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グラスフィッシュの骨  作者: 冬澤 紺
7/7

空から降ってきた公務獣

帰宅後、まだローンが残っている車に乗って、大和は近くの峠まで走らせた。車のタコメーターは1000にも満たない。道を横断する人間が生きているのか幽霊なのかすぐに区別がつかない大和にとって運転はかなりの疲労を伴う。


「そういえば、交番勤務の時、パトカーに乗る機会がほぼなかったなあ。上司が上から俺の体質について聞かされていたからなのかもしれない」


今回の異動で今までの事に少しずつ説明がつき謎の羞恥心に苛まれる。

そしてそれを消す様にエンジンを轟かせた。


 大和が近くの峠の坂を上り始めた頃、太陽はその奥に沈み、街灯の明かりのみになっていた。ヘッドライトに時折照らされる人間はよく見ると光が奥に透けていて、足元に影を作っていない。路側帯に車を停め助手席に置いている陣の描かれた布を持って降車する。

 目の前には少年の幽霊。ガードレールからその奥の闇を眺めている。耳を澄ませると、水音が聞こえる。よく見ると少年は半そでにつぎはぎだらけのタンクトップで丸刈り、最近の田舎の子でもしない恰好をしている。


──戦後かその前にここで水難事故にあった子


 そう分かる出で立ち。未練があるのか、少年はガードレールの奥の闇から聞こえる水音から視線を外さない。大和にも気が付いていない。その横顔はあの日を悔いる様に、瞳が濁っていた。


 大和は諦めて車に戻った。時刻は20時だ。少し考えた後、角野に電話をかけた。


『はい、角野です。春市君どうされましたか?』

「こんばんは。お忙しい中すみません」

『大丈夫ですよ。専科もあと数日ですね。公務獣は見つかりましたか?』

「いえ、まだです。その事で質問が……」


 電話の奥から『角野、今夜は肉がいいにゃ!』と聞こえる。


「マルさんもいるんですか?」

『はい。僕の公務獣はマルさんですから、一緒に住んでいます。今は二人ともあまり現場に出ていませんが』


 おっとりした角野より、マルの方が検挙率が高そうだと大和は失礼にも思ってしまった。事実、角野は係長だが、マルは部長だ。


『ところで質問とは?』

「マルさんの霊体の情報って教えていただけますか? できれば他の方のも。霊体探しの参考にしたくて」

『構いませんよ。マルさんの中身は元警察官です。ちなみに佐賀君のツキノワグマも警察官の霊です。堺君のチャップリンは死のデータから選ばれた死刑囚、加々美君のチワワはたしか加々美君のお知り合いの霊が入っていますよ』


 死のデータを使ったのは堺だけ。それ以外は自分自身で霊体を探してきたことになる。死のデータを使わなければならないという緊張感が少しだけほぐれたが、問題の解決にはなっていない。


「警察官か……たしかに一理ありますね」

『霊体の情報が引き継がれますからね。仕事上とても効率がいいですよ』

「若い霊体の方がいいですよね?」

『そんな事ありませんよ。媒体となる動物の運動神経を兼ね備えていますからある程度老けている霊でも人間以上の能力を発揮します』

「なるほど。じゃあ、自分の短所を補えるような霊体が良いですね」


 電話の奥で角野がフッと笑う。


『春市君が少し……ザザザザザザ……に、なって……ザザザザ』

「? すみません電波が悪いのかよく聞こえません」

『ブツンッ』


 電話は切れた。周りは山だ。そのせいかと、大和が前を向くと幽霊の数が増えていた。

 こんな山の中を老若男女、しかも兵隊や甲冑など時代も様々な霊体が上から下りてくる。試しに話しかけようと車の窓を開けたが、ナンパもしたことない男は第一声がでない。


「あ、あの……」


 大和を見向きもせず、兵隊が横を素通りした。車を貫通してくるスーツ姿の男に「す、すみません!」と頑張って話しかけると、男は助手席を見て、誰もいないと分かると大和を凝視した。


「見えてるのかい?」

「は、はい……あの少しお話よろしいでしょうか?」


 これでは職務質問と変わらない。どうにか友好的な事を伝えようとするが、幽霊相手にどのような話題をしていいかが分からなかった。


天気の話しも、時事ネタも何も通じない、それどころか勢いで話しかけたスーツ姿の男の首には縄が巻いてあった。

 大和は自殺した霊に話しかけてしまったのだ。


「何もないならもういいですか? 会社に行かなきゃいけないんですよ。ああ、そうかもう死んでいるから行かなくていいのか! あははははは!」


 サラリーマンの霊は幽霊ジョークと不気味な高笑いを車内に響かせ後部座席の方から外へと透けて出て行った。空調もつけていないのに車内の温度は急激に下がった。


「上に行ってみるか」


 アクセルを踏む込む。上からは幽霊が何体も下りてくる。「やっぱり山は幽霊が多いのか?」と頂上を目指した。しかし、大和の予想に反して幽霊の数は減り始めた。

 たまにすれ違っても一般人ばかりで、公務獣に適した霊体が見つからない。


 頂上の看板が見え始めた時、とうとう一体も現れなくなった。


「気圧や標高が霊の移住地に関係があるのかな?」


 怪奇捜査研究所の近江が興味を示しそうな発想をぶつくさ漏らしながら、カーブを曲がったその時だった。


─ガサササササササ


「?」


 何か音が聞こえた気がして、窓を開けた。


──ガサササササ!!!


