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夜明けのベルカント  作者: 川本浩三
第一章 亡国の憐姫
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乱入者

「ファッファッファッ! やるではないか『銀閃華(ぎんせんか)』!!」


 二人の老将の一騎打ちは激しさを増していた。

 両者共に年齢を感じさせない機敏な動きで、互いに必殺となりうる力強い斬撃を繰り出す。


「ふむ。槍を捨てたは老いが故かと思うたが、違うようじゃな。その豪腕、若かりし日と変わらぬ」

「貴殿は大剣に振り回されているのではないか?」

「いいよるわ。力任せに振り回すだけが剣ではないぞ」


 その言葉の通りに、ミハエルの剣筋が変化する。ジュラールが繰り出す剛剣に正面から打ち合う事をせず、大剣を合わせて剣の腹を滑らせるようにして受け流す。

 剣を受け流されたジュラールが態勢を崩したところへ、ミハエルの流れるような剣撃が迫る。

 

「見事な技だな」


 袈裟懸けの斬撃を身体を回転させて躱し、ミハエルに対して足払いをかける。ミハエルは振り下ろした大剣を軸にして側転の要領で飛び上がり、間合いを開く。


「その巨体でよく動くものだ。曲芸師にでも転身すれば老後は安泰だな」

「ファッファッファ。では一つ手妻(てづま)でも見せるとしようかのう」


 ミハエルが笑いながら大地へと剣を突き立てる。同時にジュラールが経っていた地面大きく盛り上がった。


――死嵐呼ぶ烏(ラーベ・トロンベ)


 盛り上がった大地が爆ぜ、数多の(つぶて)を撒き散らす。

 ジュラールは既の所で爆散する礫を避けた。


「我が手妻はそれで終わりではないぞい」


 ミハエルが大剣を振るうと、礫が意志を持ったように動き出した。

 散っていた礫はやがて一つの大きなうねりとなってジュラールへと降り注ぐ。


「必殺の奥義をして、その程度か。老いたな八咫烏」


 迫る礫の嵐を前にジュラールは剣を腰だめに構える。剣からは銀色に輝く闘気が溢れ出していた。


「何が立ちはだかろうとも、我が歩みは止まらぬ!!」


――|血華を散らすは銀の閃き《シルヴァ・フルフラスト》


 銀色の闘気を纏ったジュラールは、剣から吹き出した闘気の噴出を推進力として、凄まじい速さで礫の嵐に飛び込んでいく。


「悪いが、ここで退くわけにはいかん。その首、もらうぞ八咫烏!!」


 銀の光と共にジュラールが礫の嵐を突き破る。


「残念じゃが、それは無理じゃな」


 しかし、ミハエルはそれを見越したように距離を取っていた。奥義の力で飛ぶように駆ける今のジュラールならば一瞬で詰められる距離だったが――


「ジュラール!!」

「!!」

 

 咄嗟にフィリアの声がした方向へと向きを変えると、黒狼将旗(こくろうしょうき)へと集ったグルガ兵がフィリア達を取り囲んでいた。


「はぁぁぁぁっ!!」


 銀閃が煌めき、無数の血華が咲く。フィリア達を包囲していたグルガ兵を瞬時に斬り捨てたジュラールがフィリアを背に守るようにミハエルへと構え直す。


「ヌシ等がおらねば、これ以上戦線は保つまい」

「くっ……包囲されたか!」

 

