観測者
今の戦いは、なんだったのだろうか。
世界を脅かした『魔王』。そしてそれを討伐し、世界に平和をもたらせた『勇者』。
そして世界の守護を担う、いわば『神の使徒』ともいえる『天秤の騎士』。
黄昏の時代とも呼ばれた、魔王と人々との戦い。
その時代を終わらせた者達が、なぜ神々へと戦いを挑んでいるのか。
――僕は(私は)、何者で、何を観せられているのだろう
漠然とした感覚の中で、薄らと思考がめぐり始める。
――この世界を知っている。そう、まるで観たことがあるように
暗い。ただただ、暗い。
覚醒しているのか、眠っているのか。
生きているのか、死んでいるのか。
この思考は誰のモノで、自分が何なのか。
意識も身体の境界すらも曖昧な中、世界が動くのを感じた。
「ようこそ図書館へ。キミを観測者として歓迎するよ」
男の声を引き金にしたように、世界に色が灯る。
そこは、幻想的な場所だった。
非現実的なまでに積み上げれた本棚。青白い燐光が漂う筒状の空間。
宙には本が踊るように舞い、何かが記されては本棚へと戻っている。
「場所に興味を示すのは良いことだね」
図書館の幻想的な雰囲気を観ていると、声がかけられた。
自然と声のした方向を『観測』する。
「うんうん。いいねぇ。それが観測する、ということ。キミに課せられた役割さ」
筒状の図書館の中心に、ベレー帽をかぶり片眼鏡をつけた軽薄そうな男が立っていた。
何が楽しいのか、男は笑顔でこちらを見ている。
「少し、混乱しているかな。自分が何者で、何をしているのか、とかね」
ここにくるまでの間に思考していたことを知っていたかのように、男が告げる。
「キミが何者かってことを説明しようと思うと、面倒なんだけどね。まぁ、簡単にいうと君はアバターだ」
アバター。化身という意味の言葉。現実世界の自分を別の場所で行動させる際に使われることが多いと認識している。
「キミは誰でもないし、誰か、でもある。世界を観測する者の知識や思考を理解しやすくするための語り部さ」
男の言葉に納得している自分がいた。世界を、歴史を知り、しかし何も知らない。この疑問も誰かの疑問であり、誰の疑問でもない。
「さて、本題に入ろうか」
薄く笑みを浮かべていた男が表情を引き締める。
「これからキミには、ある世界のある歴史を観測してもらう」
観測。先程観てきた勇者達の戦いのようなものだろうか。
「すでに観測を体験しているから、なんとなくはわかるよね。詳しい話は……っと、時間が来たみたいだ」
男は何かに気づいたように図書館を見渡す。見れば、図書館を舞う本の数が増えてきているようだった。
「別れる前に自己紹介をしないとね。ボクは『図書館』の『管理人』、ラングヴァイル。キミの働きに期待しているよ、新しい観測者さん」
ラングヴァイルと名乗った男はそう言うと、一冊の本を手に取って開いた。
開かれた本には何も書かれてはいない。ラングヴァイルは白紙の本を楽しそうに眺める。
それを合図にしたように、自分がこの場所からどこかへ移動するような感覚を覚える。
視界が光に埋め尽くされ、図書館の世界が消えていく中でラングヴァイルの声だけが耳に残った。
――大丈夫。難しく考えることはない。キミが観測した事象こそが、世界であり歴史なのだから