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8.告白

キャシュタル王国は、マインドルド・キャシュタル四世という王が治める国だ。

この世界で名字は、王族のみが使用している。貴族は、個人名に役職名や領地名を足して呼ばれる。庶民は個人名のみが普通だ。名字は無いし、必要を感じたことも無い。

キャシュタル王国は、この大陸の三大国家の一つで農耕が主産業であり、最大の平野と農業地を持つ。海にも面しており、貿易も盛んだ。十数個の都市を領内に持ち、人口十五万人以上いると言われている。

この大陸を分割する三つの大山脈によって地域が分割されており、今居るエンヴィーとキャシュタル王国は、温暖な気候な大陸の南東部に位置している。

大陸は大きく、三大国家だけでは統治できない。どこにも属さない多数の小国や都市国家、集落が無数に点在している。エンヴィーや亜人族の郷もその一つだ。

広大な空白地帯は、モンスターが活動しており、人間の支配地域は小さい。その為、人間同士の侵略戦争は、未だに起こったことが無い。領地を拡大する場合は、モンスターの支配地域を支配下にするのが主流だ。

残り二つの大国は、帝国と共和国だが、そこに行くには大山脈を越えるか、船で行くしかない。行く用事は無いので思考から外そう。

冒険の用意と言ってもいつもと変わらない。保存食を追加し、装備品を手入れするくらいだ。

出発する日は、エンヴィーの大門の外の馬屋で馬を借りよう。十日分の食料を持ち運ぶのは、さすがに重たくかさばる。馬に括り付け、バイタルに向かう方が理に適っている。乙女に重労働は向かない。


コンコンコン。

私の部屋の扉がノックされる。扉の外には、マスターと見知らぬ気配が二人分あった。特に気になったのは、見知らぬ気配の一つがとても小さいが力強い生命力を発している。

「ミューレさん、今、お時間よろしいでしょうか」

マスターが扉の外から尋ねてくる。そういえば、到着時に話したいことがあると言っていたな。その件だろうか。

「はいはい、鍵開けるからちょっと待って」

念の為、自身の姿を確認する。寝間着代わりの綿の白い作業着の様な格好だ。

まぁ、これならば見られても問題ないだろう。

鍵を外し、扉を開ける。薄暗い廊下にマスターと赤ん坊を抱いた十代半ばの少女が立っていた。

「夜分に押し掛けて申し訳ありません。どうしてもご報告しておきたい事がありまして…」

顔を赤らめている少女とどことなくマスターの面影がある乳飲み子。何となく、状況が分かった。

「中で話を聞くよ。入って」

三人が部屋に入ったのを確認し、念の為、扉を閉め、鍵をかける。

「マスターは椅子に座って、その子はベッドに座ろうか。赤ん坊もベッドに降ろしていいよ」

三人が私の言う通りにそれぞれの場所に腰掛ける。私も赤ん坊を挟む様にベッドに腰掛ける。

マスターがモジモジしながら、口をパクパクし始め、顔を赤らめる。これが十歳にもならぬ子供であれば、可愛いとも感じる事ができるだろうが、四十歳のオッサンでは腹が立ってくるだけだ。しかし、赤ん坊が居るので大きい声を出す訳にもいかない。ここは耐えるしかない。

数分後、ようやくマスターの覚悟が固まった様だ。気配が変わった。横に居る娘は、顔を赤らめたまま俯き続けている。

「客でもボスでも無くファミリーとして話します。結果から言うと、その子と結婚し子供が生まれました。一年前から一緒に住み、宿屋を手伝ってもらっています」

マスターが一気に捲し立て、深呼吸をしている。予想通りの話だった。特に驚きは無い。結婚するのが遅い位だ。

「結婚と出産おめでとう。この犯罪者め。お嬢ちゃん、可哀想にこんなオッサンに手籠めにされて。よしよし」

少女の頭を優しく撫でる。先程は、薄暗い廊下だった為、容姿が分からなかった。さて、あらためて新婦を観察してみようか。

背は百六十センチくらいかな。日に良く焼け、やや浅黒いが健康的な肌をしている。長い赤髪は腰まであり、ポニーテイルにまとめている。若干、ぽっちゃりしている様な気もするが、出産直後のせいだろう。可愛らしい童顔だ。

