2.腕試し
「ミューレとウォンが、遊んでいますからオークに囲まれました」
カタラが、涼しい顔で警告を発する。カタラは、二人の恒例行事に付き合うつもりは無い様だ。
この世で誰が強いのか、冒険者をしていれば知りたいものだ。それもトップランカーが目の前に居れば、どちらが上かハッキリさせたくなるのも仕方ない事だろう。
さて、ウォンと遊んでいるうちにオーク共がこちらを四方から囲こもうとしている事には、全員気がついていた。だが、脅威では無いので、気にしていなかっただけだ。
「始めるか。ミューレからどうぞ」
ウォンは、言葉だけで動かない。カタラは、メイスを構える。私は、インテリジェンスソードを抜き放ち、だらりと下げる。以前、愛用していたバスタードソードは、我が子の墓標になっている。あれから良い剣に巡り合えていないので、予備だったインテリジェンスソードを主力に使用している。
「お嬢様。敵は五匹。脅威は小。囲まれておりますな」
インテリジェンスソードを構えた瞬間に状況を説明してくれる。
「ミスター、説明をありがとう。しばし、静かに」
「かしこまりました。お嬢様」
インテリジェンスソードは、剣と会話をすることが出来る。つまり、知能が剣に宿っている。知能が宿るとそこに自我が産まれ、こちらが意図せずとも話しかけてくる。私の剣は、知能が高い為、執事風の自我を持った。その為、話しかけられても、わずらわしくない。正直な話、知能や知識はウォンと同等の物を持っているだろう。しかも、私が理解できないモンスターの言葉にも堪能だったはずだ。あまり、この機能は使わないので何語だったかは、忘れてしまった。何せ、一人で剣と語らう姿を他人が見たらどう思うだろう。
残念な人か、剣へ多大なる愛情を注ぐ人間のどちらかに見える事だろう。私は申し訳ないが、どちらにも属したくは無い。
しかし、知能が低いインテリジェンスソードは酷い。猿の様にキーキー鳴くか、片言の人間語でポツリポツリ話したりする。
また、鞘に入れていても常に何かを唸り続ける低品質なインテリジェンスソードもある。
逆に私が所有している様な貴重な一級品となると、人間と変わらない。その為、知能が高く芽生えた自我にも個性が生まれる。宝物庫に入れっぱなしの中には、口が悪くどこかのチンピラの様なインテリジェンスソードも所有している。こういう剣は、ガラが悪く街を歩くだけで喧嘩を勝手に吹っ掛けたりして、装備するのもためらわれる。それに武器屋に売るにしてもそれだけ個性が曲がっていると、剣の性能が一流でも買い手がつかないので、売り払う事すらままならない。
と云う訳で一言でインテリジェンスソードと一括りしても、物の良し悪しが大きく変わる。
もちろん、私が主力に使用するくらいだから、この剣は、切れ味、知能ともに一級品であることは間違いない。
「ミューレ、そのオモチャをまだ使っていたのか」
ウォンが呆れた気配をわざと漂わす。背後を向いている私に気付かせる為だろう。
「仕方ない。所蔵品の中で一番良い剣だからな。もっと良いのが有れば、変える」
「お嬢様、それは寂しゅうございます。私めを今後共ご愛用下さいませ」
インテリジェンスソードが会話に割り込んでくる。頭が良すぎる剣も扱いに困るものだ。
「ミスター、静かに」
「失礼致しました。お嬢様」
オークが攻めてくる気配が無いので、ウォンの無駄口が続く。
「ちなみにお名前は何でしゅか~」
「付けていない。ミスターで済ませている」
「で、四百歳になってもお嬢様と呼ばれるお気持ちは如何ですか~。プププ」
「剣が勝手にそう呼んでいるだけだ。私が決めたのではない」
「でも、訂正しないんですか~。気に入っているんですね~」
ウォンの無駄口に対し、怒りがフツフツと湧き、剣を握る手に思わず力が入り手が震える。
「お嬢様がお怒りですよ~。プルプルしてますよ~」
深く、深呼吸する。ウォンの挑発は無視するのに限る。とりあえず、ウォンの提案に乗ろうか。丁度、むしゃくしゃしている。
オークが攻めやすい様に木立の広間にわざと突出する。さっさと、かかってきなさい。
