7.帰宅
アルマズの修行を一ヶ月で終え、私達三人はエンヴィーに戻って来た。
無事に私もウォンも修行の成果を得た。さすがに一つの魔法の習得に一か月もかかるとは想像していなかった。しかし、それだけの時間を掛けただけの事はあった。戦力増強間違いなし。今まで苦労していたラージ級のドラゴンも六人総がかりでなく、三人でも勝てる様な気がする。
しかし、ドラゴンはこの世界最強の生物。生態も良く分かっていないし、ラージ級などの区別も人が勝手に区分けしたに過ぎない。油断は禁物だな。強力な魔法を得て、少し気が大きくなっているのかもしれない。少し高ぶる気持ちを押さえよう。
エンヴィーの大門が、樹海の中を通る街道の奥に見えてきた。どのくらい振りに戻って来たかは、思い出せない。だが、大門や城壁のたたずまいは、街を出発した時と変わりがない。
変化を見つける方が難しい。
しかし、大門をくぐると衛兵の顔ぶれが大きく変わっている。人事異動で他部署に移ったり、補充されたりしたのだろう。
衛兵の中で見知った顔を見つけた。あの尋問に来た小隊長だ。どうやら今日は当番の様だ。
だが、小隊長は私達に気がついていているにも関わらず、知らぬふりをしている。どうやら、私達との関係性を部下達に知られたくない様だ。
何か事件が起きた時に秘密裏に依頼をしてくるつもりだろうか。何か考えがあるのだろう。
ならば、こちらも知らぬふりをし、大門を通り抜けてしまおう。衛兵隊と仲良くする義理は無い。
大門をくぐり抜け、大通りが二つに分かれる分岐点に四季物語が見えてきた。レンガを積み上げて造られた二階建ての建物に変化は無い。看板もちゃんと外に出ている。
ちゃんと営業している様だ。そして、玄関の扉を開ける。
「お久しぶり。マスター元気?」
四季物語の中も以前と変わりなく、過ごしやすい雰囲気が漂っている。
「皆さん、お久しぶりです。御無事で何よりです」
一年以上会わなかったマスターの髪に白い物が混じり始めている。そうか、マスターもそんな年齢になっていたのか。人間族は本当に生き急ぐ生き物だな。
「少し歳をとったんだな」
思わず、ぽつりと声に出てしまった。
「気がつけば、四十歳ですよ。そりゃあ、白髪も出ますよ。お話ししたい事もありますが、まずはゆっくりして下さい。はい部屋の鍵です」
カウンターに部屋の鍵が三つ並べられる。二〇一、二〇二、二〇三だ。
ウォンが二〇一、カタラが二〇二の鍵を取る。二人の常部屋だ。そして、私専用の部屋である二〇三の鍵を取る。この部屋を使うのも一年振りか。
二階への階段を上がり、二〇三の扉を開ける。マスターが掃除をしていてくれた様で埃一つ無いが、それ以外はここを出発した時のままだ。何だか我が家に帰って来たような安心感がある。
窓を開け、新鮮な空気を取り入れる。鎧を外し、ベッドの上の無造作に寝転ぶ。
あぁ、見慣れた天井だ。家に帰って来たのだな。ようやく、長い様な短い冒険が一つ終わった。今回のたった一人の冒険に意味はあったのだろうか。ふと、考えてみるが結論が出ない。まぁ、その内に答えなり、意味があったかハッキリするだろう。
冒険服のみになり風呂の準備を始める。特に依頼も用事も無い。馴染みの鍛冶屋も無くなった。装備品の手入れを頼みに行くところを新しく見つけるまで慌てる必要がない。
今日は、四季物語でゆっくりとしよう。
地下の風呂場に行き、長旅の疲れと汚れを流す。バスタブに浸かり、呆ける。