「私の事は、このオッサンに聞いているよね。お嬢ちゃん、自己紹介をしてくれる」

「は、はい。ダリア、十四歳です。一年前に結婚し、この子は二ヶ月前に生まれました。男の子で名前はセブルと言います。よろしくお願い致します。お、お母様」

ダリアがお母様と私の事を呼ぶという事は、つまりマスターの素性も分かっている訳だな。

「ダイメン。どこまで話した」

冷たい殺気を視線に籠め、通称マスターことダイメンを睨みつける。私が本名でマスターの名を呼ぶ時は、怒りを感じている時だ。そのことはダイメンも良く知っている。

「ボス、済まない。全て話した。浮浪児だった俺を拾い、勉強や剣術を教えてくれた命の恩人であること。ボスがエンヴィーの情報屋の頭に俺を担いでくれたこと。この宿をボスが俺の名義で建ててくれて、アジトにしていることだ」

ダイメンが首筋にうっすらと汗を掻いている。情報屋として、無表情や感情と逆の表情を自由に表現できるにも関わらず、汗を掻いているという事は余程緊張しているか、私に恐怖を覚えているのだろう。話が続く。

「一緒に住むのに、不審な行動を取って怪しまれるよりも全てを話して、理解してもらい仲間に引き込んだ方が良いと判断した。裏も取った。ダリアは、真っ白だ。問題ない」

「ふ~ん、堅気の子を裏の世界に引っ張ったのか。へ~」

別にダイメンが誰に四季物語の秘密を話そうが、正直どうでも良い。久しぶりに焦るダイメンを見て楽しんでいるだけだ。私も人が悪いな。

「で、お母様って何?」

ニッコリ、ダイメンに微笑みかける。

「生い立ちを説明した時に、恩人で、先生で、師匠で、支援者で、ボスだと言ったんだが…」

「お話を伺ったら、まるでお母様の事を聞いている様でした」

横からダリアが話を引き継いでくる。笑顔で私を見つめてくる。

「ダリアは、私が怖くないのか。仮面で顔を隠した得体の知れない冒険者だぞ」

ダリアの視線に対して、殺気を籠めて見つめ返す。途端にダリアの表情から血の気が引く。ま、一般人には、やりすぎたか。すぐに殺気を消す。固まったダリアが遅れて、正気に戻る。

「い、今のは怖かったです。死ぬかと思いました。でも、昔の生活は、毎日が死と隣同士でした。今のが殺気だと分かります」

どうやら、訳ありの子の様だ。

「出会いは?」

水差しから水を汲み、ダリアに渡す。私はとっておきのワインを棚から出し、ワイングラスに注ぐ。無論、ダイメンの分は無い。

「たまたま、情報収集に奴隷市場に行った時に、ダリアが商品として並んでいた。で、その、まぁ、一目惚れで買っちまった」

「花嫁を金で買うとは、呆れた奴だな。ま、ダリアにとっては奴隷になるよりはマシか。夫がこんな冴えないオッサンでもな」

「買う前にちゃんと裏を取った。いわゆる借金のかたで親に売られただけだ。親は小作農で組織の繋がりは無い。買い取りの条件でダリアには、過去との決別を約束させた。この仕事がこれ以上、他人に知られることは無い」

もう、怒りの気配は鎮めよう。どうやら本気だった様だ。


「別に責めてないよ。逆に結婚が遅い位だったな。もう二十年早くても良かったんだぞ」

「あの頃は、仕事で目一杯だ。息抜きに仕事女と遊ぶのならまだしも、素人と遊ぶなんて怖くて出来ないです」

「意外と根性なしだったんだな。もう少し、余裕のある男に仕込んだつもりだったが、いや、充分余裕があるのか。本当に気に入る娘が現れるまで待つ忍耐力があった、とも言えるか」

