1話 だいじょう部
「ひゃあああああーー!」
叫びながら廊下を走る。ひたすら、ただひたすら逃げる。『廊下は走っちゃいけません』。そんなことは小学生のころから知っている。でも今はそんなこと言ってられない。時々、人とぶつかりそうになる。それでも僕は走る。
「待てコラー! 逃げるなーー!」
あの人が、ひたすら、ただひたすら追ってくる。何故逃げているかって?
だって、あの人の手にはフリッフリのワンピースがかかげられているから。ムリ、あんなの絶っ対に似合わない。絶対に。
「ほらほらヒカリちゃんこれ絶対似合うってー」
「ヤダヤダ、ヤダあーー! だってぼく男の子だよーーっ!?」
そうなのだ。ぼく——中村光——はれっきとした高校一年の男の子なのだ。
「知ってるよ。だからおもしろいんじゃん?」
ダメだ。マヤ――橘真矢――ちゃんは全然わかってなかった。マヤちゃんは元気いっぱいな女の子で、面白い子なんだけれど、すぐ僕に女装をさせたがる。
「ほらだって、ヒカリちゃん顔可愛いし、ちっちゃいし、童顔だし」
「今は性別の話をしてるの!」
「まあまあ、いーじゃん。着てみなよー?」
廊下を走るのも疲れてきた。マヤちゃんはまだまだ余裕そう。ぼくとマヤちゃんの距離が段々と縮まっていく。
万事休すか……。
そう思った時、視界の隅に救世主が!
「ナギトくん、たすけてーーっ!」
ほとんど泣きながらナギト――深海凪人――くんのすらっとした背中の後ろに隠れる。ぼくよりも大きくて広いナギトくんの背中は安心する。
「えー、隠れるのナシだよー」
マヤちゃんはおもちゃを取り上げられたような子供のようにほっぺを軽く膨らませる。
「マヤ、ほどほどにしろよ」
ナギトくんが眼鏡をくいっと押し上げながら呆れたように小さくため息をつく。
「でも、絶対可愛いよー。ねーリサ?」
ん? なんでリサ――高橋理咲――ちゃんの名前がでてくるの?
「は……はい、とっても……かわいい……と思いますよ、マヤさん」
えぇっ! マヤちゃんの隣にリサちゃんがいた! 息を弾ませてるから一緒に走ってたのかな……? じゃなくて!
リサちゃんはほんわかしていて優しい女の子だから、ぼくの気持ちをわかってくれるはず!
「えっと、リサちゃんはぼくの女装に賛成なの……?」
リサちゃんの助けを期待しつつ聞いてみる。
「はい」
即答だった! にこにこしながら即答した! そうだった。リサちゃんって自分の欲望には忠実な女の子だったっけ。
「ナギトくん、どうしようー? どうしたらいい?」
「よし、ここは…………諦めろ」
「諦めちゃうの!?」
「どうしたの?」
ぼくたちの騒ぎを聞きつけたのか、アカリちゃんがやってきた。アカリ――池谷灯――ちゃんは、ぼくたちと同じ一年生なんだけど、ぼくと同じくらい背が低い。もしかしてぼくより小さいかも? 普段は物静かだからお人形さんみたい。
「アカリちゃん、ぼく女の子にされちゃう!」
「……いいと、思う」
アカリちゃんがぽそっと言う。
賛成三、反対一、諦め一
「これで決まりだねー」
マヤちゃんがにやにやしている。リサちゃんなんて目が輝いてる。
もうダメだ、これ。ぼくは仕方なく両手をあげた。ホールドアップだ。ぼくは、マヤちゃんたちの着せ替え人形になることが確定した。
ぼくたちは部室へと向かった。
『だいじょう部』
これがぼくたちの部活。その名前から、何がだいじょうぶなのか全くわかんないし、何故こんな部活が成立しているかは深く考えない。
部室の造りは至ってシンプル。広い。それだけ。元々は多目的室だったみたい。
何もなかったから、それぞれ勝手に私物を持ち込んでいる。
「さーて、今日はどれにしよっかなー?」