 ミハエルとの一騎打ちに興じている隙にフィリア達の部隊は完全に包囲されていた。

 分かりやすく将旗を掲げたのも、一騎打ちを続けたのも全て、フィリア達をここで殲滅するための策。ジュラールはまんまと策に嵌められた自らの愚かさに歯噛みした。


「簡単に釣られてくれて助かったぞい」

「ミハエルお爺さま!!」

「姫! なりませぬ!」


 ミハエルに煽られて、フィリアが前へ出ようとするのを、ジュラールが抑える。あれもまた、敵を死へと誘う八咫烏の策の一つだ。


「……」


 少しだけ瞳に悲哀を感じたのは、ジュラールの願望なのだろう。それを肯定するようにミハエルの口から非情な言葉が告げられた。


「殲滅せよ。王族は生かして帰すな」


 冷たく言い放ったミハエルは、馬にまたがりその場から去る。


「お爺さま!! くっ……!!」


 走り去るミハエルを追おうとするが、包囲の陣が邪魔で身動きが取れない。


「フィリア、それどころじゃない! 下がって!!」

「……っ!!」

「フィリア様を中心に円陣! 敵を削りながら退くぞ!」


 ミハエルの策によって完全に包囲されている。下手な動きをすれば一気に殲滅されてもおかしくはない。包囲の陣に隙が見えるまで、じっと耐える他ない。


――私のせいでこんなことに


 冷静さを欠いていた。今考えれば、あの状況で黒狼将旗を立てるなんて罠と疑ってかかって然るべきだった。自分の判断の甘さで近衛騎士団を、フィアンマ公国を窮地に陥れてしまっている。


「フィリア、しっかり。まだ諦めちゃ駄目だよ」


 近衛騎士団の中心で俯いて唇を噛んでいたフィリアにマリナが声をかける。見れば、マリナは円陣の外側で敵を牽制しながらも、フィリアのことを気にかけているようだった。


――そうだ。まだ諦めちゃいけない。私がしっかりしないと!


 大きく深呼吸して気持ちを切り替えてから、周囲を見渡す。


 円陣の外側は敵兵で埋め尽くされている。守りが崩れそうな場所をマリナとジュラールが駆け回って塞いでいるようだ。

 まだ、円陣は崩れてはいない。しかし、敵兵の動きを見るに、最初の牽制が終われば何かを仕掛けてきそうだ。この状況で打ってくる手は限られている。ならば――


「魔術詠唱! 敵の遠距離攻撃に備えて!」


 周囲の近衛へ命令を出し、自らも防壁の魔術詠唱に入る。タイミングを合わせたかのように、包囲の兵が一気に退く。

 そして、陽の光が陰る程に大量の矢が射掛けられた。


「間に合え……っ! 術式開放! 防護魔術展開!」


 フィリアの号令と共に魔術が展開され、円陣の頭上を覆うように光の盾が現れた。

 矢の雨は光の盾に遮られてフィリア達には届かない。


「さっすがフィリア! 冴えてるね!」

「まだ! 第二波が来る! 前衛、盾構え!」


 矢の雨が止むのを見計らっていたグルガ軍が押し寄せて――


「こない? どうして……」


 包囲しているグルガ軍の動きがおかしい。

 

 フィリアは矢か魔術による範囲攻撃後に騎馬による突撃を加えてくると見ていた。読みどおり、矢による攻撃がなされ、騎馬による波状攻撃を警戒していたのだが、動きが遅い。


 練度の高い黒狼騎士団が連携を損なうとも考えがたい。


「考えようによっては好機ね。でも――」


 ミハエルの策かも知れない。包囲しているとはいえ、堅陣を崩すためには少なからず犠牲がでる。わざと隙を見せて陣を崩して動き出すのを狙っている可能性もある。


 グルガ軍の動きを見極めようと目を凝らす。グルガ軍に動きは――


「包囲が崩れた!?」


 マリナが驚愕の声を上げる。

 包囲が崩れ始めた先、ミハエルが走り去った方向で何かが起きている。


「!! あれは……!」


 フィリアが視線を向けた先で、巨大な黒い衝撃がグルガ軍を吹き飛ばした。


「なに、あれ……」


 黒い衝撃を放っているのは一人の女騎士であった。

 純白の鎧に身を包み、美しい金髪をなびかせながら黒い剣を振るい、黒い甲冑をまとったグルガ兵達を薙ぎ払っていく。


 苛烈でありながら美しいその姿は、神話に語られる戦女神のように見えた。




 


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