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金の夢幻、銀の彼方  作者: 谷兼天慈
11/11

最終話「創造主の采配」

「スメイルよ」

 彼女の驚きが合図であるかのように突然、殷々とした声が響き渡った。その声はどこからともなく響いていた。

「ど、どうして貴方がここに……」

 スメイルの顔は真っ青になっていた。

 そしてある一点を見つめていた。目は恐怖に凍りついている。

 そして、サラサラと滝のように流れる美しい金髪を左右に揺らした。その姿はまるで、子供がイヤイヤをしているようだった。

「愚かなスメイルよ」

 遙は愕然とした。

 彼女は隣に立つ我が子を見下ろした。

 未だ彼女の手は翔太の手をつかんだままである。

 声は翔太から発せられていた。

 彼はずっと下を向いたままであった。そして今、ゆっくりと彼は頭を上げようとしていた。

 その場の全員が固唾を飲んで、この幼い子供を見つめている。

 そしてとうとう顔が上げられ、彼の視線はスメイルにジッと注がれた。

 その翔太の顔はどう見ても、いとけない幼子の顔である。しかし、よく注意してみると、彼の目の奥には知慮の輝きが見ることができる。

 それは子供はおろか、大人にでさえ持ちえることはできない、それほどの人知を越えた聡明さであった。

「しょ、翔太?」

 その瞳を見てしまった遙は、思わず翔太の手を離してしまった。

 翔太はそんな遙には目もくれず、口をひらいた。ゆっくりと、そしてはっきりと彼は喋りはじめた。

「人間にも様々なタイプがあるように、アドミニスターにも様々な者がいる」

 彼の声は翔太のものであった。しかし、聞いているとなぜか別人のもののようにも聞こえる。

「お前も知っての通り、もともとは同じ種だからだ。だからスメイルよ、お前もこの世になくてはならない存在なのだ」

 彼は一息つくと目を閉じ、再びひらいた。

 その瞳は冷たかった。そこにいる全ての者たちが震え上がるほどに───

「しかしスメイルよ。人間もそしてお前も進歩はしていかなければならない。そうしなければ、いつか必ず後悔することになるぞ」

「お、おお……」

 今や、スメイルは恐慌状態に陥っていた。彼女の顔は真っ青になり、ガタガタと震えている。

「お許しください、お許しください……お願い……許して……」

 やっとの思いでそれだけ言うと、後は黙り込んでしまった。

 震える両手で彼女は口を押さえている。

 そんななか、道彦と美佳子は全くわけがわからず、ただ言いようのない恐怖だけを感じていた。

 反対に遙は何かを感じ取っていた。

 サーラとしての記憶を取り戻した時のことを思い出す。あの帳のなかで抱きしめられた人物の面影を、翔太の姿をしたこの誰かに感じる。

「ああ……」

 彼女の心は歓喜していく───

 すると、翔太は子供とは思えないほどの優雅な仕種で振り返った。

 遙の前に立つ。そして、まるで宮廷貴族のように美しく完璧にお辞儀をする。そしてゆっくりと顔を上げた。

「サランディーア、愛しい人よ」

 翔太は極上の微笑みを浮かべた。

 そして遙は確信した。自分をその名で呼ぶ人はたった一人しかいない───

「イエホヴァ様ですね」

 遙の言葉に、彼は可愛く頷いた。

「何と、我らが創造主、自ら……」

 道彦であるリカールが驚愕して呟いた。

「創造主……?」

 美佳子は首を傾げる。彼女には全くわけがわからない。

「私の愛しいサランディーア……」

 翔太の姿をした創造主は続けた。

「貴女はまだ幼い。私のもとに来るのはまだずっとずっと先のこと───」

 彼は遙を見上げた。

「貴女はもっといろいろな事を知らなければならない。世界、人間、アドミニスターとしての役割、もちろん愛についても」

 彼はニッコリ微笑んだ。

 そして遙に手を伸ばし、彼女の両手を優しくつかんだ。

「気の遠くなるほどの未来、私は無限の果てで貴女を、貴女一人を待っている。それまで無数の人と知り合い、数多の人と愛し合って私のもとに来るがいい──無窮の愛人よ──常磐の彼方で私たちはいつの日か再び逢えることだろう」

