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夜明けのベルカント  作者: 川本浩三
第一章 亡国の憐姫
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天秤はいない

 大陸中央からやや西寄りに大陸全土に信徒を持つ『ファラ神教』の聖地、霊峰エギアグリフがそびえ立っている。

 霊峰エギアグリフから東へ抜けた先には広大な平原地帯が広がっていた。


 その平原地帯をまたぐように、旧ザカート帝国とフィアンマ公国の領土線がひかれていた。

 平原地帯でありながら領土の境界があるため、農耕が行われることも街ができることもない場所。


 大規模な軍が展開するには打って付けと言えるが、身を隠す場所もないため守戦には不向きな場所であった。


「もう、こんなところまで……!」


 眼前には平原に陣を敷くグルが帝国軍がいた。

 ここはすでに首都アーランフィアナとは目と鼻の先である。グルガ帝国軍の進軍の速さもそうだが、フィアンマ公国の守備体制の杜撰さに舌を噛む。


「やはりフィアナ平原の守備体制の穴をつかれましたか」


 グルガ帝国の陣容をみながら歯噛みしているフィリアの横にジュラールが並び立つ。


「守りは天秤任せってのがフィアンマのお国柄でしたもんね。ザカート側は砦やなんかを建ててるのに、こっちはなんもなし。領土を侵されることはないと思っていたのでしょうが……いえ、私もそう思ってましたけど……」


 マリナも同様にフィアンマの対応の甘さを指摘する。

 しかし、マリナが言うようにフィアンマ公国は天秤の加護に守られた国だった。


 フィアナ平原のような広大な平地に軍が展開しようものなら、即座に天秤が降臨して戦を治めたことだろう。


「アーランフィアナまで目と鼻の先まで止められないなんてね……これを見越しての全軍出撃なのかな」

「……かも、知れぬな」

「……」


 マリナの言葉にジュラールが返答するが歯切れが悪い。マリナも本気で言っているわけではない。

 足止めの策も何もなく、ただ全軍を以て平原で決戦を挑む。敵兵力の情報も得ていない状況での判断としては愚と言わざるを得ない。


 陣容を見る限りでは、僅かに数は勝っているようだ。


「で、あたし達はどうすればいいの? 全体の作戦とかはあるのかな?」

「私達は翠鳳騎士団(すいほうきしだん)とは別に動いてほしいみたい。指揮は私に一任されているわ」


 平原に陣を構える翠鳳騎士団。フィリア率いるジュラール旗下の近衛騎士団は陣の左翼より中央後方に配されていた。

 兵力としては、翠鳳騎士団の十分の一程度。連携の訓練などもされていない状況では個別に動いた方がいいのだが……


「広い平原じゃ独立して動いても利は少ない。グルガも強行軍で疲れているだろうし、今は守りを堅めて敵の動きを見るのが良いと思う」

「うん。あたしもそう思う」

「慧眼ですな。翠鳳と共に堅陣を敷いて足止めを――」


おおおおおおおおお―――


 フィリアの案にジュラールが答えようとしたその時、大地を揺るがすほどの歓声が鳴り響いた。


「翠鳳騎士団、突撃してるよ……!!?」


 簡易な横陣を敷いていた翠鳳騎士団は、先陣のみならず右翼も左翼も、果ては後陣に位置していた主将の部隊ですらも一様にグルガ軍へ向けて突撃を開始していた。


「愚かなっ!!」


 緒戦の一合目から全軍での突撃。強行軍であるグルガ帝国軍を一撃の下に葬り去る策……といえばそうなのであろうが、敵戦力の分析すらせず、後方に近衛を残したまま何の連携も連絡もせずに突撃を敢行するなど蛮勇以外の何者でもない。


