戦女神と共に
戦場に散っていた翠鳳騎士団の再編が終わったようだ。
マリナと共にイルムガルトとこれからの戦いについて軍議をしていたフィリアの下に、ジュラールがやってくる。
「軍の再編成が完了しました」
「ありがとう。残存兵力はどのくらい?」
「八割ほどですな」
「ほう……」
残存していた兵数に、イルムガルトが驚きの声を漏らす。
「フィアンマの翠鳳騎士団は貴族達の為のお飾りだと思っていたが……黒狼騎士団を相手にそれだけの被害で済んでいるのならば、考えを改めないといけないな」
イルムガルトが評したように、翠鳳騎士団は貴族が威を借るための組織に近かった。
今回の戦でも、戦術や兵法から外れた突撃をする等、その評価は妥当だ。
それが、屈強な黒狼騎士団を相手にして意外な程に損耗が少ない。
「フィリアが戦場を周ってたのが効いたのかもね。センスあるんじゃない?」
「そんな大したものじゃ無いよ。皆が国の為に頑張ったからだと思う」
「……(姫の軍才は本物だ。姫を中心に軍を再編すれば、列強諸国と肩を並べることもできよう)」
謙遜するフィリアだったが、ジュラールはその才能が本物であると感じていた。
軍を軍として機能させる。天秤の加護が失せた今、フィアンマにとって必要不可欠な事であり……
「私にはできなかったことが、姫ならば……」
かつて自分では成し得なかった事。フィリアの才があれば、それを成し得ることもできるのではないか。
国の存亡をかけた戦いの中、ジュラールはそこに確かな希望を見出していた。
「私がどうかした?」
ジュラールの独り言にフィリアが首をかしげる。今は、先のことを考えるよりも、目の前の戦を考えなければならない。
「いえ、なんでもありません。これからの動きですが――」
「報告っ!!」
軍議をしている四人の下に伝令の兵が駆けてくる。四人は一斉に伝令兵の方へ意識を向けた。
それを確認した伝令兵が報告を始める。
「報告します! 後方より味方援軍!」
「援軍!? フィアンマの兵はほぼ全軍がここにいると思うけど?」
フィリアがまっとうな疑問をつぶやく。
フィアンマ全軍を以て速やかにグルガ軍を撃滅すべし。
その命令に応じたフィアンマ公国軍は、その殆どをここ、フィアナ平原に集結させたはずだ。
いったい誰が――
「旗印はグラント大公! 数は五千!!」
「叔父様が!?」
「大公殿下より伝令あり! 軍の再編は確認した。進軍の勢いのままグルガ帝国へ奇襲すべし、と」
軍の再編は終わっている。緒戦が終わり一夜が開けた今、兵の体力も回復しているだろう。
「ここで援軍か。良いタイミングだ」
「運が向いてきましたね!」
イルムガルトとマリナが援軍の報に喜色を示す。
二人が言うように、味方援軍が現れたならば、好機である。
「姫、いかが致しましょう?」
「……」
ジュラールの問いかけに、一瞬だけ逡巡する。
イルムガルトの参戦とグラント大公の援軍。そして再編した翠鳳騎士団。
大公軍の進軍のタイミングは問題ない。
グルガ帝国軍に対して動くなら、今しかない。リスクを避けていては勝てる戦も勝てないだろう。
「進軍しよう。叔父様の軍に伝令を!」
フィリアは決断した。援軍の勢いを以てグルガ軍に打撃を与える。
「翠鳳騎士団は真っ直ぐにグルガ軍へ突撃する。叔父様の軍は後方で二つに分かれて両翼から挟撃を!」
「はっ!」
「敵に対応する時間を与えては駄目! 一気に決めよう!」
緒戦での翠鳳騎士団の無策な突撃とは違う。おそらく、敵軍は未だ援軍に察知できていない。
この状況では速さが命だ。
「英断だな。フィアンマ所属では無いが、先陣を任せてもらってよいか?」
フィリアの決断を後押しするようにイルムガルトが先陣を申し出る。
各国に武名を轟かせた『戦女神』の申し出だ。断るはずもない。
「お願いします!」
「では先行する」
フィリアの声に短く答えたイルムガルトは、フィアンマ軍によって借り受けた馬にまたがり、颯爽と先陣へ向かっていく。
その姿に兵から歓声が上がった。
全軍に進軍準備の命令を発し、フィリア達も戦支度を整える。
再編の折に命令系統の最適化、伝令の効率化を含めた指示を出していた為、進軍準備は驚くほど早く完了した。
「姫、ここが正念場です」
「うん。うんわかってる」
馬にまたがり、全軍を見渡す。
戦の機はフィアンマに味方している。士気も高い。
これならば、グルガ軍を全滅させることはできずとも、領土から退かせることはできるはずだ。
大きく息を吸い、気息を整える。
「戦女神殿の助力に大公の援軍! 今を逃して勝機はない!!」
全軍を鼓舞するように叫ぶ。フィアンマの命運はこの一戦にかかっている。
フィリアはその想いをのせて、号令を放った。
「皆! 戦女神殿に続けっ!! 全軍突撃!!」
おおおおおおおおおおおお―――
先陣を駆ける純白の騎士を追うように、歓声を上げたフィアンマ兵が続く。
後方からもグラント大公軍がその歓声に応えるように、戦太鼓を打ち鳴らし、歓声を響かせている。
フィアナ平原での戦い二日目。
『八咫烏』ミハエル=ベルゲングリューン率いる黒狼騎士団と、フィアンマ公国全軍の戦いが幕を開けた。