19.絶命の覚悟
ウォンとカタラの元に近づいて行く。どうせ、ウォンには正体がばれているのでサッサとこの空き時間に装備変更をして、万全を期したいが、無数の視線がある。そちらの視線を気にしてエータを演じ続けなければならないか。
ええい、何という足枷か。ギャラリーをドラゴンより先に吹っ飛ばしてやろうか。しかし、それが出来ないのも事実。粛々と私の中で立てた作戦を進めていこう。
「ウォン殿。カタラ殿。よろしくお願い致します。正直に申しますが、当方のパーティーは、玉砕致します。その事に御心を痛める必要はございません。ご存分に力をお奮い下さい」
「そうだな。完全にお前さんを除いて力不足だな。雑魚と一緒に引っ込めたらどうだ」
ウォンが馬を降りながら、的確な意見を述べる。本来は、そうすべきだ。
「彼らは、勇者を名乗ることの引き換えに贅沢な暮らしを王より受け取っています。ここで敵前逃亡をすれば」
「王か庶民に殺されるってか。難儀だね~。勇者ってやつは」
「しかし、あの方々を援護しつつ戦う事は、かなりの無理が。いえ、実現不可能だと思われます。大切な命です。王には助命嘆願書を教会から出して頂きますので、下がっては頂けませんか」
カタラから考えていなかった手が提案される。だが、剣すら抜かなかったのでは、助命は受け入れられないだろう。この提案は却下だな。と言うか、二人とも勝つ前提で話を進めているな。
そうでなければ、この様な会話にはならないだろう。いやはや、ラージ級のブラックドラゴンの二匹やレッドドラゴンを斃した時ですら、ブラッド・フィースト団のフルメンバー六人で辛勝だったのに、何処からその余裕が出て来るのだろう。
私達の一年の別離の間に大きな成長があったのだろうか。確かに、合流してからの二人の実力を見ていないし、私も一年間の修行の成果を見せていない。
以前より実力を増している事は確かだろう。
「勇者が他者を救う事があっても、他者に救われる事は許されないのです。それだけの覚悟はしております」
「無駄死には、お前さんも嫌いじゃないのか?」
ウォンめ、完全にミューレとして話していやがる。本当にどこで正体がばれたのだろうか。
「はい、無駄死には嫌いです。ですから、番の片方を出来る限りの時間、足止めします。その間にもう片方を処理して下さい。上手く行けば、ルネス隊は生き残ることが出来るでしょう。ですが、それまでに命を落としてもこちら側が少しでも専念できる状況になれば、それは無駄死にはならないでしょう」
「物は言いようだな。あいつらを餌にするのか。さすが、冷血」
「冷静なだけです。小さい方をルネス隊に任せ、大きい方を私達三人で迎え撃ちましょう」
「分かった。俺は別に構わんぞ」
「本当に下っては頂けないのですか」
「無理です。その為の勇者です」
「了承致しました。神のご加護を」
カタラが呪文を放つ。
『光幕防』
光のカーテンが天空より舞い降り、私達七人を包み込む。確か、物理と魔法への防御力を上げる魔法だったな。
『水撃断絶』
同じ様に天空より光りのカーテンが包み込む。これは、水属性に対する防御力を上げる魔法か。これで、ブルードラゴンが吐く水のブレスを一回位は、防いでくれるだろう。ブレス一発で全滅する可能性は減った。
『耐力向上』
身体の中心が温かくなり、腹の奥底から力が漲る。これは普段より長く持久力が持ちそうだ。
以前、カタラに掛けられた時よりも、どの魔法も格段に性能が向上している。一年前に比べれば、倍以上の効力がある様な気がする。カタラもかなり成長した様だ。
これは、二人が勝つ気で居るのは本気かもしれない。勝てると信じよう。
「カタラ殿、ありがとうございます。これで、思う存分戦う事が出来ます」
「いえ、この様な魔法でしかお手伝いできず申し訳ありません。すぐに番の片方を片付けて参戦いたします」
「ルネス隊の事は気にしなくてよいのです。死もまた英雄である証になります」
「いえ、私は、そんなこと、許されません」
カタラが熱い涙を流しながら、言葉を吐きだす。
「気にしないで下さい。それ以上に良い目を見てきています」
そう言い、ウォン達に背中を向け、ルネス隊へと向かった。これからの作戦を言い含める為だ。
「生き残りたければ、背を向けるな。必死に自身を守れ。時間を稼げば、援護が来る」
同じ事をルネス隊に何度も語り掛ける。ようやく、放心状態だった四人に命の灯火が瞬く。
ほんの僅かでも生き残る可能性を考え始めた様だ。ならば、これ以上私に出来ることは無い。後は自分自身で足掻けば良い。
皆が一旦岩場に隠れる。不意打ちを打つ為だ。わざわざ、正面切って戦う必要は無い。さて、ドラゴンが襲来するわずかな間、静かに戦闘をイメージし、待ち構えようか。