マヤちゃんがうきうきしながらクローゼットを開ける。そこには女の子らしい服がずらり。メイド服やチャイナ服なんてのもある。
もちろんぼく用。アカリちゃんだったら似合うかもとか、そんな現実逃避をしてる間に着せ替えの服が決まったらしい。一着目はやっぱり、マヤちゃんの手に握られていたフリフリのワンピースだった。パーテーションで区切られたスペースでしぶしぶ着替える。
「きゃーーっ! カワイーー! ねぇ、写真撮っていい?撮るからねー!」
言うが早いか、マヤちゃんがスマホを取り出して写真を撮り始める。いいって言ってないのに。リサちゃんもデジカメを手にしてシャッターを押して押しまくっている。
「今度は、コレっ!」
セーラー服だった。ていうか、
「これ、うちの制服だよね? こんなのまで買ったの?」
「んー? それはねぇー? アカリちゃん?」
マヤちゃんは何故かアカリちゃんに声をかける。服の担当ってマヤちゃんじゃなかったっけ? アカリちゃんのほうを見ると、いつの間にかジャージ姿になっているアカリちゃんがいた。
……ってことは、これ、アカリちゃんの? 脱ぎたて⁉ いや、まさかね……。でも、ほんのり温かい気がしなくもない……?
「早く着なよー。あ、もしかしてヘンな想像してた? ヒカリちゃん? アカリちゃんの着替えシーンとかー? ヒカリちゃんのエッチー」
マヤちゃんがそんなこと言うから余計意識しちゃうじゃん! ドキドキしている心臓を抑えつつ、着てみると、
あれ? なんかちょっと似合うかも? ふふ、ぼく男の子なのになー。
「あーっ! ヒカリちゃんが今似合うってー! 自分で言ったー! ねぇ聞いた、みんな? 聞いたよね? あははははーっ!」
え? え? もしかして、声に出てた? リサちゃんは固まってるし、アカリちゃんは口をぽかんと開けて、ナギトくんは肩を震わせている。
「ひー、あははっ、おもしろかったー。これじゃほんとにヒカリ“ちゃん”だねー。じゃあ最後はこれ! メイド服!」
やっぱりきましたか……。丈が短く、コスプレ喫茶とかでよく着ていそうなメイド服。セーラー服はきちんとアカリちゃんにお返しして、ごそごそとメイド服を着る。そして、メイドさんの定番の白いフリフリのカチューシャを頭にセットする。
その途端、リサちゃんが
「ヒカリさん、ヒカリさん、くるりんって一回転してください! 一回転!」
と興奮気味にカメラを構える。
リクエストされた通りにくるんと回ると、スカートがふわっと広がる。なんか変な感じ。リサちゃんがシャッターを連打してる。まわるのってそんなにすごいことなの?
カシャッ
デジカメとは違うシャッター音がした。音のしたほうを見てみるとナギトくんが、しまった、みたいな顔してうつむいた。もしかして……今写真撮ったのって、ナギトくん?
「いつもは音鳴らないようにしてたのに……」
ってことは……つまり……そういうことだよね?
「ナギトくんの裏切りものー!」
ナギトくんひどい……。味方だと思ってたのに……。
「あーあ、バレちゃったかー」
「失敗ですねー。ナギトさん」
「バレたの?」
「すまん……」
あれ? マヤちゃんもリサちゃんもアカリちゃんもみんな知ってたっぽい?
ぼくの知らない間にみんなで同盟組んでたの⁉
部室では、驚くぼくをそっちのけてぼくの写真の品評会が行われていた。いつもは参加していなかったナギトくんもいた。少しがっかりしたけど、ナギトくんの嬉しそうな顔を見てたら、そんなのどうでもよくなってきた。
みんなが楽しそうならそれでいいんじゃないかな。
「ねえ。ぼくにも見せてくれる?」
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