死にたがり
――ここは、どこだろうか。確か、図書館という場所から送り出されたはずだ
そこは砂漠の街のようだった。
砂を防ぐために作られた高い防壁の中にある街。
大通りには大小様々な露店が出されており、行き交う人々は活気に満ちている。
活気に満ちた大通りから外れた場所。砂防壁の出口である門から少し離れた場所に一人の少女が立っていた。
街から出るのであろう、少女は砂よけのためのフードを目深にかぶっている。
足元には旅に必要な荷物が置かれている。手には、一見すると華奢に見える少女に似合わない無骨な斧槍が握られていた。
少女を観て、感じた。
――そうか。ここが、あの少女が、観測する歴史の起点
斧槍を手に、どこか無感情に思える翡翠色の瞳で街を眺める少女に、近づく男がいた。
民族風の衣装を身に纏い、ライフル銃のような物を肩に担いだ中年の男性だ。
「行くのかい、嬢ちゃん」
男がフードをかぶった少女に声をかける。
「ええ。シゲンさんにはお世話になりました」
声をかけられた少女は、男……シゲンに対して感情のこもっていないような声で返す。
「ずっと、ここに居てもいいんだぜ? わざわざ自分から危険な場所へ行くこともないだろ」
少し困ったように頭をかきながら、シゲンは話を続ける。
「どこにいても、同じだから。それに、私は――」
「国を失ったとしてもフィアンマ公国公女、フィリア=コーウェンってことか」
シゲンの言葉に、フィリアと呼ばれた少女の瞳が少しだけ揺らいだ。
「今は、ただの旅人。でも、みんなの死を無駄にできるほど、私は強くない」
フィリアの返答に返す言葉が見つからないシゲンは、困ったように小さな溜息を吐いた。
「大丈夫。私は、死なない。約束したから」
シゲンは旅に出ると言うフィリアを説得しようと、何度か話をしたことがあった。
旅立ちに際してもう一度だけ引き止めてみようとしたが、やはりフィリアの意志は変わらないようだった。
感情の色がほとんど見えないフィリアの翡翠色の瞳を見る。
国を失った、亡国の姫が何処へ行こうとしているのか、シゲンには推し量ることができなかった。
フィリアの行き先……いや、生き先は彼女だけが決められることだろうと、シゲンは自分を納得させる。
「そうか。こんな時代だ。次に会う時は敵同士かも知れねーが……達者でな」
「ええ、シゲンさんも」
案じるように優しげな声で別れを告げるシゲンに、少しだけ微笑んでから別れを告げる。
シゲンに別れを告げたフィリアは旅の荷物と斧槍を手に、振り返ることなく砂漠の街を出た。
「私は戦うよ。みんなの分も、生きて」
誰に言うでもなく砂塵に流すように呟いてから、フィリアは砂漠へと歩き出した。
フィアンマ公国公女フィリア=コーウェン。
戦場を渡り歩き『死にたがり』と呼ばれた亡国の姫。
――観測しよう
――歴史の起点となる彼女の、夜明けを唄った戦いの始まりを
読んでいただきありがとうございます!
まだまだ序盤にも至っていませんが、定期的に更新していきます。
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