どの位、暗く狭い岩の裂け目で待っただろうか。羽音が少しずつこちらに近づき、音が大きくなってくる。
ドラゴン達をただ待ち構えていただけではない。私なりに一応罠は張った。やはり、先制攻撃や不意打ちが出来ることに越したことは無い。一撃でも有効打を浴びせておけば、戦闘に有利に働くかもしれない。逆に罠が私の思いと逆方向に作用し、こちらを不利に導くかもしれない。こればかりは、蓋を開けてみないと判らない。だが、何もしないよりも少しでも勝率を上げるのが私の性分だ。
ドラゴン達が自分達の子供の死体に気付いた様だ。怒り狂い、怒号が天より降る。
二匹のドラゴンは死体の上空を旋回したままで敵を探している様だ。
敵の姿が見えないと判断したのか、ドラゴンがゆっくりと降下してくる。
全長十メートル強のミドル級のブルードラゴンだ。青い鱗が太陽を反射し煌めている。やはり、世界最強の生物らしい威風堂々とした体躯だ。
怒りの為、目は真っ赤に血走り、口からは興奮の為か唾液が牙の隙間から次から次から溢れ出している。
周囲の気配が次々に消えていく。初めてドラゴンを見た心弱き者から失神していくのだろう。ドラゴンの覇気というか、狂気にあてられたのだろう。私とウォンとカタラは勿論、この程度の狂気は、涼風に過ぎない。しかし、ルネス隊には暴風の様だ。意識を刈られる事に必死に対抗している。今、耐えられているのであれば、大丈夫だろう。
軍の輜重隊の中隊長も耐えて、こちらの状況を観察している。お目付け役も命懸けか。
ドラゴン二頭が、地面に着地し、無警戒にも周囲に目もくれず、子供の死体に駆け寄る。やはり、トカゲでも親なのか。
あと一歩で子供に辿り着く瞬間、ドラゴンが踏んだ地面が爆発した。
『火炎爆裂』の魔法だ。死体の前にダイヤモンドに結晶化した『火炎爆裂』を四つ、ドラゴンが踏みそうな地点に置き、上から砂をかけ隠しておいた。
そのダイヤモンドをたった今踏み潰したのだ。爆発の衝撃で違う場所へたたらを踏み、さらに違うダイヤモンドを踏み抜き、四つの『火炎爆裂』がほぼ同時に炸裂した。
二匹のドラゴンを完全に業火と爆炎が囲い込んで喰らい焼き、さらに爆風が外側から押し潰そうと蹂躙する。広場の温度が一気に上がり、熱さで額から汗が滴り落ちる。爆風も逃げ場所を求めて、広場を席巻し上空へと舞い上がっていく。その勢いにより砂埃が生じ、ドラゴン共を視認できなくなった。
しかし、広場からは憎悪の塊が、さらに激しく暗く重さを増している。
痛みの為なのか、失った子供への哀しみなのか、ドラゴンがうねる業火の中、咆哮する。さすが、世界最強の一角を担う生物だけの事はある。四発の『火炎爆裂』を喰らっても健在の様だ。
それとも、怒りの為に我を忘れているだけだろうか。
さらに追い打ちをかける。砂塵の中、複数の爆発音が幾重にも起こり、ドラゴン共がさらに痛みで叫ぶ。耳が痛くなるほどの大きい咆哮だ。二つ目の罠も成功だ。ここまで、私の思い通りに事が進んでいる。
ドラゴンの死体の腹の中に、二十八本の魔力光弾を仕込んでおいた。普通の『魔力光弾』であれば、詠唱、即、発射される。しかし、私のオリジナルの改良型である『多重魔力光弾』は、詠唱後三十分は発射せずに保持できる。だが、造り出せるのは一度に七本の円錐形の光弾であることには変わりない。今回は、四回同じ呪文を唱えた。つまり、七本×四回=二十八本の魔力光弾が、死体に駆け寄って来たドラゴンの隙をついて襲い掛かったのだ。
砂塵の影響で状況は分からないが、無防備な状況でダメージを与えたことは間違いないだろう。
まさか、自分の子供の死体から攻撃されるなど、ドラゴンの知恵では想像の範囲外だろう。
どうやら、まだこちらのターンの様だ。私の居場所はばれるが、さらに追い打ちを入れる。
『火炎爆裂』
砂塵で目標がはっきり見えない。周囲六十メートルを焼き尽くす範囲魔法で攻撃するのが間違いない。
新たに業火が舞い上がり、爆風と熱風が広場を蹂躙する。
次の瞬間、二つの殺意が間違いなく私に向けられた。凶悪と憎悪が絡みつく極悪の殺意だ。今の詠唱で居場所が気付かれた。
ドラゴンの定石で言えば、次に来る攻撃はブレス。ならば、
『石壁展開』
私とドラゴンの間に幾重もの巨大な石の壁を地面より出現させる。
目の前の石壁の向こうでドリルが頑丈な石を削る音が聞こえ、すぐに一枚目が割れる音がした。続いて二枚目の石壁を削り出している。あっさり、二枚目も割られた。すぐに三枚目が削り出され、次々に石壁が割られていく。ようやく、残り二枚というところで石壁を削る音が止まった。わずか十数秒でブルードラゴンのドラゴンブレスである高圧水流に幾重もの石壁を砕かれたことになる。
こんな攻撃を直接身体に喰らえば即死だな。