三匹のオークが私を囲む様に一気に距離を詰めてくる。残りの二匹は、ウォンとカタラが居てこちら側まで回れない様だ。
気配的にオークの攻撃順は、前、右後方、左後方になりそうだ。ならば、楽に終わらせられるか。
右足を一歩前に出し、剣を左側の地面に垂らす様に構える。遭遇まで、三、二、一、コンタクト。
正面から獣臭をまとわせた標準的なオークがバトルアックスを振り降ろそうと突撃してきた。
前に出していた右足を一気に後方へ引き下げ、身体を回転させる。その勢いを利用し、遠心力で剣がオークの喉を切り裂く。剣、いや体の回転はさらに勢いを増す。こっそりと忍んでいた右後ろのオークの喉も切り裂く。ここで回転力が落ちるが、剣をしっかりと体の内側に引き込み、左後ろの奥のオークを正対した瞬間に心臓を貫き、筋肉が締まる前に剣を抜く。
ふむ、所要時間二秒かな。オーク三匹の退治完了。
さて、ウォンとの約束は四匹か。カタラ側に居るオークへ行くのも面倒だな。ウォンには剣技を十分見せたし、手を抜こうか。
『魔力光弾』
私の周囲に光り輝く円錐形の魔力の塊が七個浮かび、すかさずカタラ側のオークに光弾が吸い込まれていく。一発当たる毎にその部位が吹き飛ばされ、すぐに肉塊と化した。
「はい、私の割り当ては終わり。ウォンの番」
「魔法は使わないのじゃなかったのか」
「これだけ騒いで、何も来ないのだからいいでしょう」
「ま、いいか。ミューレの剣技は見れたしな。さて、斬るか」
ウォンが最後のオークへ無造作に近づいて行く。
「ここらでいいか」
ウォンが歩みを止めたのは、ロングソードの間合いから遠く離れた位置だった。あと五歩は前にいかないと間合いに入らないだろう。何か面白い物でも見せてくれそうだ。
「ハッ!」
ウォンは、渾身の気合と共にロングソードを上段から真っ直ぐに力強く振り降ろす。
もちろん間合いの外なのでオークには掠るどころか、剣風すら届いていないだろう。
だが、オークの気配が立ったまま消えた。つまり、死亡したということだ。
ここからでは、何をしたのか分からない。オークを見に行くと口から泡を吹き、眼球は上向いて白目になり、絶命している。外傷はどこにも無い。
答えが分かったが、念の為、確認しておこうか。本人も種明かしをしたくて、向こうでうずうずしている。
「ウォン、何をしたの」
「気合で斬った」
「あ、そう。やっぱり」
「え、それだけか」
「うん」
「はぁ~、説明させてくれよ」
気合の一言で全てを理解できた。圧倒的な技量差がある相手に有効な技だ。
「渾身の気合と斬る動作により、相手に本当に自身が斬られたと錯覚させ、思い込みによる心停止を誘発させる技でしょ」
ウォンの言葉を全て奪う。
「くっ、正解だ。少しは悩むか、聞くか、してくれよ。この技を開発した努力が報われないだろう。シクシク」
ウォンが大袈裟に右腕で涙を隠す様な仕草をする。無論、演技だ。
「この程度の技は、ウォンと私の実力なら前から出来たでしょう。使う意味が無いから、しなかっただけ。私は、ちゃんと今の技量を見せたのに、ウォンは隠すんだ。嘘つき。仕合いは無しで」
「すまん、謝るから仕合いはしようぜ」
「断る」
「悪かった」
「しない」
「願いを一つ叶えてやる」
「お、いいね。だが、断る」
「仕合いをして下さい」
うるさい位にウォンが、仕合いをねだってくる。余程、この一年強敵に巡り合えなかったのだな。私で憂さ晴らしがしたい様だ。
「ウォン様、主人に対しこの様な事は申すべきではございませんが、お嬢様は非常に天邪鬼なお方でございます。別のアプローチをされた方が、よろしいかと進言致します」
おやおや、インテリジェンスソードにまで、たしなめられている。
剣の血のりをオークの服で拭い、鞘に仕舞う。
腰に差したインテリジェンスソードと地面に座り込んだウォンが話し合っている。剣と同レベルの会話をしているとは、微笑ましいというか。剣の性能が良いと感心すべきか。
しかし、すぐ横で私の腰にある剣と話し合うのは勘弁して欲しい。
しばらくは、うるさそうだ。