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グラスフィッシュの骨  作者: 冬澤 紺
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霊力とチョコレート

 その後入れ替わりできたのは怪奇課妖怪係の係長で、角野と同じくらいの中年男性だった。


「妖怪が無形文化遺産に登録された事により、妖怪は保護の対象となりました。よって──」


 長い話の末分かった事は、妖怪係は迷子センターや地域課に似た役割を果たしているという事だった。

 そして……


「特殊警察部霊道機動隊です。おもに霊道の安全確保や霊道で起こったトラブル解決が職務内容です。お盆の時期になると幽霊係にもヘルプを頼むかもしれません」


 特殊警察霊道機動隊は交通課の役目を果たしていると、大和はインプットした。角野の言った通り幽霊係は刑事としての役割がある事も痛感した。

 普通の警察官の部署と何ら変わりがないのに、かわるがわるやってくる警察官たちは当たり前の様に「幽霊」「妖怪」と言った言葉を平気で使っている。今の大和は見える人間を目の当たりにした見えない人間の気持ちになっていた。


 昼休憩を挟んで次に教室へ入ってきたのはマルと褐色の肌と白衣が特徴的な男性だった。体格がよく、武道を心得ていそうな印象を受ける。


「春市、まだ困惑してるにゃ?」

「……はい」

「そう言う時は糖分でもとってリラックスしましょう」


 見た目を吹き飛ばすような優しい声の白衣の男性がポケットから出したのは金色の包み紙。開封していないのにチョコレートの香りが漏れ出ていた。警戒している大和に「はい、どうぞ」と受け取るよう催促をする男性。


「あ、ありがとうございます」

「ではそのチョコレートを食べたら授業を始めますか」


 チョコレートの包みを開ける手が一瞬止まる。しかし覚悟を決めて放り込み、急いで溶かして飲み込んだせいで咽た。


「威勢がいいですね。では俺たちの部署の説明をします。俺たちは春市君幽霊係と一番関係の深い部署、怪奇捜査研究所です。一般の警察の鑑識や科学捜査研究所と同じ役割を担っています。あっ、自己紹介が遅れました。俺は怪奇捜査研究所の所長・近江(おうみ)です」


 白衣を翻し、近江は黒板に黄色いチョークでデカデカと文字を書き始めた。そこには大和の聞いた事のある「手錠」「拳銃」という言葉が並んでいくが、そのどれにも「特殊」と最初についている。


「俺たちの部署では怪奇現象に立ち向かう刑事の装備品の製作・改良、遺留品の鑑定などを行います。他にも様々な研究がありますが、全て話すと日が暮れますので端的にいきますね」

机を4つ合体させ、そこに様々な道具が並んでいく。そのうちの一つ、白い紙が編み込まれている縄を近江は指さした。よくみると白い紙には黒い文字が見える。


「この白いのは?」

御札(おふだ)です」


 正月飾りのしめ縄のようだが、御札のせいで心なしか部屋が寒く感じる。


「これは手錠なんですよ」


 ガシャンっと犯罪の重さを皮膚にしみこませる音は聞こえない。ただの一本の縄だ。


「罪を犯した幽霊達は文字通り「お縄につく」ことになるわけです。厄介なのはいちいち手動で結ばないといけないところですね。ワンタッチで逮捕できるように現在改良中です」


 そして手錠の横には拳銃。それは普段支給されるものと少し違いシリンダーが丸見えで弾が装填されているか一目瞭然だった。今は装填されている。


「使ったことはありますか?」

「警察学校で。現場ではまだです」

「では、もしかすると最初に使う拳銃はこの特殊拳銃かもしれませんね」


 近江は弾倉を開き、大和にレンコン状のシリンダーの中を見せた。弾は六発込められている。


「この拳銃も弾も普通の人間の目に写ります。しかし発砲はできません。引き金にどれほど力を込めようとも無理です。何故なら霊力で発砲可能な拳銃だからです」


 そして弾を取り出し、大和の掌においた。


「これで人間を撃つこともできます。威力も変わりません。しかし幽霊も撃つことができるのです。さて、春市君……」


 あからさまに近江の声のトーンが変わった。


「よく聞いてくださいね。例えば、この拳銃で人間の心臓を撃ち抜くと大抵人は死にます。幽霊も死にます」

「もう死んでいるのにですか?」

「まだハッキリとは分かっていませんが、詳しくはこの世から完璧に消えます。その後あの世へ戻るのか、やはり成仏できずさらなる怨念となって蘇るのかはまだ今の研究段階で分かっていません。ですが、確実にこの弾を心臓に打ち込めば人間同様死にます。二度目の死です。では、これで人間の足を撃てばどうなるでしょうか?」

「怪我をします。最悪死にます」

「そうです。急げば傷は残れど普通の日常に戻れます。では、本題です。幽霊の足を撃てばどうなると思いますか?」

「……」


 大和は閉口した。


 大和の脳内では足に弾丸を食らった人間が血を流す映像が流れている。そこへ突如近江から「幽霊ならば」と新情報を投げ込まれ、赤黒い液体は脳内から消え去った。その代り太腿に穴を開けた人間が痛みなど感じない呆けた顔で立っていた。


「血は流れないんですか?」

「流れません」

「心臓に打ち込まれれば消えるんですよね」

「はい」


 大和の脳内には誰もいなくなった。


「足に撃ち込まれた場合も……身体全体が消えるんですか?」

「半分正解で半分不正解です」


 近江に渡された弾丸が大和の手の中で重たくなる。


「その弾丸は金属及び特殊な物質との化合物です。その物質は霊を浄化します。なので心臓や脳を撃ち抜けば、生命の中枢を失ったも同然で身体の細胞が全て死にます。そして急所以外に受けた場合、成分が作用する約半径10センチが浄化されます。つまり……」