 遙は、恐れ多いとでもいうようにひざまずいた。そして彼の手をうやうやしく、そっと握り返す。

「有り難うございます。貴方が地球をもとに戻してくださったのですね」

 翔太は頷く。

「貴女がたはもう一度あそこへ帰ることになる。今度は新たな心で人生のやり直しをしなさい。無垢な記憶で前世にとらわれず、伸び伸びと魂の精進に勤しむのだ」

「新たな心?」

 美佳子は道彦の腕にしがみついた。

「この記憶が無くなるのね……」

 彼女は悲痛の声をもらした。

 翔太はそんな彼女に視線を移した。そして頷いた。

 だが安心させるように言った。

「心配することはない。お前を逆行転生させたのは私だ。そしてお前は見事、魂の浄化を果たした。人間の言う奇跡をお前は起こしたのだ」

「私が奇跡を……?」

 美佳子は驚いた。

「そうだ。お前はリカールを救った。前世に縛られ、苛まれ、苦しんでいた彼に光を与えたではないか。それによってお前は、自分自身をも救ったのだ」

「彼を救った……」

 美佳子は無上の喜びを感じた。

 彼女の前世での辛い日々が浄化されていく。

 たとえ、今のこの喜びの記憶が消えてしまっても、そう、彼女の魂にはそれが刻み込まれるのだ。

 彼女は道彦の顔を見上げた。

 そして彼も限りなく優しい瞳で美佳子を見つめ返した。

 そして彼は頷いていた。

「たとえ記憶が無くなろうとも、必ず君を探し出す」

 その言葉を聞いた時、遙は胸の奥が少し痛むのを感じた。もう自分に囁かれることのないリカールのその言葉───

 だが、彼女は忘れようと頭を振った。

 見つめ合う二人に、翔太は満足そうに微笑んでいた。

 それからおもむろにスメイルへと目を向けた。

 彼女は怯えた子羊のようだった。あの尊大で強気な人物はどこにいったのやら、彼女は憐れなくらいおののいていた。

 そんな彼女を見て、彼は嘆息した。

 そして安心させるように優しく言った。

「とにかく、今回はオムニポウテンスに免じてこれ以上は何も言わない。地球にはもう手を出さない事だ。さあ、父の所に戻るがよい」

 彼女はハッとすると慌ててその場から消えた。

 翔太はふうっと大きな溜め息をついた。

「反省してくれれば良いのだが……」

 そうしてから彼は再び遙たちを見渡して言った。

「それではそろそろ地球に戻るとしよう」

「あ! 待ってください」

 その時、遙が彼をさえぎった。

 翔太は可愛らしく首を傾けた。

「お聞きしたいのですが、貴方は翔太が生まれた時からずっと翔太と一緒にいたのですか?」

 翔太は目を大きく広げた。

 そして肩をすくめた。

 彼くらいの年齢には全く似つかわしくない、妙に大人びた仕種だった。

「そうだ。貴女をずっと見守ってきた。取り敢えずこのまま翔太と共に翔太の生を過ごそうと思っている」

「そうですか。私の傍にいてくださるんですね。良かった」

 翔太は遙の傍に寄ってその手を取った。

「さあ、帰ろう。私たちの家へ」

 彼は遙の手を握りしめながら道彦を、美佳子を見渡した。

 彼らも翔太に頷いて見せた。

「私たちの地球へ───」




 一九七三年七月九日、夏真っ盛りの暑い一日が始まろうとしていた。

 ここは四季を通じて雨が多く、太陽が顔を出す確率が少ないという特徴のある地方だった。そのため、一年を通してじめっとして湿気が多かった。

 それでもここは、夜ともなれば都会に比べて空気も澄んで星も綺麗に見える。

 しかし、どこか暗く重たい雰囲気を醸しだした湿気の町だった。その代わり、梅雨の時期を過ぎた七月の始めは、太陽も待ってましたといわんばかりにギラギラと照りつける。まるで一年分の湿気を吹き飛ばすほどの勢いだ。