「確かに気になる女が居なかったのは、事実です。ボスを知っていたら、何処か一ヶ所でもボスに近い魅力や能力が無いと嫁にはできないです」

確かに頭脳明晰、沈着冷静、冷徹怜悧な美少女が目の前に居れば、目が肥えるだろう。

「じゃあ、この子は何が私に匹敵すると思ったんだ」

「簡単に言えば、機転と度胸」

「ほう、奴隷市場でどうやって見極めた」

「他の奴隷は、希望を無くし元気がありませんでした。暗い顔で俯き、秘所を隠せるはずが無いのに隠そうと現状しか見ていませんでした。だが、ダリアは違った。奴隷になる事を認めていた。自分の商品価値を高める為、少しでも健康で清潔に見える様にし、処女であるにも関わらず、全裸で堂々と胸を張ってお立ち台に立っていました。こうなると他の奴隷と比べ、一段と高い値がつきました。最高値を更新しましたよ。つまり、高値で買い取られる場合、貴族や豪商に買われる可能性が高くなる。そうすれば、必然的に奴隷であっても待遇が一般奴隷よりも良くなります。服と三食が確約されます。一般奴隷では、有象無象の奴隷農場で布切れ一枚と朝食のみの生活が待っています。少しでも自分の商品価値を上げ、自分の身を守る方法をその場でただ一人考え、実行したのです。これは、手に入れる価値がある。仕事を仕込めば、私の片腕になると」

「はいはい、力説ありがとう。で、仕事を仕込まず、子種を仕込んだ訳か」

「ちゃんと、仕事も仕込んでいます。安全性の高い仕事は、任せています。あと、そのう、子種を仕込んだのは、事実で否定できませんが…」

やれやれ、目の前には可愛い子だ。それも自分の奴隷だ。奴隷をどの様に扱うかは主人次第だ。男の本能を押さえられないのは仕方ないか。エンヴィーでは、合法だからな。

「ダリア」

「は、はい。何でしょうか」

「優しかったか」

「えっ。あっ、はい。とても」

頬を真っ赤にして、全身をくねらせ始める。確かに機転が利く様だ。私の質問を正確に理解している。

はい、御馳走様。結局、相思相愛か。期待に反する答えが返って来れば、大通りに首だけ出して埋めてやろうと思っていたのに残念だ。

「うん、三人に祝福を。私が文句を言う権利は無いよ。一番の不良は、私だから」

「確かにボスが、私をこういう風に育てました。あ、痛!」

ダイメンにでこピンを入れる。本当は一発殴り倒したかったが、嫁と子供の前だ。この位で許してやろう。

「ダリアは、幸せか?」

「はい、幸せです」

すぐに返事が返ってきた。ならば、問題ない。

「ダイメン、ダリアは奴隷の身分のままなのか?」

「いえ、一年前に開放の手続きをしました。今は平民です」

出産が二ヶ月前、妊娠が十ヶ月。つまり、一年前に仕込んだ訳だ。つまり。

「ダリア、奴隷解放を餌に襲われたんだね。可哀想に。よしよし、こんなロクデナシは、私が折檻してやるからね」

「ボス、御冗談を。ボスが折檻と言うと拷問にしか聞こえませんよ」

「うるさい、ロリコン。あぁ、近所の人もロリコンだと思っているんだろうねぇ」

「いや、それは無いと」

「ここに来た客もマスターの娘だと思っていたら、嫁でしたと聞いてロリコンって思ってるだろうねぇ」

「ボス、堪忍して下さい。そんなに連呼しないで下さい。わかりました。自覚はあります」

「うるさい。明日からマスターと呼ばずにロリコンと呼んでやる」

「それは、本当に止めて下さい。情報屋の頭の威厳が無くなります」

「ロリコンは、事実じゃないか」

「ボスが少女のままなのが原因です!」

「ほほう。数十年前から私に欲情していたのか。残念だが、人間族は恋愛対象にはならないな。それでロリコンになったのか。それは済まなかったな。正直に言ったのでロリコンと言うのは止めてやろう」

「よ、よろしく、お願いします。では、お邪魔致しました」

げっそりと疲れ切ったダイメンが、ダリアに合図をし、部屋を出て行く。だが、ダリアは、部屋に留まった。

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