 大和が全てを悟ったと気が付き、近江は最後、頷くだけで終わった。


「……人間は治療すればある程度日常に戻れる。でも幽霊は撃たれた箇所を完璧に失うという事ですね」

「正解です」


 一発の重みが圧し掛かる。質量のない幽霊への重たい一発をいつか自分も撃たなければならないかもしれない。大和は背中に嫌な汗をかき始めていた。


「彼らは浮き、そして透けています。足の一本や手の一本無くなっても支障がないかもしれません。ですが最新の研究で、ある事が分かりました。足を失った霊体が動物、もしくは人間に憑りついた時、足を動かすことはできなかったのです」

「ちょっと待って下さい。少し混乱していて……幽霊は存在が見えない。でも憑りついた時、足の機能は失われている。それじゃまるで幽霊でも筋肉・細胞・骨があるみたいじゃないですか」

「ええ。不思議ですよね。まるで透明になって遊んでいる人間のようです。まあ、これに関しては春市君ではなく、俺たち怪奇捜査研究所の解明しなければならない謎の一つです。なので、もし任務中に気が付いた事があれば報告をお願いしますね。では、行きましょうか」


 近江が大和の手を開き、弾丸を取り戻した。


「どこへ?」

「射撃場です」


 溜まっていた背中の汗が一気に流れ落ちた。


***


 久しぶりに来た警察学校の射撃場は静まり返っていた。同じ管内では今年の新人警察官たちが座学の授業を受けている時間帯だ。教官の何人かは物見草に教官室から眺めている。

 大和はここに来るまで、ずっと近江の背中を見つめていた。広い背中には同じ特殊警察部の人間にも漏らせない実験をしてきたのか、何事にも応じない逞しさがあった。そしてそんな彼に射撃場に連れて来られれば、幽霊を実際に撃たされるのだと勘違いしても仕方がない。だが大和の心配は杞憂に終わった。


「あの的に向けて撃って下さい。大丈夫、急に壁の向こうから幽霊が現れて撃ち抜かれたりなんてしませんから」

「本当ですか?」

「本当です。国の機密機関および依頼のあった企業は俺たちが開発した結界に建物を守られています。幽霊は入って来られない。マルさんたちのような公務獣を除いてね。でないと大切な情報が幽霊に盗まれ悪用される可能性がある」


 一緒についてきたマルが頷いている。


「そういえばどうしてマル部長はここにいるんですか? 誰かを迎えに行くって言ってましたよね」

「部長はいらないにゃ。ノミ以上に痒くてたまらん。迎えに行っていたのは、この近江にゃ。ちょっと春市のことで話があってにゃ」

「俺の事で?」

「はい。どうやら春市君は霊力がとてもお強いようで。その報告を受けていました。ついでに霊力の強い男の射撃も見たいと」

「霊力と射撃は関係しているんですか?」

「引き金を引けるか否かは勿論、他にもね。とりあえず撃てるだけ撃ってみてください」


 大和は拳銃を受け取り、的と向き合った。そして構え、硬い引き金をまずは……


──パンッ!!


 一発引いた。射撃場に音が反響しているうちにもう一発、そして更にもう一発と、久しぶりにも関わらず全ての弾を撃ち終えた。


 的の中心への命中率はまちまちだが、近江は拍手を送った。


「すばらしいですね。マルさん、彼の霊力の強さは本物です!!」


 科学者が今日一番の興奮を見せる。


 射撃場から教室へ戻る廊下で、近江は興奮を鼻息で漏らしながら特殊拳銃と霊力の関係性について語り始めた。


「先ほども言いましたが、特殊拳銃は霊力で引き金を引くことができます。研究によると生まれてすぐの人間は霊力を少なからず持っていると言われます。赤ちゃんは幽霊が見えると言われていたり、何もない場所を指さしたり話しかけてりしているのはこれが原因です。しかし物心がつきだし、善悪の区別がつきだした頃、霊力は低下、だんだん見えなくなると言われています。そして幽霊は見えないのに、霊力だけは微かに残っている人もいます」

「え? では、そういう人たちは幽霊は見えなくても特殊拳銃は撃てるって事ですか?」

「そうです。力はなくとも霊力で発射可能な特殊拳銃はそういった短所を抱えています。その為、ある一定値の霊力がないと発射できない仕組みなのです。トリガーが霊力を一定量感知した場合のみ、引き金が引かれます。そしてここにも短所があるのです」


 近江はもう弾の籠っていない拳銃をクルクルと回した。


「霊力感知の上手い仕組みが開発できず、我々の力ではトリガーに一定量の霊力を溜めて引く構造しか開発できなかったのです。あ、チョコレート食べますか?」


 混乱している大和に近江はチョコレートを差し出した。


「見えない力なので数値化が不可能なのですが、一発発射に5の霊力を必要とする仮定しましょう。赤ん坊の霊力は2にでもしておきましょうか。これなら一般人が使用する事は不可能です。そして特殊警察部の人間も拳銃を使うなら5以上の霊力を必要とします。そして霊力は無限大ではないのです。カロリーと同じで使用すれば供給が必要なのです」


 大和は自分の身体の疲労感を確認した。至って元気だ。


「2発撃つなら霊力は10必要です。でも春市君は普通に立って歩いている」

「平均は何発なんですか?」

「たいてい、3か4で腕が上がらなくなります。最高記録は堺君の6発です」


 大和と同じ6発を撃ったのは丸眼鏡で大和に強気な態度をとる堺だった。


「しかし、その後彼は二日寝込みました。意地で6発撃ったのでしょうが、おすすめはしません。だから君は凄いのです春市君!」


 警察学校の廊下で興奮した近江の声がこだまする。

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