「放っておけないわ! 私達も行きましょう!」

「やむを得ませんか!」

「翠鳳騎士団の後陣を全速で迂回! 敵左翼と本隊を分断する! 続けっ!!」


 翠鳳騎士団の動きに対してグルガ軍が陣を動かし始めていた。その動きを察知したフィリアは敵陣左翼に僅かな隙を見出す。


 フィリアの号令と共に近衛騎士団が馬蹄を鳴らす。フィアンマ公国随一の騎士として知られたジュラールによって鍛えられた近衛騎士団の動きは見事だった。


 先陣を走るフィリアを頭に一つの生き物のように翠鳳騎士団の後方を迂回し、間隙を衝いて敵左翼と本隊を断ち割っていく。


 敵陣を断ち割った勢いのまま敵陣後方まで駆け抜けた近衛騎士団は、その勢いを殺すことなく駆け抜け、反応し始めていた敵後陣をやり過ごす。


「さすがに対応が早いわね」

「……次はどうする?」

「右翼」


 マリナの問いに短く答えたフィリアは即座に陣形を組み換え、前方で翠鳳騎士団と激突した敵右翼の後方へ食らいついた。


 挟撃の形となったが、敵右翼はそれでも混乱することなく本隊と合流して攻撃を跳ね返してくる。


「ここからは乱戦になるわね」

「そうですな」


 独立部隊の特性を活かした、奇襲じみた初手は悪くはなかった。しかし、押し合いの乱戦になる。


「隊の指揮を3つに分けるわ。ジュラール、マリナ、指揮をお願い」

「この状況で隊を分けるのですか? その意図は?」

「守っていたら、すぐに破られるわ。一度三方に散って敵軍を乱す。今ならまだ抜けられるはずよ」

「敵の塊を割って翠鳳騎士団の負担を減らそうという考えですか」

「ええ。この状況では連携は無理。見える部分だけならカバーすることはできるわ」


 混戦の中でもとより連携の訓練もしていない翠鳳騎士団と肩を並べても意味はない。そう考えたフィリアは、独立部隊として敵軍を乱すことにしたようだ。


「ジュラールは左お願い。マリナは右。中央は私。敵を倒すことは考えなくていい。」

「混乱を招くのが目的ですな」

「フィリアって指揮が板についてるよね。なんかかっこいい」

「ありがと。それじゃ、一度抜けたら中央で合流しましょう」


 指揮に不安がないわけではない。それを押し隠して軍を動かしている。

 不安がマリナにバレていないようで、少しほっとした。


「では、私は5番、6番隊を率いて敵を乱してまいります。ご無理をなさらぬよう!」

「ええ、ジュラールもね」


 ジュラールが隊を率いて駆けていく。


「あたしがいなくて寂しいでしょうけど、無理しないでね。んじゃあとで!」


 マリナも同じく隊を率いてフィリアの下を離れた。」


「二人も、無理しないでね……」


 三つに別れた近衛騎士団が敵陣の中を縦横にかき乱す。

 危なげなく立ち回った三人は戦場から少し離れた位置で合流し、陣を立て直していた。


「やはり、天秤は降臨せぬか」


 空を見上げたジュラールが言葉を漏らす。

 天秤の降臨がなされれば、空に天秤の紋が刻まれる。降臨の予兆もまた、空に現れる。


 言葉につられてマリナも空を見上げる。


「ザカート領を抜けてグルガが攻めてきた時点で期待はしてなかったけど、信じられないですね」


 フィリアもまた、雲一つない晴天を眩しそうに見上げた。


「どうなるんだろう……」

「敵は戦上手で知られる黒狼騎士団(こくろうきしだん)。誰が率いているかはわからないけど、このまま乱戦を続けるとは思えない」


 黒狼騎士団――グルガ帝国が誇る精強な騎士団である。黒揃えの甲冑に身を包み、完全なる実力主義で成り立っている。氷に閉ざされた北方の地で鍛えられた騎士達は個々の能力も高く、また異常なまでの練度を誇り、大陸でも恐れられていた。

 

「天秤がいないのはわかっていたこと。ならば我等の手でどうにかするしかないですな。我らの部隊は先の魔王戦役を生き抜いた猛者揃い。黒狼騎士団に目にものを見せてやりましょう!」


 未だ大きな動きを見せないグルガ帝国軍に不安な気持ちになっていたが、ジュラールの言葉に勇気づけられる。


「そうね。悲観してても何も始まらないわ」


 そう言って、自分についてきている部隊を見る。

 ちょうど陣形の組み換えが終わったところだ。


「フィアンマには、勇者も天秤もいない。私達が皆を守らないと!!」


 戦場を見渡す。未だ、戦況は五分。

 これからの動きでフィアンマの未来が決まる。


 フィリアは皆を守るため、フィアンマの未来を守るために、再度先陣を切って戦場へと駆けた。

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