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夜明けのベルカント  作者: 川本浩三
第一章 亡国の憐姫
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悲報

 マリナの予測通り、グルガ帝国軍の分隊がフィリア達の行く手を阻んだ。


「敵騎確認。一分隊十名」

「斥候部隊だな。相手をする必要はない。突っ切るぞ!」

「承知! 斬り抜けます!」


 山型に隊列を組んで、正面から迫るグルガ騎兵の一団に向けてマリナが馬を走らせる。

 突出していた敵先鋒を一突きで馬から落とし、続く二騎に対して槍を横薙ぎに振るい、道をこじ開ける。閉じようとする敵の動きをジュラールが牽制するが、続いて駆け抜けようとするフィリアに白刃が迫る。


「逃さん!」


 斧槍(ハルバード)を振り抜いて敵の剣を弾くも、敵はすぐに体制を立て直し、フィリアに向けて攻撃を仕掛けてくる。精強で知られるグルガ兵の猛攻に馬脚が弱まった。


「邪魔しないでっ!!」

「クッ……小娘がっ!」

「小娘を必死に追っかけてるのは誰よ!」


 馬首を返したマリナが、執拗にフィリアを攻撃するグルガ兵に馬ごと体当たりをして距離を開ける。


「フィリア!」

「うん! 私はこんな場所で死ぬわけには――」

「貴様はこんな場所で死ぬのだよ! フィリア=コーウェン! 貴様さえ死ねば、フィアンマは終わりだ!」


 グルガ兵の言葉に、手綱を握る手が固まる。


「どういう……こと?」

「フィリア!! 止まっちゃダメ!」


 フィリアの動きが止まる。マリナは馬を竿立にさせながらフィリアへ向けて叫んだ。しかし、フィリアはその場を動こうとしない。


「言葉の通りだ。もはや、フィアンマには貴様以外に生き残りはおらん」

「……」


 グルガ兵の言葉に胸が締め付けられた。アーランフィアナは、燃えていた。

 それでも、僅かな希望を捨てきれずにいた。


 自分がこうして生きながらえているのだから、父や母……兄妹達も、逃げていてくれる、と。


「……父様、母様」


 王族として雅に暮らし、王族らしくあることを生きる糧とした母や兄。ファラ神教に媚び自らの権益を守ることに執着した父。

 フィリアは、フィアンマ王族にあって、異端であった。『六王の時代』と呼ばれた戦乱を生き抜いた祖父やジュラールについて政治や軍略、武を学ぶフィリアを、憐れむような目で見ていた家族。


 それでも、フィリアは家族のことが好きだった。自分の思うように生きるフィリアに、女性としての嗜みを教えてくれたのは母だった。

 祖父について政治を学ぶフィリアに、魔導の国イセンから高名な学者を呼んでくれたのは父だった。魔王戦役の頃、初陣に臨むフィリアの戦装束を用意してくれたのは兄と弟。戦いに邪魔にならないように髪を結ってくれ、教会で祈って加護を得たお守りの髪飾りをつけてくれたのは妹達だった。


 家族達とは違う道を歩んできたけれど、それでも家族はフィリアを愛し、フィリアも家族を愛した。


 その家族は、もう――


「ああ、そういえば犬のように尻尾を振って泣きついてきた大公殿下がおられたか。アレも用が済めば貴様の父や母、兄妹のように首を晒して終わりだろうよ」


 グルガ兵の言葉が重くのしかかる。叔父であるグラントの裏切り、そして……家族達は殺され、首を晒されているといいう。


 今まで生きてきた殆どが、終わっている。その事実を突きつけられて、息が詰まる。


「だから、貴様もここで――」


 グルガ兵が剣を振り上げる。ここで、自分も終わるのだろうか。


「黙れ下郎!!」


 ぼんやりとグルガ兵が振り上げた剣を眺めていたフィリアの顔に血飛沫が降りかかる。

 駆けつけたジュラールの剣がグルガ兵を切り裂いていた。


「グハッ……」

「行きましょう、フィリア様。まだ、希望は――」

「希望など、ない……フィアンマは既に、グルガの手中……包囲を、抜ける、ことは……」


 辺りを見渡すと、グルガ兵の分隊は全滅していた。


「足掻いても……む、だ……」


 一人残った、ジュラールに斬られたグルガ兵にマリナが槍を突き立てて止めを刺した。


「それでも、私達は進むしか無いんだ」


 槍を引き抜き、血を払う。少しだけ悲しそうな目でフィリアを見たマリナは、真剣な眼差しでジュラールへと向き直す。


「ガミラス様、この先に希望はありますよね?」

「無論だ。ただ闇雲に逃げていたわけではない」

「希望……?」


 ジュラールの言葉にきょとんとするフィリア。右も左もなく必死に逃げていたフィリアは、どこへ向かっているかなど考えてもいなかった。

 そんなフィリアに笑いかけながら、マリナはおどけたような口調で喋る。


「やっぱりね。なんか道がおかしいと思ったんだ〜。流石は勇将『銀閃華(ぎんせんか)』ジュラール=ガミラス! クソジジイですが、まだボケてないですね!」

「デフェーズ、お前は拳骨だ」

「うえぇ!? それは逃げ切ってからに……」


 おどけたマリナの言葉に顔を崩しながらジュラールが応える。その様子にフィリアは心がすっと軽くなるのを感じた。


「そうよ、ジュラール。ちゃんと安全な場所に行ってから、拳骨ね!」


 軽くなった空気に乗るように、フィリアも冗談を言う。


「帳消しにならない悲しみ……」

「フフ。それは仕方ないね」


 そうだ。自分にはまだ、マリナがいる。ジュラールがいる。

 こうして、冗談を言って笑うことができる。


「……フ。では、参りましょう、姫」

「ええ。こんな場所で終わるわけには……終わらせるわけにはいかないからね。……皆のためにも」


 愛した家族のためにも。フィリアを逃がす為に戦った皆の為にも。

 希望があるなら、歩みを止める理由はない。


 生きよう。そして、いつか必ずフィアンマに帰ろう。





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