火散らし相打つが戦
敵本陣を守る守備の壁を突き破った勢いのまま、フィリアは敵将を討たんと踏み込む足に力を入れた。
眼前には黒狼将旗。将旗を持つ騎士の隣に、敵将と思しき大柄な騎士の姿。
敵将の大柄な騎士は、巨大な大剣を担いでいた。長い白髪を首の後ろでひとまとめにしており、顔には深い皺が刻まれていた。口には白い髭を蓄えられ、垂れ下がった目尻はその出で立ちとは裏腹に柔和な好々爺といった印象だった。
その姿を見たフィリアが、足を止める。
「……どうして、貴方が」
「ほうほう。こりゃ思ったよりも大物がつれたのう」
足を止めたフィリアを見て、老将はその柔和な顔をさらに崩して笑う。
「一部隊だけ妙に動きが良いと思っておったが、なるほど。お嬢ちゃんの部隊じゃったか」
「どう、して……」
フィリアは驚愕のあまり、それ以上声を発することができなかった。
かつて仲間であった。そこにいる老将は、共に死地を切り抜け、友誼の絆を結び、魔王戦役を戦った仲間であった。
「成長したのう。魔王戦役の時とは見違えるようじゃ」
老将は久しぶりに会った孫を見るように、満足に笑っている。
「どうして、ですか……ミハエルお爺様」
やっとの思いでフィリアは言葉を紡いだ。ミハエルは笑顔の様相を崩さずに、ただフィリアを見つめている。
「姫っ!!」
「フィリア! 大丈夫!?」
そこへフィリアを追ってジュラールとマリナが走り込んでくる。
「役者が揃ったのう」
「な……!」
黒狼騎士団の老将ミハエルの姿にジュラールも絶句する。
「何故だベルゲングリューン卿!! 何故、貴殿が……っ!」
「おう、まだ生きておったか」
ジュラールの叫びとも言える問いかけに、老将は古い友人にあったように軽く言葉を返す。その様子にジュラールは冷静さを取り戻したのか、一度息を吐いて向き直り、静かな口調でミハエルへと再度問いかける。
「質問に答えてくれ」
「戦故。それ以上の言葉は必要あるまい」
「兵を退くことはできぬか? まだ、和平の道は――」
「愚問じゃな。和平を辿るならば、かような奇襲はせんよ」
ミハエルは表情を崩さないまま、当然のように冷たい答えを突きつけた。その言葉にフィリアは悲しそうに眉根を寄せ、ジュラールは覚悟を決めたように眼光を鋭くさせる。
「そうか。ならば私は、私の国を、主を守るために貴殿を斬らねばならん」
抜き身の剣をミハエルへ向けた。それに応えるように、ミハエルも担いでいた大剣を構える。
「それで良い。これが戦、これぞ戦よ。我らは我らが忠を尽くす国のために、剣を振るうのみ」
二人の老将が剣を構えて向き合う。激しい怒声を剣撃が鳴り響く戦場で、この場所だけが静寂に包まれていた。
「フィアンマ公国が将、ジュラール=ガミラス」
「今更、名乗りを上げるか」
剣を構えて尚、柔和な様相を崩していなかったミハエルの眉間に皺が寄る。
「甘い。甘い……が、それで卿の火が燃ゆるならば、かつての友としてワシも名乗ろう」
剣を一振りして構えなおす。先程よりも剣に乗せる気迫が増している。
「黒狼騎士団三将が一、ミハエル=ベルゲングリューン」
ミハエルは名乗りと共に剣気を放った。ジュラールは放たれた剣気を浴びても動じることなく、ミハエルに向けて剣を構えている。
「これで過去は灰燼と化した。ここにあるは今を焦がす戦火のみ」
「……この身が燃え尽きるまで、死力を尽くそう! いざ!!」
「老木はさぞ強き火を上げよう……それは我が身とて同じ! 行くぞ!!!」
――おおおおおおおおお!!!
二人の老将の剣がぶつかり、火花を散らす。
ジュラールの想いが乗った剣がミハエルの大剣を弾く。
二人は、かつて友であった。フィリアのように魔王戦役での共闘だけではない。
魔王の進軍が始まるよりも昔。
その時代は、戦乱の時代と呼んでも良いような時代だった。
各国に強力な指導者が現れた時代。天秤の降臨がなされるような大規模な戦を避けながらも、小規模な戦で領地を奪い合った。
規模の小さな戦場では、個の力が大きくなる。
フィアンマ公国の騎士。斧槍の名手『銀閃華』ジュラール=ガミラス。
グルガ帝国の軍師。大剣の使い手『八咫烏』ミハエル=ベルゲングリューン。
前々時代より名を馳せていた二人は、幾度となく共に戦場を駆けた。
「悲しみを散らし、哀しみを討つ。戦で真に討つのは、敵兵ではないのだガミラス卿」
敵を冥府へ、味方を勝利へと導く『八咫烏』と称された稀代の軍師が言ったその言葉を、今でも思い出す。
火を散らし、相討つが戦の定め。
ジュラールの戦は、斧槍による銀閃で血の華を撒き散らすことだった。剣撃による火を散らし、互いを討つのが戦。そう考えていたジュラールにとって、その言葉は後の騎士道の標ともなった言葉だった。
昨日の友は今日の敵とは、戦場をよく顕した言葉と言えよう。
長い騎士の人生において、仲間と剣を交わしたことは少なくない。
故に、ミハエルと剣を交えることに戸惑いは無い。だが……
――その剣で何を討とうとしている、八咫烏よ
ジュラールは言葉に出すこと無く、剣で以て問いかける。
剣と剣がぶつかり合い、火花を散らした。
――散らすの火ではないのだろう?
剣で相打つ二人の老将。
二度、三度と剣撃が交わされ、火花が散る。
ミハエルの剣は応えてくれているのだろうか。ジュラールには分からなかった。
それでも『銀閃華』ジュラール=ガミラスは自らの戦いを、悲を散らし哀を討つものと定めている。
「貴殿もそうであると信じているぞ!!」
「今、我らが交わすは言葉ではなかろう!!」
気合と共に振り抜かれた両者の剣が大きな火花を散らした。






