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王子は運命の人と出会いました

 学園が主催するパーティ。


「エリアーナ! 貴様との婚約を破棄するッ!!」


 第一王子ランベルトが突如、婚約者である公爵令嬢エリアーナに対して婚約破棄を叩きつけた。それまでの雰囲気を壊し、放たれた怒声に会場は静まり返る。


 エリアーナは、ランベルトをジッと見つめている。


「なんだその目は? 不服か!?」


 ランベルトは苛立ちを隠せない。

 激しい頭痛。胸が締め付けられ、吐き気もする。それが余計にランベルトの苛立ちを加速させる。


「貴様がマヌエラ嬢にしでかした悪行は、許されるものではない! 不愉快だ! 私の前から消えろッ!!」


「ランベルト王子、怒りを鎮めて下さい。わたしは気にしていませんから……」


 ランベルトの隣にいた女性が彼の頬に手を添え、しなだれかかる。男爵令嬢マヌエラ。曰く、第一王子の運命の人。


 平民として育つが、バランド男爵の養子になったことで学園への編入が認められた才女。王国では珍しい黒髪に翡翠のような瞳。愛らしい容姿と天真爛漫な振舞いは、物珍しさも相まって学園で注目を集めている。彼女に懸想する者も少なくはない。


 マヌエラの温もりを感じ、気を静めようとする。

 心地が良い。彼女が側にいれば苦しみから解放される。彼女さえいれば、それでいい。


 ランベルトは貴公子然とした洗練された物腰で、正しく王子と呼ぶに相応しい美青年だった。社交界でエリアーナと寄り添う姿は多くの者を魅了した。政略が絡んだ婚約ではあるが、仲睦まじい様子は周囲にも伝わっていた。


 エリアーナは目を逸らさず、ただランベルトを見つめる。

 どうしてそんな目で私を見る!? 静まりかけた感情が再燃した。


「何か言い訳はないのか!?」


 ランベルトはエリアーナに詰め寄ろうとした。


「そこまでです、兄上」


「なっ!?」


 エリアーナを庇うように、第二王子グレゴリオが立ち塞がった。


「兄上、証拠はあるのですか?」


「マヌエラ嬢の証言がある」


「本気で言っているのですか? 男爵令嬢の言葉がそれほど重いと?」


 重い訳がない。それはわかっている。

 頭が軋み、視界はぼやけている。マヌエラの手を強く握った。


「……私はマヌエラ嬢の言葉を信じる」


「兄上、あなたは……」


 第一王子の醜態は会場にいる者の注目を集めている。王族も例外ではない。


 グレゴリオはエリアーナに近づき、囁いた。


「兄上は乱心しておられる。ですが、安心してください。僕があなたを――」


 ババッ


 エリアーナはグレゴリオの申し出を遮るかのように手にした扇を開き、ぴしゃりと閉じた。


「貴方こそ、本気で言っているのかしら? その目は節穴ではなくて?」


 彼女は気がついていた。ランベルトが罵る度に顔を歪め、涙がはらはらと落ちていたことを。




 ◇ ◇ ◇




 王子としての宿命を背負い、産まれたときには婚約者が決められていた。何一つ自分の意思が介在しない世界で、幼い私はエリアーナに恋をした。一目惚れだった。彼女にだけは、素直な気持ちを伝えることができる。彼女と婚約ができたことは、この上なく幸せなことだと信じられた。


 十歳の誕生日。私はエリーと社交界デビューを果たした。年を重ね、美しく成長するエリー。お似合いだと言う声が世辞だとわかってはいても誇らしい。私は知らず顔が赤くなっていたようだ。彼女に指摘されて気がついた。お互い様ではないか。自然と口元が緩む。


 学園の入学を控えた頃。父上が懇意にしているという占い師を紹介された。名はアデラ。何度か城で見かけたことがある。占う内容は彼女に任せた。


『殿下。あなたは、学園で運命の人と出会うでしょう』


『運命の人……?』


 運命の人。その甘い響きは悪い冗談のように聞こえた。選択することの許されない道を歩く私に、唯一与えられた自由がエリーを想う心。それを否定するのか?


『申し訳ありません。占いは飽くまで占いです。殿下が最良の道を選べるように祈っております』


『構わないよ。参考になった』


 占い師の言葉は鋭利な刃物のように胸に深く突き刺さった。エリーとの大切な時間にも、うわの空だったのだろう。心配する彼女に占いのことを話した。彼女は『ランベルト様。わたくしは王妃になりたいのではありません。貴方の側に居たいから王妃になるのです。わたくしはランベルト様をお慕いしています』と笑顔で答えてくれた。

 占い一つにこれほどまで心を乱される己を恥じた。彼女の想いは私と共にある。




 学園に入学して一年。占いのこともいつの間にか忘れていた。エリーとの学園生活は新鮮で、彼女の新しい一面を垣間見ることができた。休日にエリーと王都を散策して、カフェで過ごすことが楽しみになっていた。



