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夜明けのベルカント  作者: 川本浩三
第一章 亡国の憐姫
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裏切り

 勝負を決するべく、フィアンマ全軍が前方にいるグルガ軍に対して攻勢に出た虚を衝かれた。


「後ろ!?」


 後方から怒声と剣撃が響き渡る。


「馬鹿な! この平野に伏兵などおけるはずがない!」

「奇襲を受けているのは確かです。大規模な魔術による攻撃? いや、ここまでの衝撃なら予兆が見えるはず……」


 何もない平野での何の前触れもない奇襲。稀代の軍師と称される『八咫烏(やたがらす)』ミハエル=ベルゲングリューンといえど、神算が過ぎる。

 このタイミングでの奇襲にフィアンマ軍は浮足立っていた。


 何もできず、状況の把握すらできないままに混乱するフィアンマ軍において、いち早く状況を動かしたのは最前線でグルガの陣に穴を穿っていたイルムガルトだった。


 後方からの支援が薄いこと、そしてグルガ軍の抵抗が微妙に弱い事を感じ取ったイルムガルトは、咄嗟の判断で進軍方向を大きく変え、フィアンマ軍を取り囲もうとしていた敵左翼を突き抜けた。


「やはり後方で何かあったか」


 グルガ軍の左翼を抜けたイルムガルトは、フィアンマ軍が後方から攻撃を受けているのを見た。


「奇襲か……どんな手を使ったかしらんが、あの老人ならありえるな」


 勢いを落とすことなく戦場を迂回しながら状況を整理する。どんな手を使ったは知らないが、フィアンマ軍の後方で戦闘が起きていた。


「このまま後陣を襲っている軍を引き剥がす。続けっ!!」


 戦場を迂回していたイルムガルト率いる先鋒が後方の戦場へ突撃する。

 イルムガルトの接近を察知した奇襲部隊は、攻撃をやめて距離をとる。


「この旗印は、そうか……」


 後陣の周囲を回るようにして奇襲をしてきた部隊を引き剥がす。イルムガルトに続くフィアンマ騎士達の勢いが、少しずつ落ちてきていた。


「フィアンマは、もう終わっていたのだな」


* * *


 先陣を切っていたイルムガルトが本陣へと戻ってきていた。

 奇襲を受けていた後方を回ってきたイルムガルトはフィリア達の顔を見渡す。


 皆一様に悲痛な表情をしていた。


「ひとまず、奇襲部隊は引き剥がしてきた。包囲しようとしていたグルガ軍も牽制しているが、それほど長くは保たないだろう」


 イルムガルトは表情を変えることなく、淡々と告げる。

 報告を受けたフィリア達は言葉を発することなく、口を結んでいる。


「グラント大公はグルガに寝返った。後方からきたのは援軍ではなく、我らを殲滅するための部隊だ」


 勝機を見出し、動き出した矢先に身内の裏切り。心が折れてしまっても仕方がないことだろう。

 奇襲を受けてからそれなりに時が経っている。

 グラント大公がグルガ帝国に寝返っていることは、全軍に知れ渡っているはずだ。


 兵の士気はこれ以上無いほどに落ちている。もはや反撃を行うことは無理だろう。


 このまま包囲されて殲滅されるのは待つばかり。イルムガルトは手にした魔剣を見つめながら、戦の終わりを感じ始めていた。


「……撤退します」


 諦めにも似た空気が漂う中、フィリアの凛とした声が響いた。


「叔父様が裏切ったなら、アーランフィアナが危ない」

「アーランフィアナの守備はグラント大公軍です。今向かっても……」


 首都へと撤退するというフィリア。しかし、首都はグラント軍によって守られていたはずだ。

 マリナが言う通り、今向かったところで敵の懐へ飛び込むようなものであろう。


「お父様直轄の近衛兵も多く残ってるわ。見た感じだと叔父様はほとんどの軍をこちらに割いている。まだ、可能性はある」


 首都や王族が無事な可能性は高くは無いだろう。それでも、フィリアは諦めることはしなかった。

 

「イルムガルトさん、マリナと共に先陣を。南の反乱軍を断ち割り、道を開いてください」


 グラントの、叔父のことをフィリアは反乱軍と断じた。決断し、覚悟を決めた瞳は真っ直ぐにイルムガルト見つめている。


「断る」


 イルムガルトはその目を見返して、応えた。フィリアの提案を受けることはできない。

 なぜならば――


「私はアーランフィアナまでの道を知らんからな。殿(しんがり)で構わんよ」

「しかし、それでは――」


 撤退戦において、血路を開く先陣よりも追いすがる敵を足止めする殿軍の方が危険であった。フィリアは客将であるイルムガルトに気を遣ったのであろう。


「有名な水の都、一度見てみたかったんだ。案内頼むぞ、フィリア公女殿下」

「イルムガルトさん……」

「楽しみにしている。では、また後でな」


 そういってイルムガルトは本陣を後にした。グルガ帝国との戦いに慣れており、戦の経験も厚いイルムガルトが殿軍を務めるのは至極妥当だ。

 加えて、イルムガルトはフィリアの事を好ましく思うようになっていた。王族でありながら、他者への気遣いもでき、戦場での指揮も見事だった。


「このまま終わるのも味気ない。戦いを諦めないというならば、賭けてみたくはなるな」


 この戦を生き延びることがあれば、仕えるのも悪くない。イルムガルトはそう考えながら、殿軍の指揮へと向かう。


「……ジュラール」

「はい。必ずや、クラム殿と共に追いつきます」

「お願い」


 客将であるイルムガルトだけに殿を任せることはできない。一番信頼がるジュラールを向かわせることで、フィリアなりに礼を尽くしたつもりだ。


「マリナ、行こう」

「わかった。行こう」


 マリナと短く言葉を交わす。

 これから戦うのは、つい先程までは同胞……仲間だった者達。


 だが、ここで戦を終わらせることは、諦めることはできない。

 たとえ、そこに叔父がいようと、見知った顔が並んでいようとも。


 フィリアは、斧槍(ハルバード)を持つ手に力を込めた。


「南の反乱軍を断ち割り、アーランフィアナへと帰還する。続け!!」






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