誓い
幼いウォルフとホリーの出会いです。
長い銀髪を後ろに束ねた少女は建物の陰に隠れて泣き続けていた。
自身が望んで入門した剣の道場。
厳しい鍛練が苦しいのではない。
そんなことで泣いて逃げることなど自分には許されない。
幼い頃から魔法には自信があった…
剣でも同じように…称賛されると信じて疑っていなかった。
しかし、現実は厳しかった。
同い年の少年、少女達にも勝てない。
木剣で打たれた腕の痣が痛い。
身体の痛みではない…心が痛むのだ。
弱い自分が許せない…
自覚すればするほど涙が溢れてくる…
どのくらい踞った姿勢で泣き続けていたんだろう。
気がつけば、少年が心配そうな表情で自分を覗き込んでいた。
「お姉ちゃん、痛いの?…大丈夫?」
『観られた!』
無言で立ち上がり駆け出すクラウディア。
道場のある邸宅の裏に停めてあった馬車に飛び乗り、急いで御者に指示をして自邸宅に帰る。
七才のクラウディアと六才になったばかりのウォルフ…
二人の出逢いは道場内ではなく、道場の裏庭であった。
数日後、道場に通う日になったクラウディアは憂鬱な気分だった。
『あの少年が…自分が泣いていたことを噂にしてるんだろうな…』
そう思うと、足どりが重くなる…
しかし、公爵家の人間が逃げる訳にはいかない…
晴れぬ気分を圧して、道場に足を踏み入れる。
それまでの心配が嘘の様に変わらぬ道場の雰囲気。
周囲は何時も通りに自身に接して来る。
ここでは、平民の少女ホリーとなっている自身の立場を考えると、あの少年は黙っていてくれたのだろう。
公爵家令嬢が相手なら気を遣った対応になるだろうが、ホリーは平民である。
気を遣った対応なんてされるはずがなかった…
クラウディアは少年を探して視線を泳がせる。
『居た!』
少年は師範の長男ラルフに打ち据えられていた。
年齢差から来る圧倒的な実力差。
他の門下生では考えられない程強く打ち据えられている少年。
『彼はラルフを怒らせる様なことでもしたのだろうか?』
周囲を見回しても…誰も心配した様子はない。
暫くの間、打ち据えられ続けていた少年は組み手が終わると、眼に涙を浮かべたまま外にある井戸へと向かった。
「大丈夫ですの?」
気がつくと、井戸の水の被って涙を隠す少年に声をかけていた。
少年は涙を拭って振り返る。
「良かった。お姉ちゃん今日は元気そうだね」
「私よりも、あなたですわ!」
「えっ?」
「あんなに打たれて……痣だらけじゃないですか!」
「兄さんは手加減してくれてたよ?」
「兄さん?」
「うん!」
クラウディアは少年の言葉を聞いて思い出す。
師範の息子は長男ラルフ、次男ゲインの下にもう一人いると聞いていたことを。
「じゃあ、あなたがウォルフですの?」
「そうだよ、お姉ちゃんは?」
「私はクラ…じゃなくて、ホリーですわ」
ウォルフは自身のスキルについて話をしてくれた。
兄達と違い【剣豪】のスキルを持たない自分。
それは【魔力増大】という、魔導師としては理想的なスキルを持って産まれた自分には想像も出来ない苦しみだろう…
剣の家に産まれ…父、兄達が当たり前の様に持つスキル…
それを自分だけが持たない苦しみ。
しかし、当のウォルフはそんな苦しみを感じさせない明るさで淡々と話している。
『この少年は…どれだけ悩み苦しんで来たんだろう』
そんな話をしながらも、相手に心配をかけたくないと云わんばかりのウォルフを見て、クラウディアは自身の悩みが矮小なものであったと軽い自己嫌悪に陥る。
「ホリー?」
「はっ、はいっ!」
「どうしたの?」
あぁ、この少年はまた私のことを心配してくれている…
剣なんて狭い世界じゃない。
この少年は私では届かない強さを、この年齢で持っているのだ。
少年の側に居れば……いつか私もこんな心の強さを持てるだろうか…
逆境の中でも決して腐らない芯の強さ。
それを持つウォルフは輝いて見える……
幼い頃から『白馬の王子』に憧れる残ね……いや、夢見る少女だったクラウディアの眼には、ウォルフが輝いて見えていた。
そして、クラウディアは心の中に誓う。
『私はウォルフ様の心の強さを護り続ける』
その後、幼いウォルフに魔力操作を教え、身体強化を戦いの基本とするスタイルを二人で研鑽していくことになる。
幼い誓いは思春期になると愛へと変わった。
しかし、当のウォルフは更に残念な男である……
クラウディアの憧れた心の強さ……それはウォルフの超常的な『楽観主義』だったのだ。
クラウディアの残念な勘違いから来る恋愛感情にも気付くことなく、彼女を残念な幼なじみとして扱うウォルフ…
くどいくらいに『残念』な二人だが、幼いクラウディアの誓いは本心から来る、美しいものだった。
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