 そんな、この町が活を入れられたように明るく生き生きと、そして瑞々しく生まれ変われる季節───

 そんな晴れやかな夏の日に、春日野遙はこの地球に生まれ落ちた。

 彼女の高らかに響き渡る産声は彼女の母や父、そして少年らしいあどけない表情と好奇心に満ちた道彦少年の目に見守られ、どこまでもいつまでも上げられた。

 彼女の、そして道彦や美佳子たちの新たな人生の織物が再び織られていくことだろう。取り敢えず美佳子は現時点では生まれてきてはいないが───

 そこにはもうあの悪魔の姿は見られず、尊き人の采配により、全てが元通りに戻ったかに見えていた。

 導くことは誰でもできる。

 だが、結局、人間一人一人の人生は、他人に命令されて過ごすものではない。

 そしてそれを受け入れてもいけないのである。

 自分の力で自分の未来を切り開いていく。

 全ての人間が自分の道を選び、そしてそれを信じるままに───

 これから地球が、人間がどう変わっていくか、それは誰にもわからない。

 滅びの道を歩むのか、それとも神へと還っていくのか、誰にもわからない。

 あるいはアドミニスターを統べる尊き人物だけが知っていることかも知れない。

 青空だった───

 ツバメが一羽、高く高く旋回していた。

 そこから離れようとしない。

 遙の生まれたその場所をいつまでも飛翔し続けていた。




 そしてそれから永い年月が立ち───

「先生!」

 皇道彦は深い深い物思いの淵から連れ戻された。

 大学の研究室だった。

 今は夏だった。遙の生まれた夏だ。

 彼は窓の外の、目に染みるような青い空を見やると、こんな暑い日に可愛い姪は生まれたな、と思い出した。

(今日は遙の二十六歳の誕生日だったな。後で花でも届けてやるか)

「先生! 聞いてるんですか!」

「あっああ。済まん、考え事をしていた」

 彼の前に、六人の学生が半円を描くように椅子を並べ座っていた。

「しっかりご指導お願いしますよ」

 中央の椅子に座るその男子学生は、真剣な眼差しで道彦を見つめた。

 道彦はヤレヤレといった表情を見せた。

 しかしすぐにそれを引っ込め、自分も真面目な顔を向けた。

 その時───

「クスッ……」

 その笑い声を耳にし、道彦は右端の椅子に座る女学生に目をやった。

 そこには一人の美しい女性が座っていた。

 彼女は不思議な笑みを浮かべ、道彦を見つめている。

「君は……」

 道彦は心が引き寄せられるのを感じた。

 この気持ちはいったい何だろう。

 懐かしい───

 愛おしい───

 そしてその瞬間、彼は恋に落ちていた。

「先生ったら、知らないんですか。去年の大学祭でミスコンで優勝した、藤沢美佳子さんですよ」

 他の女学生がクスクス笑いながら教えた。

 藤沢美佳子は上気したように頬を染め、彼を見つめている。

「脚本は彼女が担当なので、先生よろしくお願いします」

 さきほどの男子学生がそう言った。

 だが、彼にはもう何も聞こえていなかった。

 もう何も見えなかった。

 これが一目惚れというものなのか、と彼は思った。

 今まで、道彦は自分には、どこか欠陥があるのではないだろうかと危惧していた。

 どんなに美しい人に逢っても、なぜか愛するという事が出来なかったのである。

 そして今、まさにその理由が彼にはわかったのだ。

(これこそ運命だ。私たちは愛し合うために今出会ったのだ)

 道彦は確信した。

 そしていつまでも美佳子を見つめ続けていた。

 静かに、本当に静かに世界の向こうで、時の砂が流れる音がしていた。

 彼らにそれが聞こえたか、そうでないかはわからない。

 時計は戻ることなく果てし無い未来へと回り続けるのだ。



 その日の夜、遙は鷹男と部屋を暗くし、ワインを傾けていた。

 北側の部屋では翔太がスヤスヤと寝入っている。

 二人は南側の部屋にきていた。

 そして南に面した大きな窓を開け放ち、星々を黙って見つめていた。傍らのデッキから、物悲しいヴァイオリンの音色が流れていた。そしてその横には、彼女の叔父から送られた薄いピンクのユリの花束が、花瓶に飾られている。