 そして、二年目――



 編入してきたマヌエラ嬢との出会いに運命を感じた。否定をしたくても、彼女こそが運命の人なのだと頭に響く声がした。



 マヌエラ嬢と言葉を重ねると、心が安らいだ。エリーがいたはずの場所に彼女が収まる光景が自然に感じられた。私は何を恐れていたのか。彼女の生い立ちを知れば知るほど、こうして平然としていられるのは奇跡だろう。多少の不作法は気にもならない。

 誰かの笑顔が一瞬、脳裏を掠めた。


 熱に浮かされたように男爵令嬢に寄り添うランベルトの姿は、異様の一言に尽きる。

 婚約者を蔑ろにするような振舞いに眉をひそめる者も多かった。


 学園に入学する前にランベルト様が仰られていた占い。酷く気落ちし、口にするのも憚るように発した言の葉を今では臆面もなく紡ぐ。『マヌエラ嬢は私の〈運命の人〉だ』と。わたくしのことは、まるで居ないかのように扱うランベルト様。無理に近づくと睨まれた。

 幸せな学園生活は脆くも崩れ去り、彼の心も失うのか。得体の知れない恐怖に身を震わせた。


 ランベルト様を諦められないわたくし。月日は無情にも流れ、三年目。

 ランベルト様に避けられ続けたわたくしに声を掛ける殿方が現れ始めた。本来であれば、畏れ多くも王子の婚約者に手を出そうとする者はいない。

 近い将来、婚約を破棄されるであろうことは誰の目からも明らかだった。


 とある休日の朝。寮にあるわたくしの部屋に、ランベルト様の侍女が大量の本を抱えて訪ねてきた。ランベルト様に捨てるように指示された物らしいのだけれど、捨てられなかったようだ。どうして、わたくしに?


 一冊を手に取り開いてみると、日記だった。わたくしとの思い出が赤裸々に書かれている日記。懐かしさよりも、顔から火が出そうになりますわね!? ランベルト様の想いが手に取るようにわかる。わかってしまう。時系列順に並べ直し、読み進める。

 時間を忘れて没頭していたのか、最後の一冊になる頃には日が傾き始めていた。日付を見て、日記をめくる手が止まった。学園生活二年目。ここから先は何が書かれているのか。バランド男爵令嬢と寄り添う姿が思い浮かび、必死にかき消した。震える手で続きを読む。


《エリー、すまない。私はどうかしている》


 バランド男爵令嬢に愛を囁く内容を想像したけれど、わたくしに懺悔をするような内容が書き綴られていた。更に読み進める。


《エリーの怯える顔が忘れられない。謝りたい》


《エリーの側にいたいが、会うべきではない》


《エリーを愛している。どうして憎しみが溢れる》


《エリーの笑顔が思い出せない》


《気がつくと日記を書いている。私は普段は何をしているのか》


《酷い喪失感に襲われる。頭が痛い。消えていく。何もかも》


《わたしがわたしでなくなる おそろしい エリー あいたい》


《エリアーナエリアーナエリアーナエリアーナエリアーナエリアーナエリアーナエリアーナエリアーナエリアーナエリアーナエリアーナエリアーナエリアーナエリアーナエリアーナ――》


 そっと日記を閉じた。


『もう少し早く知らせて頂ければ……と思いますが』


 申し訳なさそうな顔をしていた侍女に文句の一つでも言いたくなるけれど、お門違いでしょうね。彼女にはどうすることも出来なかった。


 運命だなんて嘯いて無理やり想いを捻じ曲げたのだとしたら、それは魔女の所業。学園での様子は王家にも伝わっているはず。まるでランベルト様を貶めることを容認しているかのようね。

 誰が敵であろうと、わたくしは容赦はしない。道を踏み外した王家を諫めるのが公爵家の役割ならば、遠慮をする必要も無いでしょう?


『ランベルト様。わたくしの想いは今も貴方と共にあります』




 ◇ ◇ ◇




 ランベルト様は、もう正気には程遠い。心が完全に壊れてしまったのなら、救うこともできない。学園ではわたくしを避けていましたし、日記だけでは判断ができませんでした。

 わたくしに婚約破棄を言い渡す舞台こそが、最期の見極めの機会。そのときだけは、わたくしと向き合う必要がある。例え願いは叶わなくとも、仇を討つ算段は整えた。


 怪訝そうな表情をする第二王子を見据えて告げる。


「手遅れなのは、貴方ですよ?」


 エリアーナは獰猛な笑みを浮かべた。


 この場には王家を筆頭に、有力な貴族が揃っている。ランベルト様を廃嫡させる流れに持っていきたいのだろうけれど、そうはさせない。徹底して情報を封鎖し、根回しをした。黒幕を引き摺り出して、与した者にも後悔をさせてあげますわ。


