捜し求める。
それは生きとし生けるもの全ての本質なのだ。
いつの日か、彼らはもとの完全な一つに戻ることができるだろうか───
それは誰にもわからない。
それからというもの、彼らはしげしげと逢瀬を重ねることとなった。
二人はいつも、この初めて出会った惑星イエソドで逢うことにしていた。互いの仲間たちに知られたくなかったからである。
イエソドは中立地帯でもあるので、金銀両種族の干渉がもっとも薄くなっている場所だったのだ。
そういうこともあって、彼らに限らずここは、人知れず逢瀬を楽しむ人々が少なからずいたのである。ここは妖精の住む、恋人たちの楽園だったのだ。
サーラとリカールは、寄り添って座っていた。
抜けるようなブルーの海が望めるこの緑の丘。
キラキラと陽の光が当たって輝いている。
ここは二人にとって特等の場所だった。
彼らは自分たちの種族について語り合い、世界について論じ合っていた。
絶対普遍の真理とは何か、不変の愛の存在はあるのか。
二人は時を忘れて話した。
「私は運命の相手というのを信じるよ。君に初めて逢った時、天啓のようなものを感じたからね」
彼は熱っぽく語った。
そんな彼を優しく愛おしそうに見つめるサーラ。
「君はそう思わない?」
サーラは首を傾げた。
「私はあまり運命というものを信じない。というより信じたくないの。運命とか宿命とかって決めてしまうと、もうそれだけで全てが決まってしまうような気がして嫌だから」
彼女はリカールを見つめた。
「だって考えてもごらんなさいな。この世界を支えているのは私たちだわ。世界の運命が私たちの手に委ねられている」
サーラは一息つくと前方の海を見つめた。
「でもその私たちでさえ偉大なるお方に導かれているのよ。そこには確かに運命が存在している」
海を見つめる彼女の瞳が輝いた。
「だけど私たちは、世界には奇跡というものが存在することも知っている。それは恐らく人々の心が、つまり魂が引き起こす不可思議な現象───心は不思議よね。そこには運命が存在しない。運命に左右されることがない」
「果してそうだろうか───」
彼女の言葉にリカールは懐疑的だった。
「私たちが知らないだけで、本当はちゃんと決められたレールの上を進んでいるのじゃないかな」
「私は違うと思う!」
サーラは強く言った。
「私の心がなぜか違うと囁くの」
するとリカールは溜め息をついた。
それに目をとめたサーラは心配そうに彼の目を覗き込んだ。
「じゃあ、あなたは私を愛したのも自分の意思からではなく、運命に従っただけだと言うの?」
「違う! 私が自分で決めて、君を愛したんだ!」
そう叫んでから、リカールはわずかに頬を赤くした。
「すまない……」
サーラはふわりと彼の腕に寄り添った。
「わかっているわ、御免なさいね」
リカールはそんな彼女を抱き締めた。
サーラは抱かれながら青い海を見つめていた。彼の激しいまでの愛を感じながら、彼女は自分もリカールを愛していると思った。
(彼がいなかったらどうなるだろう)
彼女にはとても考えられないことだった。
彼女の心のなかは不安な想いが渦巻いていた。
リカールに出会う前の自分はいったい何をしていたのだろうか。
彼に逢っていない時はすぐに逢いたくなって、他の事に手がつかなくなる。逢ったらこうして、いつまでも抱き締めてもらいたくて、それ以外考えられなくなる。
でも愛していると強く思えば思うほど、なぜか言いようのない不安がこみ上げてくる。
この愛は真実ではないのだろうか。
こんなに愛しているのに?
彼女はそう心で不安に思いながら、どうすれば真実がわかるのだろうか、と考えた。
そして結局、愛するリカールに強くしがみつくしか、彼女には出来なかったのである。
青い空、青い海は温かく輝いていた。
若い恋人たちを見守るように───