「誕生日おめでとう」

 鷹男が静かに囁いた。

「有り難う」

 彼女はそう答えてから横に座る彼の肩に頭を乗せた。

「君はこの曲が好きだね」

 遙はチラッとデッキの方を向いた。

 彼女は一瞬、何とも言いようのない表情を見せた。それはとても懐かしいものを見るような、そんな顔だった。

「初めてこの曲を聞いた時、私はね、なぜだかずーっと前からこの曲を知っていた気がしたの」

 彼女は目を閉じた。

「『パッヘルベルのカノン』──とても懐旧の思いが湧き上がってくるのはどうしてかしらね」

 目を開け、彼女は鷹男に顔を向けた。

「夢でね、いつもいつもこの曲が流れているの。内容は全く思い出せないのに───不思議よね。もしかしたら私の前世に関係してるかもしれない」

 そして彼女はもう一度星を見つめた。

 そんな彼女を不安そうに見つめる鷹男。

 このまま彼女がどこかに行ってしまいそうな、そんな焦燥感がふと心をよぎる。

 彼は思わずこう言っていた。

「俺たちはいつまでも夫婦だよね」

 遙がひどく驚いた目で鷹男を振り返った。

 彼女はこれと似たことが前にあったように思えたのだ。

 そして痺れるほど目眩を感じた。

 彼女は倒れるように鷹男の胸に顔を埋めた。

「遙……?」

 彼女は彼の胸から顔を放し、ジッと目の奥を見つめた。

 その時、私は───

「あなたが私に飽きなければ、ね」

 そしてパチッとウィンクした。

 鷹男は一瞬びっくりしたが、すぐににっこりと笑った。

 遙も笑い返した。

 その時───

「おかーしゃぁーん…」

 隣の部屋から声がした。

 寝返りを打って、遙たちの方に寝顔を向けた翔太の寝言だった。

 遙と鷹男は顔を見合わせて吹き出した。

 そんな彼らを開け放たれた窓から、輝く星々が見守っていた。

 いつまでも遼遠の彼方から優しく───




 柔らかな陽射しが彼女の髪を銀色に輝かせている。

 そよそよとそよぐ風がその髪を空中に遊ばせ、まるで銀のオーラのようだ。

 彼女は、緑燃える丘にたった一人佇んでいた。

 ピンと張った背筋がとても美しい。

 遠くの水平線を見つめるその銀の眼は、彼女の若々しい姿にもかかわらず、老境に入った老媼のような落ち着きが漂っていた。

 彼女は、青く煌く海を見ているわけではなかった。

 遙か彼方、彼女の愛した大地を、ここの海とよく似たあの海原を、愛しくて愛しくて忘れられない人々を、彼女は見つめていた。

 ここには存在しない、そしてもうどの世界にも存在しない。

 それは───

 地球────

 あれから二万年の歳月が過ぎつつあった。

 サーラの胸中は、あの地球で過ごした一千年の魂の記憶で一杯だった。

 それ以外の、今までの人生が褪せて見えるほどである。

 彼女にとって地球人としての生は、激動のサーガだった。

 一千年はあまりにも短すぎた。

 それでも、永遠ともいえる彼女の生のなかで、もう二度とできない経験、そして貴重な人達と出会うことが出来た。

 だが、もうどんなに願ってもあそこに戻ることはできないのだ───

 ふと風の吹く音に交じって低い音色が囁きのように聞こえてきた。

 それはサーラの唇からもれている。

 むせび泣く彼女の心のように───



 遙かな星よ 母なる星よ 緑の地球

 懐かしい空の あの青さ

 忘れはしない

 星が輝き 月の光が 流れていた

 私の心を 掴んでは 離さない

 地球よ

 煌く銀河の 彼方

 遙か昔に滅び

 滅び去った 地球

 哀れな地球

 宇宙の 果てへと


 遙かな星よ 母なる星よ 想いの彼方

 今は想い出の 中だけで

 生きる 地球よ

 宇宙の彼方 貴方を想う この心は

 神秘な宇宙 駆け巡り

 何処までも 何処までも

 煌めく銀河の 彼方

 遙か昔に滅び

 滅び去った 地球

 哀れな地球

 宇宙の 果てへと


 遙かな星よ 母なる星よ

 何時までも 私の胸に とどまれ

 宇宙へ はばたいて

 人の もとへ

 還っていく

 地球の

 優しい心


 還れ 還れ 地球───


  (地球─作詞 天慈)

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