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夜明けのベルカント  作者: 川本浩三
第一章 亡国の憐姫
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陥落

 フィアンマ公国首都、美しい水の都アーランフィアナ。


 アーランフィアナから北に広がる広大なフィアナ平原でグルガ帝国軍と激突したフィアンマ軍は、フィアンマ公国大公グラント・コーウェンの裏切りにより、撤退を余儀なくされていた。


 北からはグルガ帝国軍が押し寄せ、首都へと続く南への道はグラント大公軍が展開している。


 首都アーランフィアナへの撤退を決断したフィリアは、即座に馬首を返し、南に展開するグラント大公の軍へと突撃した。

 奇襲に成功したグラント軍は、思いの外早いフィアンマ軍の行動に対応しきれず、隙を見せてしまった。


 フィリアの巧みな用兵と陣形の綻びを見る戦術眼によって、フィアンマ軍は後方に陣を敷いていたグラント大公軍を突破することに成功する。


 フィアナ平原において、フィアンマ軍の主力を完膚なきまでに叩き潰すつもりだったのだろうグルガ軍とグラント軍は執拗な追撃を行った。

 しかし、それすらも振り切り、フィリア達はアーランフィアナへと辿り着いた。

 

――辿り着いてしまった



「都が……アーランフィアナが……」

「燃えている……」


 美しい水の都として知られるフィアンマ公国の首都アーランフィアナは炎に包まれていた。


 火を放ったのは自棄になった父なのか、グラントなのか。それとも、グラントによって引き入れられたグルガ軍の仕業なのか。フィアンマを陥とすために都に火を放つ必要は無いはずだ。


 燃えている。生まれ育った街が、燃えている。


 マリナと共に城抜け出して遊んだ商店が。幼い頃、ジュラールの肩に乗せられて歩いた街が。


「間に合わなかったか」


 敵の追撃を振り切ったイルムガルトとジュラールが追いついてきたようだ。

 その声も、どこか遠くに聞こえる。


 フィアンマは、もう――


「どうやらここまでのようだな」

「如何されるおつもりか?」

「戦うだけだ。貴殿らは逃げた方が良いだろう」


 逃げる。その言葉が引き金になった。


「ここで逃げるなんて!」


 布告もなく急襲してきた挙げ句に、生まれ育った街を燃やされた。

 これからの未来も、何もかもを無茶苦茶にしたグルガ帝国を前に、いまさら逃げることはできない。


 たとえ、命を落とすとしても一矢報いなければ気が済まない。それに、まだ両親や兄弟が生きているかもしれない。


「勝ち目は無い。この有様だ。王族も無事ではあるまい」

「それはまだ――」

「我が祖国もそうだったが、奴らは後の遺恨を残さぬ為に王族に連なる血はすべて根絶やしにする」

「そうだとしてもっ!」


 イルムガルトが言っていることは本当なのだろう。彼女が仕えた国はほんの数日前に滅びたばかりなのだから。

 でも、それでも……フィリアはまだ望みを捨てきれなかった。


「大公とやらが早々に寝返ったのは、自分だけでも生き残ろうとしたからだろう。後方から奇襲をかけてきた軍に大公の姿は無かっただろう? 延命の約定として王族を殺すためだろうな」

「そんな……」


 都は燃えている。中に入らなければ状況はわからないだろう。

 生きているのならば、助けたい。でも状況はそれを許さない。

 

「私は……」

「私が敵を割る。その隙に上手く逃げろ」


 迷っているフィリアを焚きつけるように、イルムガルトは逃げろという。


「クラム殿が仰る通りですな。姫、お逃げください。デフェーズ、後は頼んだぞ」

「ジュラール! 私は――」

「都が陥ち、王族の生死も分からぬ中、姫を失うわけにはいかんのです!」


 食い下がるフィリアにジュラールが声を荒げる。

 フィアンマは陥ちた。しかし、希望はまだ、残っている。


「なら、貴方も一緒に……」


 逃げるならば、ずっと一緒にいたジュラールも共に。フィリアはそう願うも、老将は首を横にふった。


「客将であるクラム殿を一人で行かせるわけには――」

「ガミラス卿の仰る通りですな」


 フィアンマをまとめる将として、イルムガルトと共に戦おうとするジュラールを遮る騎士がいた。


 その騎士には見覚えがあった。翠鳳騎士団(すいほうきしだん)の分隊長の一人だ。隊長格の騎士でありながら、その体はでっぷりと太っており、翠鳳騎士団の装備であるフルプレートアーマーも腹部は取り払われている。