何も予定が無いのも、たまには良いな。念願だった魔法も習得したし、アルマズの処で嫌になる程、ウォンの練習台もさせられ、酷い目にあった。アルマズ曰く、剣術レベル的に丁度良い練習相手になるそうだ。逆に考えれば、ウォンの技量に迫っていると考えてもよいのだろうか。お陰で魔法だけでなく、剣術の技能も大幅に上がった様な気がする。こればかりは、実戦で試してみないと分からない。練習台がウォンでは、規格外すぎて定規にならないのだ。
練習では、打ち身や痣は毎回だった。極稀に骨折したりしたが、カタラが居る為、すぐに治療され、怪我の跡も無く、白い肌がお湯を水玉に弾いている。
この体の何処にも切り傷や痣が無いのは、全部カタラのお陰だな。やはり、パーティーに優秀な僧侶が居ると生存率が高くなる。これからもカタラには優しくしよう。
だが、ウォンは別だ。奴は練習台の時も嬉しそうに真剣で斬りかかってきた。あの目は、即死さえさせなければ良いと考えていたな。今度、痛い目を見せてやる事にしよう。
しかし、お湯の中で全身を揉み解しながら、呆けるのは本当に気持ちが良いな。もう少し、呆けていようか。
風呂から上がり、夕食を食堂で三人揃って摂っていた。マスターが一年ぶりの帰還祝いという事でテーブルの上には、手の込んだ料理が並ぶ。私達が帰ってきて、すぐに仕込みを始めたのだろう。普段は、焼く煮るの簡単で素早く出せる料理が主だが、余程嬉しかったのだろう。マスターの気合の入り方が料理から十分に伝わってくる。
思う存分、マスターの料理を堪能し、私はワインを、ウォンはエールを、カタラは紅茶でゆっくりと余韻を楽しんでいる。料理の美味しさに食事中に会話は無かった。と言うよりも出来なかった。あまりの美味しさに喋る事よりも味わう事が優先されたのだ。
何せ、冒険中は味気ない保存食ばかりを食べ、アルマズの家に居る時は、美味しいのだが、カタラの質素さを優先させた料理を食べ続けていた反動もあるのだろう。
久しぶりの贅沢に会話を挟む余地が無かった。
「ミューレさん、二週間程前に手紙を預かっています。どうぞ」
マスターから羊皮紙を巻いた手紙を受け取る。封印の蝋を見ると勇者君の紋章だ。
ウォンとカタラが知らぬふりをしているが、意識がこちらに飛んで来ているのが、ヒシヒシと伝わる。手紙に興味がある様だ。さて、何の用だろうか。
―――――――――
敬愛するミューレ様
ご無沙汰しております。ミューレ様の事ですので、ご健勝にされている事と存じます。
ミューレ様とお仲間の御力ですと、世界にその名が知れ渡ってもおかしくないと思うのですが、相変わらずご活躍をお聞き出来ず残念であります。
この度、私達のパーティーでは達成できないであろう依頼が舞い込んで参りました。本来ならば、他の依頼と重なる等の方便にてお断りをするのですが、依頼主の都合上、依頼を受けるしかありません。つきましては、ご多忙ではあると思いますが、ミューレ様にお助け頂けないかとお願いしたく、文をしたため次第でございます。
私の勝手なお願いではございますが、どうかお聞き届け頂けないでしょうか。よろしくお願い申し上げます。
詳細は、キャシュタル王国の王都「バルタル」の私の屋敷にてお話しをさせて頂きます。
依頼の受諾は別として、久しぶりにミューレ様のお顔も見たく存じます。ぜひ、当家にご来訪下さいます様、お願い申し上げます。
なお、依頼主とお会いするのは、次の満月の夜と約束しております。出来ましたならば、その日までにお会いできることを願っております。
ルネス隊 隊長 ルネス
―――――――――
この手紙を要約すると救援依頼か。勇者君は、相変わらず丁寧だな。
さて、このまま見捨てても別に問題は無いが、今のところ私に予定は無い。ならば、久しぶりに勇者君のパーティーであるルネス隊の皆に会うのも良いか。
