田中のモーニング
ここは喫茶店コロンビア。気さくなマスターが悩める顧客にソリューションを提供する。コンサルティングファームだ。今朝も、開店と同時に顧客が一名、入店した。
「マスター、モーニングBセットをお願いします。」
物憂げな表情のこの客、性を田中と言う。アラサーである。名前はまだない。
「モーニングBセットのBは武士道のBですがよろしいでしょうか。」
マスターは白磁のソーサーを磨きながら笑顔でそう答える。このマスター性を田中と言う。アラサーである。名前はまだない。
「そうですか、それでお願いします。」
気だるげに答える田中。この田中、性を田中と言う。アラサーである。名前はまだない。
「かしこまりました。少々お待ちください。」
田中は、そう言いながらすらりと腰に差した刀を抜いた。真剣である。銘を田中と言う。田中は田中を振りかざすと田中の首めがけて、勢いよく振り下ろした。ひゅんと風を切る音を田中が発する。田中の刃が田中の首をするりと通り過ぎていく。田中は田中らしく田中から零れ落ちた。見守る田中達も息をのむ。
ごろりと床に零れ落ちた田中の首は、今まで見たことも無いような笑顔であった。
「良いBセットですね。これは間違いなくBセットですね。あぁBセットだ。こんなBセット見たことない。今までにない斬新なBセットですね。ひょいと飛び込んだ喫茶店でこんなBセットが出てくるなんて、思いもよらなかった。これからは毎朝Bセットにしよう。よしパパにも教えてあげよう。私がこんなBセットの出てくる喫茶店の常連だって知ったらパパも認めてくれるに違いないね。無職でも許してくれるわ。だってBセットだもの。」
そう、この田中、無職なのである。アラサーであり、無職でもある。失うものなど何もない。名前はまだない。
「お客様にご満足いただけたようで何よりです。」
田中はスタンディングオベーションを送る田中達を前に一礼した。田中のソリューションで、迷える田中が一人救われた瞬間であった。
田中は自身の首を拾うと、額に田中と書いてから脇に抱えた。
「誰の物か分かるようにしておかないとね。冷蔵庫のプリンも勝手に食べられちゃうから、きっとこの首も勝手に持っていかれちゃう。」
そう、この田中は実家暮らしなのである。無職でもあり、アラサーでもあり、実家暮らしなのである。寄生虫である。田中家の寄生虫なのである。いわゆるフリーライダーである。いわば田中家のごくつぶしなのである。いっそ一族の恥なのである。もはや平成が生んだ魔物なのである。誤解を恐れずに言えばパンドラボックスの中身なのである。そして性を田中と言う。名前はまだない。
田中は首を脇に抱えたまま、会計を済ませた。支払いはなんとキャッシュレス。無職の癖に生意気である。最近、田中はスマートホンでのキャッシュレス決済とBluetoothヘッドセットを使いこなすようになった。しかし、無職であり、アラサーであり、実家暮らしなのである。名前はまだない。
意気揚々とオフィス街に向かって歩き出す田中。無職の癖にオフィス街に歩き出す、この田中の行先は誰も知らない。
ゲージが溜まったので放出しています。