 良い噂は聞かない。上に媚び下を圧する典型的な貴族だったはずだ。


 その男が今この時に何を言おうとしているのか。貴族、特に翠鳳騎士団に対して良い印象を持たないマリナは槍を持つ手に力を入れた。


「クラム殿を一人で行かせるなど、騎士の道に反しますな」


 マリナはその騎士が何を言っているのか、理解が追いつかなかった。高潔な騎士道とは無縁のはずの男だった。

 しかし、兜のフェイスガードから覗く男の眼は、濁りのない決意の火が灯っているように見えた。


「しかし、ガミラス卿に『戦女神(いくさめがみ)』と共に敵陣を割る栄誉を贈るのは少々癪ですな」


 近くにいた騎士が会話に加わる。翠鳳騎士団の上級騎士の一人。侯爵家の跡取りでフィリアに言い寄っていたロクでもない男……だったはずだ。


「然り然り。老人は近衛兵と共に姫のお守りでもしているといい」


 続けて、若い騎士が前へ出る。ああ、この男は忘れもしない、自分を……マリナ=デフェーズを騎士の道から遠ざけた貴族の子息だ。

 相変わらずの物言いにマリナが眼を細める。


「お前たち、何を……」

「さて、『戦女神』殿。我らはどこを攻めれば良いか?」


 戸惑うジュラールが喋ろうとするのを制するように、若い騎士がイルムガルトへと問いかける。


「ここは一つ、『八咫烏(やたがらす)』の首を狙うというのはどうでしょう?」


 続いて侯爵家の跡取りが言う。その姿を見て目を丸めていると、イルムガルトが苦笑しながら答えた。


「言っておくが、私は死ぬつもりは無い。戦場に散るのが騎士の華、などと思っている者を連れて行く気は無いが?」


 マリナから見て、騎士の道から遠く離れていると思われた三人は一様に声を出して笑う。


「無論、我らもこのような場所で死ぬつもりはありませんとも」


 太った騎士はそう言ってフィリアへと顔を向けた。


「フィリア公女殿下。お家再興の際は、是非とも我らを重用ください」


 フィアンマの貴族らしい、打算じみた答え……とは、もう思えなかった。


「また、貴女の旗下で戦える日が来るのを望みます。どうか、健やかに」

「皆……うん、うん。絶対に、私の下に帰ってきてね……」


 太った騎士と侯爵家の跡取りの言葉に、フィリアが涙ぐむ。


「姫の涙に送られるなど、騎士の誉れですな。ガミラス卿、姫を頼みましたぞ」

「言われずとも。貴殿等に戦神アーガイアの加護があらんことを」


 三人の騎士がジュラールに向けて敬礼をする。ジュラールもまた、礼を以て返した。

 公女フィリアと教官であるジュラールに分かれを告げた騎士の一人が、マリナへと視線を送る。


 貴族の子息は見下ろすような目でマリナを見据えていた。マリナも、視線を外さずにその男の目をじっと見る。


「デフェーズ。貴様のような名ばかりの三流貴族に任せるのは癪だが……」


 事ここに至って、相変わらずの物言いにマリナが吐き捨てるように言葉を返す。


「代わってあげようか?」

「馬鹿なことを。この戦は高貴なる我ら翠鳳の騎士にしか務まらんわ」


 高圧的で不遜な物言い。他の騎士のように綺麗に分かれの言葉を言えないのかとため息をつく。


「だが……」

「だが、何よ」


 まだなにかあるのかと、騎士に視線を戻す。その目は真剣で、曇のない……騎士の目をしていた。


「公女殿下を守る大役は貴様にしか務まらん。フィリア様を、頼む」


 そう言って、若い騎士は頭を下げた。


「……任された。この生命に代えても、守り通すと誓う」


 そうだ。この男も、騎士なのだ。フィアンマの騎士として、守るべき者の為に戦う騎士なのだ。

 騎士に心の中で謝罪し、そして誓いの言葉を告げた。


 若い騎士は満足そうに笑った。


「では行くか。生きていたら、また会おう」

「はい、必ず」


 短く別れを告げたイルムガルトが馬にまたがる。その横に、騎乗した三人の騎士が並ぶ。

 追撃の手を逃れてアーランフィアナまで辿り着いた騎士は多くはない。


 しかし、その誰もが誇らしい顔で戦列を整えていく。


「翠鳳騎士団の勇者達よ! 我に続け!!」

「「おおおおおお!!!」」


 僅かな近衛騎士団を残し、翠鳳騎士団がイルムガルトと共にグルガ・グラント軍に突撃して行った。


「大神ファラの加護があらんことを……」


 騎士達の背に向けて、祈る。願わくば、また共に……


「姫、我らも参りましょう」

「翠鳳騎士団が敵を引きつけている間に、敵の包囲を突破しないと」

「行こう」


 ジュラールとマリナの言葉に力強く頷き、馬を走らせる。

 騎士達の想いを背に。フィアンマを、終わらせない為に。





フィアンマ陥落

これで第一章の序盤終わりです

ここから姫様の逃避行が始まります


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