次の満月は、二週間後。バルタルまでは、馬で十日位か。十分間に合うな。
さて、ウォンとカタラの反応はどうかな。
手紙から顔を上げると二人が興味津々でこちらを見つめてくる。
「知り合いからの救援依頼だった。合流したばかりで悪いけれども、単独行動をしても良いかな」
「ほう、ミューレに友達が居るのか。プププ。てっきり、友達なぞいないと思っていたぞ」
「御友人が助けを求めているのであれば、御助力に行くべきです。それが人として正しい道です」
二人から、予想通りの反応が返って来る。わざわざ、どちらの発言か言うまでも無いだろう。
「助けに行くのはいいが、俺達も行ってもいいぞ。別に予定も無いしな」
ウォンから有り難い言葉を頂くが、私的にはちょいと都合が悪い。
「申し出はうれしいが、知り合いが変わり者でな。私以外の者が付いて来ると困る」
相手は、世界を救う勇者だ。そこにぞろぞろ私達が加わると勇者の存在価値が無くなってしまう。
何せ、勇者も上級者としての実力はあるが、私達の実力には程遠い。私達が勇者の出番を全て奪ってしまう。そうすると、いやでも知名度が上がり、勇者君の代わりをさせられるのが目に見える。自由が無くなるのだけは、願い下げだ。
「俺は、変わり者でも気にせんぞ。オーク共と仲良くなったくらいだぜ」
ブラッド・フィースト城周辺のオークの事を言っているのだろう。確かにウォンは、差別や偏見を持たない。カタラは言うまでも無く、慈愛の塊だ。どんな奴でも受け入れるだろう。
「これは、私一人で充分な案件だ。大丈夫だ。そうだ、久しぶりに三馬鹿に会ってきたらどうだ。多分、城は大変な事になっているのじゃないか」
ここでカタラへの餌をちらつかせる。弟の様に可愛がっているロリに会いたいだろう。
「ミューレが一人で大丈夫と言うのでしたら、私達は城に行くのも良いかもしれませんね。ウォンも一緒に行きませんか」
よし、餌に喰いついた。
「う~ん、別にあいつらに興味は無いなぁ」
ウォンが乗り気じゃないか。なら、カタラへ助け舟を出すか。
「オークの族長達は、修行して強くなっているのじゃないか」
ウォンの眉がピクリと動く。よし、こっちも落ちた。
「そうだな。戦士長に会いに行くのもいいな。奴がどこまで己を鍛えたかは興味がある。それに強者と巡り合わせてくれそうな予感もするな。いいぞ、カタラ。一緒に城へ行くか」
「はい、皆と久しぶりに会えるのは楽しみです」
「すぐに単独行動をしてすまない」
「いえ、人助けは重要な事です。胸を張って出発して下さい。差し支えなければ、どちらへ向われますの」
「キャシュタル王国の王都バイタルだ」
行先位は、伝えても問題ないだろう。どうせ、旅の途中でミューレは消える。後を追いかけることは出来なくなる。
「わりと近いな。城に飽きたら、バイタルの剣闘場にでも見物に行くかな。面白い奴にでも出会えると良いな」
「そうですね。バイタルの教会からも近くに来た時は寄って欲しいとお願いされています。私も城の後にウォンと一緒に参りましょう」
何か、雲行きが怪しくなったが、二人がバイタルでミューレに会う事はない。大丈夫だろう。
「そうか、二人ともバイタルに行くのか。向こうで会ったらよろしく。明日は旅の準備をして、明後日に出発する」
「そうか。俺はもう少しエンヴィーでノンビリするが、カタラも良いか」
「はい、教会に顔を出したいと思いますので結構です」
これで、当面の目的は出来た。さて、勇者君は私にどんな依頼を持って来るのだろう。楽しみだな。
空になったワイングラスにワインを注ぎ、これからの状況を頭の中で考え始めた。