 葉の擦れる音、枝の折れる音、それよりも大きな、樹木をなぎ倒す様な音が暗闇から聞こえる。


「なんだ……」


──ゴゴゴゴゴ


 地鳴りで、車、身体、その他全てが小刻みに揺れる。ブレーキを踏み、ハイビームにして前方を確認するが、変化はい。音と揺れだけが不気味に響いていた。


「地震か?」


 揺れが治まるのを待つ大和。すると突如フロントガラスに黒い塊が現れ、ボンッ! という大きな音を立ててボンネットをへこませた。


「なななんだ?!」


 慌てふためく大和。


──ボンッ!!


「ぎゃあ!」


 今度はその黒い塊の上に更に大きな黒い塊が降ってきた。


──ガシャーーーン!!


 ボンネットの上で大きな塊は跳ね返り、フロントガラスを突き破って車内に侵入してきた。車内灯が点灯し、塊を照らす。


「ひいっ」


 大和は潰れた悲鳴を上げた。ガラスを突き破ってきたのは血まみれの人間の男だった。


死体を見るのは初めてではなかった。しかし空から降ってきた死体は初めてで、そもそも死んでいるのかも分からず、大和は一度深呼吸をして、だらりと下がった手首に指を二本当てた。


──命の鼓動は止まっている


 その代り、大和の右耳の鼓膜が激しく震えた。


──ゴゴゴゴゴ


再び発生した地鳴りの方向から、大和は咄嗟に死体と、最初に降ってきた塊を割れたフロントガラスが刺さるのも無視して車内に引きずり込んだ。


──ゴゴゴ、ドドドドドドドド!!!


「うわああああ!!」


 間一髪、二つの塊は大和の咄嗟の行動で雪崩れてくる土砂に埋まらずに済んだ。しかし自然の猛威は恐ろしく、車体の右側をグイグイ押し、機械の塊をガードレールに押し付けた。地鳴りは止んだが、土砂崩れによりなぎ倒された樹木の悲鳴と、土石流が大和の車をガードレールに押し付ける嫌なギイインという音だけが響き渡る。圧迫され道路からはみ出し曲がっていくガードレール。その下は谷だ。このままガードレールが大破すれば大和たちは谷底に落ちてしまう。


 そんな極限状態の中、大和は助手席に引きずり込んだ二つの塊の上に覆い被さっていた。もしかしたらまだ男は生きているかもしれない。フロントから入ってくる土石流に埋まりながら、微かな望みにかけて覆い被さっていた。


 しかし──


「嘘だ……」


 かろうじ点灯している車内灯が、男の身体が二重になるのを照らしていた。背中からスッと出てきたもう一人の男は、この男の霊体だ。

 もう男が蘇生する見込みは残っていない事を意味する。


「待って! 死なないでくれ!」


 背中を押す土砂を背筋全てに力を込めて身体を揺らし押し退け、大和は霊体を抱き締めた。しかし、あの手袋をしていない今、掴めるわけがない。それに霊体の戻し方など知らない。あるかもわからない。完璧に死んだ男をどうにかしようともがいた。

 男の霊体の足が見え、完璧に身体から離れた。その足を掴もうともう一度大和が手を伸ばしたその時だった……


──シュウウウ


 蒸発する様な音がしたかと思うと、助手席が青白く光り始めた。昼間の様に車内は照らされ、周りの景色も鮮明に見える。割れたガラスの反射で幻想的にすら見え、屈折が生み出す明暗とりどりの青白い光が土砂の混じった石ころに反射し、宝石が散りばめられた洞窟にいるようだった。

どんどん強くなる光。それは……


 男の霊体を何かに吸い込んでいく。


「一体何が……」


 霊体は吸い込まれ完璧に消えた。車内は再びオレンジの車内灯だけになる。土砂崩れも治まり、原型は留めていないにしろ、ガードレールはぎりぎりのところで落ちることなく大和の車を落下から守っていた。

 まだ激しい光の残像のせいで前が見えない大和。目を細めしっかり助手席を見る。霊体は消えていた。


「成仏したのか? それとも生き返ったのか?」


 まだはっきりしない視界の中、手を伸ばし助手席の様子を探る。


──ドクン


 生命の息吹を掌が感じ取った。


──モフモフ


 もじゃもじゃの毛の下で。


「え? え?」


 困惑する大和の掌の中でもじゃもじゃがもそもそと動く。それが何か確かめようと手を動かすと……


「わはははは! くすぐったいのおお!」

「はああああ?!」


 慌てて手を離した。薄暗い助手席の毛玉の中からしゃがれた笑い声が聞えたのだ。

 ようやくスマートフォンの存在を思い出し、大和はライトで助手席を照らす。そこには……


「おい、小僧! 眩しいではないか!」


 茶色の塊が前足で顔を隠していた。


「た、狸が喋ったーーー!!!」


 自然災害の悲惨な現場で、大和の叫び声がこだました。

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