三騎
マルヴィンに見逃されたフィリア達は、その後敵軍と出会うことなく進んでいた。
既に夜は明けている。夜陰に乗じてかなりの距離を稼いだはずだ。
「そろそろ、グルガ軍の警戒網を抜けたかしら?」
馬を休ませるために、少し休息を入れたほうが良いだろう。
一晩駆け続けたのだから、グルガの追手もそう簡単には追いつけないだろうと思っていた。
「まだ、安全とは……デフェーズ!」
「確認します。このあたりは貴族領なので、グルガ軍が配されていないとは思いますが……」
ジュラールに命じられたマリナが、馬から降りて地面に耳を当てる。
マリナの家系、デフェーズの一族は代々大地の神に愛されている。マリナもまた大地の加護を得ており、地に耳を当てればかなり遠くまで敵の気配を探知することができた。
ここまで敵に遭遇せず逃げられたのは、マリナの索敵能力によるところが大きい。
だが、その加護も万能ではない。隠蔽や消音の魔術が施されていると、その存在を遠方から探知することは難しくなる。
それでも並の斥候よりは早く索敵できるのだが――
「不味いです。南北から平原の出口を塞ぐように包囲が狭まっています」
「敵も対策をしてきたか。それに……」
「そうですね。周辺の貴族領はすでにグルガによって掌握されているようです」
グルガ軍の対応は思った以上に早かった。
いや、すでに対応が為されていたというべきか。グラントが調略されていた以上、周辺の貴族領が掌握されているのも不思議ではない。
東への逃げ道はこれで塞がれてしまった。
「……このまま東へと抜けるのは難しいか」
「いえ、ガミラス卿はフィリア様を連れて東へ。我らが囮となります」
「ダメよ! ここまで来たんだから一緒に――」
「そのお気持ちだけで十分です」
そう言って、近衛兵の女騎士が兜を結っていた髪を解くと、長い髪が風になびいた。
女騎士の髪は、フィアナ湖のような美しい青。フィリアと、同じ髪色だった。
――フィリア様とおそろいですね!同僚に自慢するために伸ばしてるんですよ!
楽しそうにそう言っていたのは、いつだったか。髪色も、長さもフィリアと同じ女騎士は楽しそうにそう言って、マリナと赤青コンビだね、などとはしゃいでいた。
フィリアも一緒になって、赤青青だよ! などと言いながらも、自分と同じ髪を持つ女騎士と話すのが楽しくて、一緒に髪を結いあった。
「違うよ、そんなことの為に、貴女は髪を伸ばしたんじゃないでしょう?」
「こんな時に役立つなら、髪を伸ばしたのは間違いじゃありませんでしたね」
そう、フィリアに笑いかけながら、女騎士は戦装束の時のフィリアと同じ、太めの三つ編みを結い上げる。
「……姫が逃げられるだけの時を稼いで見せます」
「お前たち――」
近衛兵達の準備を待っていたようにマリナが地面から顔を上げる。
「……音が近づいてる。ゆっくりしてる時間はないよ」
「デフェーズ殿……ううん、マリナ。後、頼むね」
「わかったよ。赤青コンビとして、私も役目をまっとうする。必ず」
そう言って、マリナは女騎士と槍を合わせた。
「姫、どうかお幸せに!!」
「ダメ! 行かないで!!」
「フィリア、今は耐える時だよ。貴女は、皆の希望なんだから」
止めようとするフィリアをマリナが抑える。女騎士は騎乗してから、一度だけ振り返り、フィリアに微笑みかけた。
フィリアは、涙が零れそうになるのを耐えながら、女騎士を守るように陣形を組んで走り去る近衛兵達を見送った。
「デフェーズ」
「はい」
「囮の者達が動けば、どこが手薄になる?」
「彼女達はまっすぐ南へと向かいました。隙が生まれるならば、南東のこの方向です」
「……ちょうど良い。まだ、我らは運に見放されてはいないようだ」
囮が向かった方向から、逃げる道を導き出す。ジュラールには自分たちが向かう道がはっきりと見えていた。
「姫! 彼女達の決意を無駄にしてはなりません!」
「……ってる」
フィリアは震える唇を噛み締め、涙を拭い前を向く。
「行こう。私は、背負わなければならない。彼らの遺志を、命を。死んでたまるもんか!!」
決意を言葉にするフィリア。それを聞いたマリナも思う。背負うのはフィリアだけではない。
馬にまたがり、手綱を引く。
「……先行します。おそらくグルガ軍と先頭になると思いますが、一気に!」
「わかった」
マリナを先頭にして馬を走らせる。
残ったのはマリナとジュラールだけになった。それでも、フィリアは走らねばならない。
フィアンマの、騎士達の遺志に応える為に。