そこに待つのは
フィアンマ公国首都アーランフィアナ陥落から五日が過ぎていた。
首都周辺に展開されていたグルガ軍の包囲網を抜けてからは敵に遭遇することもなく、順調に東へ進んでいた。
そして、フィリア達はジュラールが言う「希望」がある場所へと辿り着いた。
「ここが、そうなんですか?」
「そうだ。ダルバン砂漠を渡るために、案内と警護を兼ねた傭兵を雇っていた」
辿り着いた場所は、フィアンマ辺境にある寒村だった。
そこにはジュラールが雇った傭兵が待っていると言う。
「それ程多くを雇ったわけではないが、『飛天傭兵団』の腕利きだ。今の私達にとって大きな力になるだろう」
『飛天傭兵団』。
大陸中央南部に広がる広大なダルバン砂漠を拠点とする傭兵団である。
大陸で最強の傭兵団として知られており、その中でも団長を務める『飛将』ハーディン=ウマル=マジド、副団長であり軍師を務める『百計』シゲン=アリム=ラシード等は戦場で出会いたくない将の筆頭として数えられる程だ。
それ程に力のある傭兵を雇っているのであれば、確かに戦力として期待できる。
「グルガ帝国との戦があったのに、ちゃんとこの街に来ているんでしょうか?」
マリナがもっともな疑問を呈する。
「飛天に所属する傭兵が約を違えることはない。たとえ天変地異に見舞われようとも、契約した期間はここで待っているはずだ」
飛天傭兵団が力を伸ばし、大陸最強と言われる所以の一つがこの信頼度の高さである。契約の遂行において飛天傭兵団が自ら約定を破ることはない。たとえ敗戦が濃厚となり自らの命を失おうとも、契約が続く限り傭兵としての責務を果たす。
「うん。あの人達は荒っぽかったけど、真っ直ぐな人が多かったね」
「そういえばフィリアとガミラス様は魔王戦役の時にダルバン部族連合と一緒に戦ったんだったね。あたしも一緒に行きたかったなぁ」
飛天傭兵団はダルバン砂漠の部族連合と深い関わりがある。部族連合はそれぞれが私兵を備えているが、砂漠で発生する戦闘のほとんどに傭兵が参戦していた。
砂漠での戦闘の功績によって、飛天傭兵団はダルバン部族連合の中核とも言える立場になっている。
「『百計』率いる部族連合に、『急先鋒』と『神算子』率いる『蒼華騎士団』。マルドアの『順風耳』やラングリーズの『聖剣の勇者』。名だたる英雄のオンパレードだよね〜。羨ましい……」
「……あと、ミハエルお爺さまやマルヴィンさんもいたよ」
「あー、まあ過ぎたことだし、今はいいよね!」
「……そうね。それじゃ、街に入りましょう。あまりゆっくりしてる時間はないし」
「そ、そだね。行こう」
自分が作ってしまった微妙な空気から逃げるように、マリナが先頭になって村へ向けて移動を始めた。
「……なんか、変」
村に近づく。マリナは違和感を感じた。
「傭兵が駐屯しているはずですよね?」
「そのはずだが……」
ジュラールも村の様子がおかしいと感じた。
「人の気配が、無さすぎる」
すでに陽は中天に差し掛かろうという時間だ。村まではまだ距離があるが、辺境の寒村だとしても人の気配が薄い。普通ならば農耕や狩猟へ出かける者の動きがあってもおかしくはない。
傭兵達が村に駐屯しているならば、なおさら動きがあるはずだ。
しかし、遠目に見える村は静まり返っているように見えた。
「これは」
「……」
マリナとジュラールが揃って足を止めた。
「どうしたの?」
二人の後についていたフィリアが疑問を浮かべる。マリナとジュラールは険しい顔をしていた。
怪訝に思いながら、フィリアは二人に並ぶように馬を進め……そして異変に気づいた。
「村へ急ぎましょう!!」
「あたしが先行する。ガミラス様、後ろを」
「承知した」
三人は警戒しつつも村へ向けて馬を走らせた。
「これは――」
村に入ったフィリア達が目にしたのは、思いもよらぬ光景だった。
「グルガ兵と……こっちは飛天の傭兵……」
「フィリア、ガミラス様、奥の広場では……村も住民も……」
「そんな――!」
村の至るところに、傭兵やグルガ兵の死体が転がっていた。
先行していたマリナと共に村の奥にある広場へと向かう。
そこには血の海が広がっていた。
強い力で潰され、引きちぎられている。原型を止めないほどに、バラバラにされた遺体が広場を埋めるように散らばっている。
装備や衣服の特徴から、村人とグルガ兵がここで皆殺しにあったようだ。
「皆、死んで……」
凄惨な光景を前にして、フィリアが口元を抑えて立ち止まる。
「ぬぅっ!!」
フィリアの近くで火花が散った。金属がぶつかり合う音で我に返ったフィリアは状況を把握しようと急いで周囲を見渡す。
「……」
槍を手にした男が立っていた。
長く黒い髪をひとまとめにした、暗い色の軽装に身を包んでいる。装備をみるに傭兵のようだ。
身長はジュラールよりも若干低い。年齢は二十代後半くらいであろうか。
槍を構える男に隙はない。
「何者だ!!」
フィリアを守るように前に立ちながら、ジュラールが槍の男に向けて剣を構える。
「女子供まで皆殺しか」
黒い長髪から覗く黒瞳が、咎めるようにフィリア達を睨んでいる。
「あたし達じゃない!!」
マリナが否定する。しかし男の黒瞳は揺るがず、じっとこちらを睨んでいる。
「それを証明する手立てが俺にはないな」
「私達は今きたばかりなの! 貴方もそうでしょう? なら――」
男の言葉にフィリアが自分たちの状況を返そうとする。しかし、男はフィリア達に槍を向け、研ぎ澄まされた闘気を放った。
男の闘気を受けたフィリアは、その凄まじい圧力に言葉をつまらせる。
「話を聞くのも、安全を確保してからだ。俺の名はアリオス=リングヴィスト。悪いが、少しの間動けなくさせてもらう」