 わたくしは左腕を掲げ、指先で合図を送った。


 給仕として偽装していた魔導士たちが一斉に魔力を床に流す。隠蔽されていた巨大な魔法陣が浮かび上がり、会場ごと覆う結界が発動した。


 この結界内では術者以外の魔術は反転する。


「あ、ああああ……ッ」


 しわがれた声が聞こえた。


 側で崩れ落ちたランベルトには目もくれず、枯れ枝のようになった腕と手のひらを呆然と見つめて呻く老婆。先ほどまでマヌエラが身に纏っていたドレスを着ている。


「魔女アデラ。若作りもほどほどにした方が良いのではないかしら。その姿で学園生は無理があると思いますわ」


 若返りをしていた分だけ、逆に老いぼれた姿になる。いい気味ね。

 急に勢力を伸ばしたバランド男爵には、お父様も目を付けていたらしい。上手く作り上げた物語も無能な配下を野放しにしているから、裏をかかれるのよ。

 結界の影響下では碌に魔術が使えない。駆けつけた騎士に魔女は取り押さえられた。


 彼女は飽くまで実行犯。本命は別にいる。


 王族がいた辺りから悲鳴が聞こえた。

 倒れたのはおそらく側室のミランダ様。彼女は息子である第二王子を次期国王にしようと画策していた。嫡男であり、優れた資質を持つ第一王子がいる限り席が空くことはない。ミランダ様はランベルト様を排除するため、王国に魔女を招き入れた。〈運命の人〉という言葉は一種の暗示。意識に隙間を作り、そこに漬け込んだ。


 実際にランベルト様を歪め、堕としたのは魔女だけれど、契約により呪いの源になっていたのはミランダ様。魔術が反転されれば、呪いも反転する。二年近くにも及ぶ呪いの影響を一度に受ければ精神が耐えられないでしょうね。このまま意識が戻らないか、目を覚ましても廃人の可能性が高い。


 わたくしは呆けた様子の第二王子に視線を戻す。


「状況は理解できておられますか? グレゴリオ殿下」


 証拠は既に揃っている。問う必要のない問いを投げかけた。


「違うんだ! 僕は騙されていただけだ! こんな事は知らないッ!!」


 ミランダ様は最悪の手段を用いてランベルト様を貶めたけれど、それもグレゴリオ殿下を想えばこそ。同情はしない。彼女は身を滅ぼし報いを受けた。この期に及んで、守ってくれていた母親すら切り捨てようとする男が気に入らない。


「エリアーナ、僕は君のことが好きなんだ!」


 閉じた扇を首元に突き付けた。


「気安く名を呼ばないでくださらない?」


 とち狂った男を冷ややかに見る。


「ランベルト殿下の婚約者として貴方とは親しくしてきたわ。それで、何を勘違いしているの? ランベルト殿下に手を出せばわたくしが怒るのは当然でしょうに。わたくしの想いを無視して、その汚らわしい欲望を押しつけるのはやめてくださらないかしら」


 心底どうでもいいわね。


「最低ね。王族ではなくなる貴方とは、もう会うこともないでしょう」


 右手に持った扇をくるくると弄びながら、立ち尽くす男の横を通り過ぎた。


 倒れ伏したランベルト様の側に跪いて抱き寄せる。


「ランベルト様。まだ、間に合いますよね?」






 グレゴリオは平民に堕として追放。意識の戻らないミランダは離宮に隔離にされた。第二王子派の貴族の一部も関与しており、粛正の対象となった。魔女アデラは対外的な思惑も絡み、国家転覆罪と公表して処刑された。


 第一王子ランベルトの醜聞は、貴族には緘口令を敷き、民にはグレゴリオの醜聞として流された。

 ランベルトは一連の騒動を悔やみ、本当に婚約を破棄するために王家と公爵家に打診しようとしたが、エリアーナの猛反発を受けて思い留まる。


「ランベルト様。貴方は王になるのですよ? わたくし以外の誰が貴方を支えるのですか? 貴方の隣は絶対に譲りませんから!!」


「……ありがとう、エリー。君が良ければこれからも私の側に居て欲しい」


 エリアーナは上目遣いで扇の取っ手を唇に当てた。

 ランベルトはエリアーナを抱きしめ、目を閉じた彼女の瞼に唇を落とした。


 彼は気がついていた。顔を寄せたとき、扇を降ろしたエリアーナの唇が可愛らしくとがっていたことを。


 唇を離したランベルトは、そっと目を逸らした。






ランベルト:エリアーナに尻に敷かれる気がする今日この頃。王子オーラは絶賛休業中。それも良いのかもしれないと思い始めた。


エリアーナ:そっちなの!? と思わず恨めしい視線を送りそうになったが、これはこれで良いかと思い直した。

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― 新着の感想 ―
[一言] 読み直すと学生時代の三年間丸々踊ってたんですねこのアホ王子w 結果的に何もしていないし、次代の王としては凡骨と言わざるを得ない。主人公さんと言う超絶有能な王妃が居るから国的には良いけど、尻に…
[良い点] これは面白いパターン(๑ ̄∀ ̄)。* あの占い師の所からの仕込みなのかな。「王子の運命の人との出会い」という「呪」を王子に吹き込んだ工作員なのだろうけれどあの人はどうなったのかなー。
[良い点] 素敵な作品です。 一途な想いが最後に勝ったんですね
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